第5話 犯罪

「……バカにしてるんですか?」


 俺の言葉を聞いた有栖は、大きく口を開けて肩をすくめながら言った。


「『良いヤクザ』なんて、いるわけないじゃないですか」


「バカにしたわけじゃねーよ。俺が何者かなんてのは……説明してわかってもらうようなことじゃないんだよ」


 苦笑を浮かべてから、続けて問いかける。


「俺が何者かっていうのを、俺自身が説明したところで、それを素直に信じるのか?」


「言われてみれば、確かに何を言われようと信じられないかもです」


「そうだろう? だから結局、何者なのかっていうのは……これから先の俺の言動を見た有栖自身が決めることなんだと思う」


 俺の言葉を聞いて、有栖は躊躇いつつも頷く。


「というわけで。今のところは、自称『街を守る良いヤクザ』ってことで、一つよろしく頼む」


 俺の言葉に、有栖は「分かりました」と言って、納得をしてくれたようだった。

 

「他に、なにかあるか?」


 俺の言葉に、有栖は恥ずかしそうな表情を浮かべながら、


「あの……シャワーを借りても良いですか?」


 と言った。

 俺も楓もシャワーは朝に入ることが多いから、気が付かなかった。

 

「もちろんだ、案内する」


 そう言ってから俺はソファから立ち上がり、有栖に浴室を案内する。


「タオルやらシャンプーやらは置いてあるのを使ってくれ。着替えは……」


「着替えは一応用意してるので、大丈夫です」


「用意の良い家出少女だな」


 有栖の言葉に苦笑してから、


「脱衣所には鍵がかかるから、ちゃんとかけとけよ。覗かれた、なんて言われたらめんどくせぇ」


 そう説明をしてから、脱衣所を出る。


「分かりました。……今日は何から何まで、本当にありがとうございました」


 有栖は感謝の言葉を述べてから、深く頭を下げた。


「どういたしまして。それじゃあ俺はもう寝る、お休み」


「……おやすみなさい」


 俺は脱衣所の扉を閉めてから、自室へと戻る。

 部屋に入って寝巻に着替えをした後、俺はベッドに寝転んで思案する。


 有栖の家庭環境のことは、少々気になる。

 見た目に分かりやすいケガはなかったことから、精神的な虐待だとは思う。

 出来ることなら解決に向けて尽力してやりたいが……彼女が話したくないというのなら、今はどうしようもない。 


 明日の仕事のことに頭を切り替える。

 弱みに付け込むようで少々気が引けるが……有栖にも、手伝いをしてもらおう。



 翌朝。

 俺はベッドから起き上がり、寝ぼけ眼を擦りつつ、シャワーを浴びてからリビングに顔を出した。


「おはようございます、若」


 クールな表情で、楓が俺に挨拶をした。 


「おう、おはよう」


 俺が応えると、楓がテキパキとダイニングテーブルの上に朝食を並べてくれた。

 

「おはようございます、先輩」


「おはよう、有栖」


 ソファに座っていた有栖が、俺を見ながら言った。

 彼女は無地の黒Tシャツに短パン、ついでにノーメイクだった。

 そんなラフな見た目であっても、彼女の魅力は欠片も失われていなかった。


「すごいな、すっぴんでもめちゃくちゃ可愛いんだな、有栖は」


 そう言ってから、熱々の小倉あんトーストを一口齧る。

 あんこの糖分が、寝ぼけた頭に染み渡る。


「……どうも」


 有栖は不服そうな表情で言った。

 言われ慣れているだろうし、普通にセクハラなので、当然の反応だったかもしれない。


「先輩も、可愛らしい顔してますよね」


 ニヤリと笑いながら言った有栖に、今度は俺が顔を顰めた。


「俺が可愛らしい顔なのは自覚している。背が伸び始める前までは、変態のおっさんに悪戯されそうになったこともあったしな」


 俺が嫌味っぽく言うと、有栖は気まずそうな表情を浮かべてから、


「……ごめんなさい」


 と謝った。

 

「俺の方こそ、セクハラ発言して済まなかった」


 改めて俺が謝ると、「別にいいですよ」と言って、有栖は苦笑を浮かべた。

 

 俺は小倉あんトーストを食べ終え、砂糖がたっぷり溶けたコーヒー牛乳を飲んでから、有栖に問いかける。


「今日は何か予定あるのか?」


「特にないです」


 有栖は無表情を浮かべて、即答した。


「それなら今日は、着替えや生活用品を用意しよう」


「でも今日は、仕事が休みだから家に親いるし……」


「金は俺が用意するから、買えば良い。制服だけは、親のいない日を狙って取りに行ってこい」


 俺がそう言うと、彼女は申し訳なさそうにしながら言う。


「泊る場所を用意してもらってるのに、そこまでされたら気が引けます」


「困った時はお互い様だ。それに何も返しが出来なくて気が引けるって言うのなら、俺や楓の手伝いでこき使ってやるから、そんなに気にするな」


「こき使う、ですか。……それなら、お言葉に甘えさせてもらいますね」


 申し訳なさそうに言う有栖に、俺は満面に笑みを浮かべて応えるのだった――。


 ☆


 その後、楓に車を出してもらい、有栖の買い物に付き合う。

 二人でファストファッション店に入り、普通の高校生カップルのように他愛のない会話をしながら服を買い終えてから、俺は有栖に提案をする。


「今日の夜も、俺たちは繁華街を見回るんだけど、その時に有栖も一緒にいてもらっても良いか?」


「私がですか?」


 疑問を浮かべ、可愛らしく首を傾げる有栖。


「ああ。俺が何者かわかってもらうには、それが一番手っ取り早い」


 もちろん、本当の理由は他にあるのだが、


「……そういうことなら、ご一緒します」


 有栖は俺の言葉を疑っていない様子だった。


「良し、決まりだ。それじゃあ今から、夜の繫華街で俺たちと一緒にいても浮かない服を買いに行くぞ」


「先輩たちと一緒にいても浮かない格好? ……少なくとも、私の趣味ではなさそうですね」


 口の端を引き攣らせて言った有栖。

 彼女が普段どういった服装かは知らないが、確かに趣味とは違うだろうなと俺は思った。



 そして、夜。


「素材の味を殺してる気もするが……」


 俺はそう呟いてから、目の前の有栖をまじまじと見る。

 フリル、リボン、レースが付いたワンピース。コーディネートには白と黒とピンクを使っていて、足元は厚底にショートソックス。

 泣き腫らしたような赤い目元に、病的に白く塗った肌、どぎついくらいに真っ赤な唇。

 楓の施したメイクは、有栖の美しさを高めはしないが、俺のオーダーには完璧に答えてくれた。


「どこからどう見ても立派な地雷系だ! 元が良い分、十二分に可愛いぞ、有栖!」


 俺がサムズアップして有栖に向かって言うと、彼女は不機嫌そうに「っち」と舌打ちをした。


「……全然趣味じゃないんで、褒められてもムカつきます」


 無理矢理趣味じゃない格好に着替えさせられて、少々オコ気味の有栖だった。


「それにしても楓さんって、家事は完璧だし、物静かだけど紳士的だし、その上メイクも出来るなんてハイスペックですね。モテるんじゃないですか?」


 有栖の言葉に、楓は無表情のまま答える。


「モテるかどうかは分かりませんが、私は若のお世話が出来れば身に余る幸せですので」


 楓の言葉に、有栖はジト目を俺に向けた。


「ところで有栖。今日俺がお前に言ったことは、覚えているか?」


「覚えてますよ。夜の見回りを一緒にするってことですよね」


「いいや、そうじゃない」


 俺が言うと、有栖は首を傾げた。


「『困った時はお互い様だ。』『俺や楓の手伝いでこき使ってやる』」


 俺の言葉に、有栖は「何を手伝えって言うんですか……?」と硬い声音で問いかける。

 口元に笑みを湛えて、俺は有栖に答える。






「手っ取り早く言うと……美人局だ」




 


「流石に犯罪の片棒を担がせようとするのは止めてくれませんか……?」


 俺の言葉を聞いた有栖はドン引きをしていた。

 その反応は、もちろん予想の範疇だった。

 俺は落ち着いて、諭すように有栖に向かって語り掛ける。 


「有栖の言いたいことは分かる。事情はちゃんと説明をするから、聞いてくれるか?」


 俺の真剣な眼差しに、有栖は事情があることを理解してくれたようだ。

 無言のまま頷いた有栖に、俺は説明をすることにした――。

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