七月二十三日

「君たち、本当に三人だけでやるんだな?」


 金井と山岸にイロウが覚悟の程を問う。夜の帳が降りて、表の大通りは車がぽつりぽつりと行き交うだけの深い時間だ。二階建ての電気屋の屋根から六階建ての雑居ビルを望む三人は、今から数時間前、藍原一派に連れ出された。


「どこ行くんだ、あいつら」


 金井と山岸が半日ずつ交代で藍原一派を監視をする中で、藍原、亀井、バーテンダーが共に行動を起こすのは珍しいことだった。大抵は二人、それ以上も以下もない。しかし今回、三人が同時に動いているのである。


「もしもし、こっちに来てくれないか。三人で動いている」


 金井は山岸を呼び寄せ、この行動の変化に備えた。町を溶かすかのような赤い日差しが肌に一段と熱を伝え、家路を歩く人並みの気怠さも浮き彫りにした。だが、藍原一派はまるで、ここからが一日の始まりだと言わんばかりに、屋根と屋根を走り渡る。そして、マンションの屋上を波止場にし、好機を伺う炯々たる眼差しを雑居ビルに向けた。背後には、大宮通りというこの町で最も道幅のある道路が敷設されている。


「何なんだ一体」


 藍原一派の謎めいた行動の子細は直接、訳を訊かねば詳らかになることはない。こんこんと尽きない疑問と向き合う金井を山岸は諫める。


「まぁまぁ、待とうよ。待っていれば、何かしら起きるでしょう」


 チラチラと雲間を縫って月明かりを落とす気まぐれな吊り天井は、夜風に吹かれてまたも厚ぼったい雲の裏に月を隠す。だが、月明かりも、やつれた街灯の灯りを介さずとも、雑居ビルを囲む藍原一派、アルファ隊にとって些かも問題はない。


「ん?」


 金井は嗅いだ。酷く血生臭い野性味溢れた臭いを。すると次々と、雑居ビルに足を踏み入れる人影を捉えた。


「まさか、これか?」


「この町で起きている行方不明者の数からすると、充分な頭数だ」


 金井は鼻から吸い上げる息を芯のある言葉に変える。


「……イロウを呼ぶぞ」


「バレるぞ」


 それは、同じ受血者同士の共通認識である「臭い」についての危惧だ。吸血鬼から血を吸われた者が、身を守るための、或いは更なる被害者を防ぐための疾患の一つだ。


「こんなにムンムンと臭いが淹留していれば、吸血鬼の一人や二人、増えたところで細かい居場所は把握できないはずだ。」


 釈然としない山岸を差し置いて、金井はスマートフォンを取り出した。


「もしもし、イロウ。始めるぞ」

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