第24話

 倉庫の中は暗かった。日が落ちかけていることもあり、外から差し込む光もわずか。だからか中の様子がよく確認できない。


「だから言ったでしょ、大した物ないって。納得してくれた?」


 ラムさんが言った。確かにぱっと見た感じでは、にゃん影があるようには見えない。でも正直、倉庫内の様子がはっきり見えたわけではないから、納得できたかと言われれば微妙なところである。


「もういいかな? ちゃんと中も見せたし、君たちのほしい物はここにはないって分かったでしょ。じゃあもう帰って」


 平坦な声であっさりとそう告げられた。

 え、待ってよ。少なくとも僕はまだ納得できたわけではないのに、こんなところで諦めなくちゃならないの?


「あんまり部外者入れたくないんだよね、本当は。君たちがどうやってここまで来れたか知らないけどさ、ここ俺たちの秘密基地だから」


 ラムさんの口調はあまりにも淡々としていた。さっきまでのにこやかな態度からの変わり様に僕は戸惑う。だけど、彼らに言われたとおり大人しく帰るつもりがあるかと問われれば、答えはノーだ。確実な理由があるわけじゃないけれど、もう彼らが怪しく見えて仕方ない。仮に王子がここにいなかったとしても、何もないなら、にゃんがいないこんな奥地にある倉庫に複数で集まる意味が分からない。外部のにゃんを頑なに受け入れようとしない理由も。


「……貴方たちはここで何をしていたんですか」


 突然、ずっと黙っていたサンが口を開いた。彼らに問いかけるその口調は静かだったが、わずかに震えているように聞こえた。

 ラムさんが薄く笑う。


「何で? 君たちに教えないといけないことかな、それって。別に君たちには関係ないよね」

「なっ……!」


 サンが声を上げようとしたが、それを遮るようにしてさらにラムさんは続けた。


「まあまあ、そんな怒らないで。気が短い奴としつこい奴は嫌われちゃうよ? あ、それとも、お金持ちのお坊ちゃんたちの間じゃそんなことも勉強しないのかな?」


 何だか馬鹿にされたみたいな、嫌な言い方にムッとなる。もしかしたら優しいにゃんなのかな、なんて一瞬でも思ってしまったさっきまでの自分を訂正したいくらいだ。何なら彼が一番曲者かもしれない。


「そういうわけだから、もう帰ってくれるよね? 何回も言わせないでほしいんだけど」


 ラムさんの顔から笑みが消えていく。まずい、と直感的に思った。彼らの言いなりになるのは嫌だけど、怒らせるのも避けたかった。できることなら僕は平和に解決したかったから。

 うんともすんとも反応せずにいる僕らを見て、彼らは何を思っただろう。ラムさんが溜息を吐いた。


「無言の抵抗ってこと? はぁ……諦めの悪い奴らだね。ま、仲間思いなのはいいことだと思うけど」


 その言葉を聞いた途端、僕の心臓はドキッとなった。仲間思いって、何で急にそんな言葉を出したんだろう。僕らの誰も、王子に関する話題ははっきり出していないはずなのに。「国の宝」って怪しい表現した子はいたけれど。

 驚きが顔に出ていたのかもしれない。一瞬、ラムさんと目が合ったような気がした。彼がにやりと意味深に笑う。


「な、仲間思いって……。言ってる意味がよく分からないのですが……」


 僕が聞く。その声は自分でも分かるくらいに震えていて、動揺していることはきっと彼らみんなにバレてしまっただろう。そんな僕の様子を見たラムさんは、僕の目には楽しげに見えた。


「あはは。別に誤魔化そうとしなくても大丈夫だよ。俺は分かってたし、最初から。お前ら王族の関係者だろ。どうやってここまで辿り着いたかは知らないけどさ、大方王子様を助けにやって来たってところかな」

「!」


 僕の目が驚きで見開く。それと同時に怒りの感情も湧いてきた。聞き間違いじゃなければ、彼は今「王子様」と言ったはずだ。いや、嘘。訂正。聞き間違いなんかじゃない。絶対に「王子様」と言っていた。僕の耳にはそう聞こえた。


「やっぱり貴方たちがホン王子を攫ったんですか……?」


 自分でも驚くほど低い声が出た。許せなかった。僕らが王子を助けにここを訪ねてきたのだと最初から分かっていたくせに、わざと知らないふりをしていたなんて。彼ら全員、僕たちを試して、反応を見て楽しんでいたというのか。

 しかし、それはどうやら違ったみたいである。


「にゃっ!? ラム、どうしてそれを言っちゃうんだにゃ!?」

「こいつらが王宮の関係者ってどういうことにゃ!」


 他のにゃんたちが驚きの声を上げたからだ。だが仲間の焦る声を聞いても、ラムさんは落ち着いたままだった。

 分からない。彼が一体何を考えているのか。


「まあまあ。落ち着けよ、お前ら。どうせこれ以上仲間が増えることもないだろうし。丸腰の奴ら相手にビビる必要なんてないだろ」


 むっ。さっきから聞いていれば、好き勝手なことばかり言って。

 そもそも、王子を助けに来た僕らの方が圧倒されているのが変な話だ。どちらかといえば王子を攫った彼らの方が加害者なのだから、僕たちがびくびく怯える必要はないんじゃないか?


「そ、それもそうだにゃ!」

「どうする、ラム? こいつらもロープで縛りつけてやるか?」

「そうだなあ……。元々黙って帰す気なんてなかったけど。せっかく向こうから来てくれたんだ、口止めも兼ねておもてなししてやろうぜ」


 その言葉が合図だった。彼らが構えて戦闘態勢に入ったのだ。どこかで覚悟はしていたけれど、平和的解決なんて、奴らには最初からそんな気なんてなかったのだと思い知らされる。

 サンが僕に耳打ちしてきた。


「どうします?」

「決まってるでしょ。このまま黙ってやられるわけにはいかないよ」

「ですよね。はぁ、面倒なことになってしまいました……」


 そう言ってサンは重い息を吐いた。

 いや僕だって、本当は暴力なんて嫌いだよ? でも誘拐犯相手にまともな話し合いで解決できるとは思えないじゃない。現に奴らは僕やジョンを一度殴っているし、今だって暴力に訴えようとしているんだから。

 僕らの目的は、ホン王子の救出ただ一つ。そのためなら手段を選んでいる暇はない。


「うう、やっぱり大人に協力してもらった方がよかったんだすよぉ。怖いだす~」


 今から僕たちの身に待ち受ける恐怖を想像してか、ミンが泣きそうな声で言った。そんな彼をジョンが叱咤する。


「何弱気になってんスか、ここまで来て!」

「だ、だって痛いの嫌だすもん。死にたくないだすー!」

「仕方ない。いざとなったら我の背にでも隠れていればいいだろう」


 見かねたのかカンさんが口を挟んだ。が、さすがに女の子に守られるのは気が引けるのか、ミンは彼女の提案に首を振る。


「え、いや、それはちょっと、プライドが……」

「面倒くさいっスね」


 ジョンが呆れたように言った。


「何こそこそ話してるにゃ!」


 僕らが小声で話し合っている間に、いつの間にか奴らがこちら側まで攻めてきていた。そしてこれまたいつの間に用意したのか分からないが、なんとみんな前足に金属バットなどの鈍器を持っていたのだ。

 いやこれ完全に殺しにきてるじゃん! 待ってよ、せっかく覚悟決めてたのに、その覚悟がしぼみそうなんですけど!?


「うわあーん、やっぱり怖いだすー!」


 ミンが大声で叫ぶものだから、彼らの狙いは当然そっちに行くわけで。


「お、いい反応してる奴がいるじゃにゃいか」

「まずあいつからやってやるにゃー!」

「ぎゃー! お助けだすー!」


 奴らが一斉にミンの方へと向かっていく。ミンは恐怖からか、その場から動くことができないでいるようだ。助けてあげないとって思うのに、僕も足がすくんでしまって上手く動けない。

 すると、ミンを庇うようにジョンが彼の前に出た。


「全く。そんなにぎゃーぎゃー騒いだら、狙われるに決まってるじゃないっスか。あんまりみっともない姿見せないでください」


 こんな状況にもかかわらず、ジョンはあくまで冷静だった。そしてその態度のまま、自分たちの方に向かってきた攻撃を身一つで簡単に受け止める。奴らの目が驚きで見開かれた。


「にゃっ!? す、素足で止めただと……?」

「怖いにゃ、化け物にゃー!」


 慌てふためく奴らをよそに、ジョンがばっさり言い放つ。


「うるさいっスね。素人が、慣れてないくせに物騒なもん振り回してんじゃねえっスよ」


 低く静かだが、怒りを感じる声だった。感情の変化が分かりづらいジョンだけれど、きっとサングラスの奥でその目は怒りに燃えていることだろう。


「自分これでも王家専属、プロのボディガードなんで。舐めんじゃねえっス」


 それは僕らからしたら、何とも頼もしい言葉だった。「王家専属ボディガード」、これを聞いて奴らの動きが一瞬止まる。先程の防御、彼の実力を実感して怯んだのかもしれない。

 ジョンは、ミンだけでなく僕ら全員を守るように、さらに一歩前に出た。そして僕らにしか聞こえないくらいの小声で告げる。


「ここは自分が何とかします。みなさんはその間にホン王子を探してください」

「え、でも……」


 いくらジョンが強くても、多勢に無勢はさすがに不利じゃ……。

 そう言いかけた僕を遮るように口を開いたのはサンだった。


「待ってください。私も残って戦いますよ」


 この申し出に僕は驚いた。サンは殴り合いの喧嘩とか戦いとか、物騒なものは嫌いそうなイメージがあったのに、まさか自分から前に出てくるなんて。

 しかしこれにジョンは眉をひそめ、戸惑ったように言った。


「気持ちは嬉しいっスけど、慣れない素人に手伝ってもらってもかえって邪魔なだけです。サンさん。言い方悪いっスけど、貴方そんな貧弱そうな体して戦おうって言うんですか?」


 小柄で痩せ型。サンの見た目を分かりやすく伝えるなら、この二つがあれば十分だろう。ジョンの言う貧弱そうな体。確かにがっしりした体つきのジョンと比べれば、サンの体はすぐに折れてしまうのではないかと思うほどに細い。ジョンが不安になる気持ちは分かる。

 だがそれに対して、サンは微かに笑みを浮かべ、落ち着いた様子で答えた。


「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です。実は父が警察官でして、小さい頃から礼儀作法とか護身術とかはそれなりに叩き込まれてきたんです。だから一応体術の心得はあります、全くの素人ではないです」


 意外な事実に、さらに驚く。にゃんは見かけによらないとは言うけれど、それにしたってびっくりだ。今までそんな話、サンから聞いたこともなかった。そういえば僕、ここにいるみんなと深い話をしたことなんてあまりなかった気がする。いつも王子のお世話に付きっきりで、みんなとは仕事で話す程度のものだったから。

 サンの言葉を受けたジョンは相変わらず眉間に皺を寄せたままだが、小さく息を吐いた後、こう言った。


「まあ、それが本当ならいいっスけど。くれぐれも足引っ張らないでくださいね」


 それは了承の意。頼みを聞き入れてもらえたサンの顔がぱっと輝く。


「ええ。気を付けます」


 二匹が構えると、奴らも再び武器を構える。ジョンが奴らに言い放った。


「来な。お前らの相手は自分たちだけで十分っス」


 わあ、かっこいい。僕も一度でいいから、あんな台詞言ってみたいなあ……。って見惚れている場合じゃなかった。ジョンが奴らの気を引いている間に王子を助けに行かないと。


「今のうちに行くぞ」


 カンさんが僕らを促す。

 ジョン。サン。ありがとう。

 危険な役目を買って出てくれた二匹が無事にこの後合流できるよう祈りながら、僕たちは倉庫の奥へと進んだ。



 倉庫の中は思ったよりも奥行きがあるように感じた。単に暗すぎて先が見えないだけかもしれないけれど。


「うーむ、参ったな。何も見えん。そんなに広い場所でないはずだが……」


 カンさんが困ったように呟いた。

 ジョンとサンが奴らの動きを阻止するために頑張ってくれているとはいえ、二匹だけではきっと全員を止めることはできないだろう。二匹が止められなかった何匹かが、僕たちを追いかけてくるのも時間の問題。そんな気がする。


「離れないように点呼取りながら行くカイ? それか、みんなでくっついて歩ク?」

「ユンさ、声が大きいだす! もし敵が隠れてたらどうするんだすか?」


 この中はけっこう声が響くらしい。元々よく通る声をしているユンでは、普通に喋っただけでも割とはっきり倉庫内に声がこだましてしまうようだ。そしてそのせいで奴らに見つかってしまうのではないかと恐れたミンがユンを注意する。

 でも確かに周りが見えないのは怖い。少しでも離れてしまったら、すぐにみんなを見失ってしまいそうだ。


「ムゥ……。普通に喋っただけなのに、どうして怒られなくちゃいけないネ。おかしいヨ」


 ユンが不満を漏らす。だけど先程より声のボリュームは抑えているみたい。

 その時倉庫の奥の方から、微かに誰かの話し声が聞こえた。再び何か喋ろうとしてか息を吸い込んだユンを遮って、僕は口を開いた。


「ねえ、待って。何か聞こえない? 誰かの声がする」


 耳を澄ませて、さらにその話し声に集中してみる。すると小さくカンさんが呟いた。


「これは、ヨンの声……?」


 一瞬、意味が分からなかった。何を言っているのだろう、どうしてヨンの声がしたと思ったんだろう。ヨンがこんなところにいるはずないだろうに。


「ヨンさ? ヨンさって、あのヨンさだすか? でもこんな場所にいると思えないだすよ。気のせいじゃないだすか?」


 ちょうど僕が思っていたことを、ミンがカンさんに問いかける。


「まあ、その可能性は否めない。彼の声は大きいし響くし目立つから、どこにいてもすぐに分かる自信があったんだが。確かにこんなところにいるはずはないよね。似た声の別にゃんかな」


 カンさんは納得したように頷いた。

 声が似ている者なんて世の中にはそれなりにいるだろう。普通に考えれば、今聞こえたのはきっと誘拐犯の声じゃないだろうか。でも、ということは、その近くには王子もいるのでは……? 僕はごくりと唾を飲む。

 僕たちは顔を見合わせ頷き合うと、僅かに聞こえた声の方へと進んでいった。

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