第6話 ソンside

 緊張する。突然こんな禿げたにゃんがやってきたら、ミンの家族はびっくりするに違いないな。


 僕は今ミンに連れられ、彼の家の前まで来ていた。ミンの実家は王宮のある広い敷地から半径一キロメートルほど離れたところにある。ぶっちゃけそんなに遠くないのだが仕方ない。ミンのお父さんが経営している病院は王族や貴族向けの病院なので、王宮に近いところに建てられており、その隣にミンの実家があるからだ。


 僕の表情から緊張を感じ取ったのか、ミンがポンッと優しく背中を叩いてくれた。


「大丈夫だすよ、ソンさ。みんなには事情を話してあるし、みんなソンさのこと歓迎してくれるだす」

「あはは。だといいんだけど……」


 そうして僕は気持ちを落ち着かせるために、一度大きく深呼吸をした。よし、大丈夫。ミンが大丈夫って言ってるんだから、きっと大丈夫だよ。


「ただいまだすー」


 ミンが扉を開けて家の中に入っていったので、僕も慌ててそれについていく。


「お、お邪魔します……!」


 家の中は全体的に白で統一されていて、ほのかに薬のにおいがした。普段王宮内で生活している僕にとって、こういう一軒家はなんだか新鮮だった。なるほど、これが一般的なお家なのか。玄関できょろきょろと周りを見ていたら、ミンにくすりと笑われた。


「珍しいだすか?」

「へっ!? あ、いや、なんていうか……ごめん」

「何で謝るんだすか。ソンさってすぐ『ごめん』って言うんだすねえ」


 そうかもしれない。何でだろう。癖になっているのかな。


「僕、王子のお世話係だから今までずっと王宮でしか生活してこなかったからさ、こういう家って初めてで……」

「そうだすかあ? 別においらんち、大したことない普通の家だすけど。やっぱりお金持ちには珍しいんだすかにゃー」

「お金持ちって……ミンだって医者じゃない。お金持ってるでしょ」

「そんなことないだす、ソンさには負けるだすよ。だってソンさ上流貴族でしょう?」

「うーん。まあ、一応……?」


 そう。こんな僕ですが、実はこれでも貴族の生まれなのです。普段王子にペコペコしてばかりで全く威厳はないけれど、王族の側近という立場に就いているので一応それなりの身分ではあるのです。まあ立派なのは肩書きだけで、実際は華やかとはかけ離れた生活しているけれどね。


「とりあえず上がるだす。何もない家だけど、好きなだけゆっくりしていいだすからね」

「う、うん」


 そうしてミンについていくと、規模の小さい広間のようなところに案内された。ふんふん、ここがこの家のメインホールみたいなものかな。

 そして中には一匹のにゃんがいた。テレビを見ながら編み物をしていた。恐らくミンの母親だろう、茶白のブチ模様は彼とそっくりだった。


「母ちゃん、ただいま」


 ミンが母親に声をかける。するとミンの母親は編み物をしていた前足を止めてこちらを向いた。


「あら、お帰りなさい。にゃ? そちらのにゃんは……」


 ミンの母親の視線は僕の前で止まった。見つめられて、僕は再び緊張してくる。


「ソンさだす。しばらくうちに泊めることになったにゃんだすよ」

「ああ、この子が。ミンの母です、よろしくね」

「よ、よろしくお願いします……!」

「まあまあ、そんなに緊張しなくてもいいのよ。自分の家だと思ってくつろいでくれていいからね」


 にっこりとミンのお母さんが微笑む。笑った顔はミンにそっくりで温かく、僕の緊張がすーっと解けていく。きっとミンのあの優しい笑顔は、このお母さん譲りなんだろうな。

 そんなことを思っていたら、いつの間にかミンのお母さんが僕の後ろに回り込んでいた。


「ふむふむ。どれどれ……ちょっと背中を見せてちょうだいね」

「え? あの、な、何するんですか?」


 初対面の相手に背中を見られるなんてちょっと怖い。僕が戸惑っていると、それに気づいたらしいミンが注意してくれた。


「ちょっと母ちゃん、何してるだすか。ソンさが怖がってるだす、やめるだす」

「あら、ごめんなさい。ちょっと背中の状態が気になってね。まあ……これは酷い。可哀想に。背中のほとんどが禿げちゃってるわ」


 え!? ほとんど禿げてる!?

 そんな……昨日は部分的に禿げていただけだったのに……。まさか、禿げが……禿げが進行している!?


「い……い……嫌にゃー!」


 突然僕が叫んで飛び跳ねたので、二匹のにゃんは驚いた表情になる。


「ど、どうしただすか、ソンさ。やっぱり母ちゃんが背中じろじろ見たのがいけなかっただすね?」

「ううう……違うんです。ごめんなさい、大きな声出して。ただちょっとショックで……。昨日見つけた時は、一部しか禿げてなかったんです。僕どうなっちゃうんでしょうか、よよよ……」


 僕は前足で顔を覆う。悲しいとか泣きたいとか、そんな言葉で表すのが難しいほど、なんかもうショックだ。サバトラ族の証である銀の毛並みは僕にとって宝物なのに。

 その時、ミンのお母さんにポンポンと優しく頭を撫でられた。


「大丈夫。美味しい物を食べてゆっくり休んで気を楽にしていたら、きっとすぐによくなるわ。貴方、頑張りすぎちゃったのね。まずは心を休ませなさい。心が安定したら、そのうち自然と新しい毛が生えてくるわよ」

「おばさん……」


 その言葉で、ショックと混乱によって取り乱していた僕は少し落ち着きを取り戻す。

 心を休ませる、か。具体的にどうすればいいんだろう。


「まああまり深く考えず、ゆっくりしていきなさい」

「はい。あ、あとこれ、つまらないものですが……」


 そういえば渡したい物があったことを思い出す。僕は持っていたカバンから、両足で持てるくらいのそれなりの大きさの箱を取り出した。王宮から出る時に、しばらくお世話になるのに前足ぶらなのもあれだから、と両親から渡された物だ。


「あらまあ、丁寧にありがとうねえ。中身は何かしら」

「缶詰セットです。改めて、これからしばらくお世話になります。よろしくお願いします」


 僕は深々と頭を下げた。

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