第6話 共犯

「ここ最近、パパ活や援交をしてる女を狙って、酷いことをしてる奴がいるって相談を受けてな。俺が把握しているのは二件だけど、被害者はもっといると思う」


 俺の言葉を、有栖は真剣な表情で聞いている。


「そいつは、見た目は30前後の普通のサラリーマンで、最初の内は物腰柔らかで紳士的らしいが、一度女をホテルに連れ込んだ後は、態度を一変させるみたいでな。薬使って眠らせたり、ぶん殴って言うこと聞かせて、カメラで撮影するんだと」


「……最低」


 眉間に皺をよせ、有栖は吐き捨てるように言う。


「そんで、撮影した動画をネタに強請られるみたいで、どうにかしてほしいと、俺のところに相談があったわけだ」


「……被害者の女の人たちは、動画をばらまかれたくないから警察に相談にも行けないってことなんですね」


 俺は無言で頷く。

 それ以外にも、警察が嫌いとか、女側も後ろ暗いことをしていたりとか、そもそも犯人には警察に捕まるよりももっと痛い目に遭ってほしいとかの理由があるのだが。

 ……あえて有栖に言う必要もないと思い、その事実は伏せておく。

 

「というわけで、その変態をとっ捕まえて懲らしめるために、有栖に協力をしてもらいたい」


「その協力の仕方が美人局ってことなんですね」


「そういうわけだ」


 俺が応えると、有栖は「はぁ」と大きく溜め息を吐いてから、俺に尋ねる。


「それで、私はこの夜の街で、その男に声を掛けられるかも、そもそも現れるかどうかも分からないまま、ぼーっと立ってれば良いわけですか?」


「被害者の女が、お友達を紹介しろって言われていてな」


「……はぁ」


 キョトンとした様子の有栖に、俺は続けて言う。


「今日、その変態野郎と待ち合わせをすることになっている」


「……はぁ?」


 少しばかり怒った様子で、有栖は応じる。


「有栖がその変態野郎と合流して、ホテルへと入る。その後を俺たちがついて行き、有栖が乱暴をされる前に乱入して――お仕置きをする。簡単だろ?」


「わざわざそんな危ないことしないで、待ち合わせの段階で話をつけたらいいじゃないですか!」


 有栖は必死の表情を浮かべて言った。


「街中で声を掛けたら逃げられる可能性がある。そうなったら、今後は簡単に表に出なくなるだろうし、俺に相談をしてくれた女が逆恨みされる恐れもある。だから、相手を確実に追い詰める必要がある」


「それは、そうなのかもしれないですけど……」


 有栖は、不安そうな表情を浮かべた。

 軽く話を聞いただけで、危険人物なのは十分理解しただろう。


「絶対に大丈夫なんてことは言わない。相応に危険はあるし、もし無事に計画通りいったとしても、きっと怖い思いをすることになるだろう」


 だけど俺は、有栖を無責任に安心させる言葉は使わない。

 

「やりたくないならそれでも良い。だけど……今より良い条件で面倒を見てくれる人間のあてがあるのか?」


 俺は暗に、手伝いを拒否したら部屋から追い出す、と有栖に告げた。

 そして、彼女に頼りになる人間がいないことも、分かっていた。

 もしもそんな相手がいるのなら、最初から有栖は俺なんかではなく、そいつを頼っていたはずだから。


 有栖も、危険が多い夜の街を徘徊したくはないだろう。警察に補導されて家に帰されるか、変態親父に身体を対価に求められるか、或いはもっと酷い相手に捕まるかもしれない。


 彼女も、それは理解しているのだろう。

 俺の部屋に厄介になることがベストでないとは知りつつも、消去法的に俺の言うことを聞くのがベターだと、そう結論付けた。

 彼女は俺を睨みつけてから……諦めたように、ため息を吐いてから、首を左右に振った。


「街を守る良いヤクザ。そう自称した意味が、何となく分かりました。……法律じゃ守れない誰かを守るために、先輩は法を犯すことを躊躇わないんですね」


 彼女は真っ直ぐに俺を見てから、続けて言う。


「わかりました、手伝います」


「悪いな」


「ありがとう、じゃないんですね」


 俺の言葉に、有栖は皮肉っぽく笑って言う、

 苦笑を浮かべて応じてから、俺は口を開く。


「協力してくれる以上、俺は有栖のことを絶対に見捨てないって約束する。だから有栖は……普通に生きてたら味わえないようなスリルを、楽しんでくれ」


「それ、何の慰めにも励ましにもなってないんですけど……」

 

 有栖は俺の言葉に、再びため息を吐いてから、そう答えるのだった。

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