第15話 ホン王子side
うーん……。ここは一体どこなのだ?
目を開けても暗闇、目を閉じても暗闇。錆びたような、埃っぽいような臭い。それに思うように体が動かせない。頭も少し痛む気がする。怖いのだ。
「だ……れ……ゕ……」
声も上手く出せない。本当にここはどこなのだ、誰か教えてほしいのだ。
「ホン王子? 起きたのか?」
誰かの声が、吾輩の耳元でした。顔がよく見えないから敵なのか味方なのかも分からない。ただし吾輩を心配するような穏やかな声色だったので、少なくとも敵意はないと窺える。
「……お前、誰なのだ?」
「俺。俺だぞ、ヨンなんだぞ。ホン王子、どうやら俺たち捕まったみたい」
「ヨン!? 捕まったってどうして? 何でお前まで……!」
どういうことなのだ。情報量が多くて理解が追いつかないのだ。どうして吾輩は捕まらなくてはならなかったのか、どうしてヨンも一緒なのか。身に覚えがない。全く分からない。
「確か今日は散歩していたはずなのだが……うっ、いたた」
こうなるまでの経緯を思い出そうとしたらずきりと頭部が痛んだ。痛みに頭を押さえようとしたが、そういえば今は前足が動かせないのだった。多分ロープか何かで縛られているのだろう。
「何でヨンはここにいるのだ? 何か悪いことしたのか?」
「ありえないこと言わないでほしいんだぞ。俺様はいつだって正しいことしかしない。寧ろ俺たちが悪い奴らに捕まったって感じなんだぞ」
「そうなのか? で、何で吾輩たちは捕まったのだ?」
「王子、何も覚えてないんだな。やっぱり馬鹿王子なんだぞ」
ふっと馬鹿にするように鼻で笑われた。
むっ。こんな時まで失礼な。この憎たらしさ、姿は見えぬがヨンで間違いないのだ。
そうしてひとしきりケラケラと甲高い声で嘲笑した後、真面目なトーンに変わってヨンが話し始めた。
「俺、実家がこの近くなんだけど、ちょっと用事があって顔出しに行ってたんだ。それで王宮に戻ろうとしたら、たまたま王子が変なにゃんたちに捕まりそうになってるのを見かけて、助けようと飛び込んだらこのざまなんだぞ。確か、暴れるなって殴られて、目が覚めたら今これ」
な、なるほど。うーむ、そう言われれば吾輩にもそんな記憶があるような。頭が痛いのは殴られたからなのか。しかし吾輩、捕まるほど悪いことをした覚えはないのだが。
その時、ぎいーっと扉の開く音が聞こえた。古びているのか重々しい音を響かせるそれを耳にし、吾輩の背に言い様のない緊張感が走る。息を潜め、意味もないのに目を瞑る。複数の足音がした。こちらに近づいてくるようだ。やがて吾輩の近くで足音は止まった。
「お目覚めかにゃ、王子様? それともまだ寝ている?」
知らない声。じっとりとした、嫌な感じのする声だった。
怖い。とりあえず寝たふりをするのだ。
「すー、すー……」
吾輩は寝ているのだ、邪魔をするでない。早くどこか行くのだ。そんな祈りを込めるも、内心冷や汗だらだらだった。何とかやり過ごしたかったのだが、あろうことかヨンが大声で抗議し始めたのだ。
「やいやい! お前ら、今すぐ放すんだぞ! こんなことして後でどうなるか分かってるのか!?」
ぎゃー! ヨンの奴、何てことを。悪い奴らの怒りを買ってしまったらどうするのだ。ただでさえ何がどうなっているか分からなくて怖いというのに、ヨンがさらに恐怖心を煽る行為をしたせいで吾輩はもう震えが止まらないし涙が出そうだった。
「あ? 何だ、お前。ちょっと静かにするにゃ。自分の立場分かってんのか?」
ほらあ、絶対怒っているではないか。もう嫌なのだ、誰か早く助けに来るのだー!
「ったく。本当は王子だけ攫う予定だったのに変な奴が飛び込んでくるから……」
「はっ! 残念だったんだぞ。天才の登場で予定が狂ったってわけか」
「黙れにゃ! お前もあの取り巻きどもみたいに一発で気絶させるはずだったのに、無駄にちょこまか動くから捕まえるのに一生懸命になっちゃったんじゃにゃいか!」
「それはどうも。俺様、逃げ足速いのが自慢なんだぞ」
ううう、冷や冷やする。何でヨンは平然と会話できているのだ。どういうメンタルしているのだ。
「それより早く目隠し外すかロープほどいてほしいんだぞ」
「はあ? そんなこと言われて外す馬鹿どこにいるにゃ。どうせ逃げるつもりだろ」
「…………さあ?」
うーん、怪しい間なのだ。それにしても相手は武器を持っているかもしれないというのに、ヨンってば怖いもの知らずなのだ。さすが常日頃から王子である吾輩に舐めた態度を取っているだけある。
しかしこのままではヨンがもっと危ない目に遭ってしまうかもしれない。吾輩も勇気を出して止めなければ。
「お前たち、喧嘩はやめるのだ!」
「……喧嘩? 王子様、これが喧嘩だって?」
悪いにゃんの一匹に低い声で問いかけられた。やっぱり口を挟まなければよかったのだ、怖い。でももう逃げられない。
「そ、そうだ! 吾輩たちみんな、同じ国の仲間ではないか。仲良くしなくちゃ駄目なのだ!」
すると、にゃんたちが一斉に笑い出した。何かおかしなことでも言ったか?
「仲間? 仲良く? みんな同じ? はははは…………笑わせんな! じゃあ何で金持ちと貧乏が存在するんだよ! お前ら王族や貴族が好き勝手してる間、俺たちは食べる物も住むところもなくて困り果てているんだ! これでもみんな同じとか言えるのか!?」
「な……なんと……」
吾輩は言葉を失ってしまう。スニャム街の実態は噂程度には聞いていたし、理解もしていたつもりであった。でもひょっとしたら、吾輩は何一つ分かっていなかったのではないか。今、恐らく目の前にいるであろう彼らの苦しみ、辛さ。そう考えると、吾輩を攫った悪い奴らだというのに何だか同情してしまう。
「驚いて声も出ないってか? 王子様には考えられない話かもしれないにゃ。でも俺たちにとっては日常なんだよ」
「……吾輩を攫った理由は何なのだ?」
「理由なんてどうでもいいだろ! 俺たちはな、金持ちが大っ嫌いなんだよ。のほほんとした顔で歩いているのを見るだけでイライラする。食べる物にも住むところにも困らないで平和に暮らしているのを想像するだけで嫌になるんだよ!」
そんな……それで吾輩が狙われたというのか?
「でも、だからといってこんな真似は愚かなのだ。お前たちの家族もきっと心配するのだ」
「だから! 俺たちみんな家族なんていないんだよ! 帰る場所だってないんだって!」
家族がいない……? それはつまり、親がいないということなのか? そんなにゃんが存在するなんて考えたこともなかった。なんと悲しいことなのだろう。
「もういいだろ。今度余計なこと聞くなら、いくら王子様でも容赦なく殴るからにゃ!」
「ひええ……!」
殴られるのは嫌なのだ。父上にも母上にも殴られたことはないのに。想像だけでがたがたと震えてくる。
「ま、どうせ動けないし逃げられないにゃ。お前ら、しばらくそうしてるんだにゃ」
ははは、と笑う声がだんだんと遠ざかっていく。え、もしかして放置されるのか。体も動かせず、視界も見えない状態で?
「ええええ、嫌なのだー!」
「ちくしょう、ロープをほどけー!」
暗闇に吾輩とヨンの絶叫だけが響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます