嬉々として

 今現在、バーテンダーの自宅が一時的な避難所として活用されており、六畳一間の居間で男三人がその手狭さに渋い顔をする中、亀井はスマートフォンと睨み合いながら一段と眉間に皺を寄せた。


「どうしました?」


 藍原が亀井の機微を受け取ってすかさず声を掛けると、意味深長に顔を曇らせたまま、スマートフォンとの睨み合いをやめない。


「その、連絡が来たんだ」


 勿体ぶった言い回しに藍原の小鼻が広がった。鼻先に人参をぶら下げられたかのような鼻息の荒さが今にも聞こえてきそうである。


「美食倶楽部「あめりあ」の開催の連絡がきた」


 その興奮に違わぬ情報が落とされて、藍原は色めき立った。


「どうして呼ばれた? 鈴木は一体、何を考えている?」


 亀井がひたすら答えを求めて困惑の色を益々深くする中、一線を画す藍原の小躍りに埃も舞った。


「……」


 素知らぬ顔をするバーテンダーと合わせて、三者三様の反応に部屋の湿度が上がる。


「何月何日、何時に開催されてどこで行われるのですか?」


 藍原は逸る気持ちから、立ち往生する亀井の背中を押した。その物見高さに猜疑心を原因とした眉間の皺が、苛立ちによってより深くなった。


「七月二十三日。時間は午前零時過ぎ。場所は大宮通りの、今は使われなくなった六階建ての雑居ビル」


 亀井は淡々と詳らかにし、トラブルを起こした自分へどうして開催の通知が届いたのかを他の二人に共有する。


「なぁ、鈴木が寄越した奴も始末しちまった俺に、何で開催を知らせる必要があるんだ? 強制的に退会させられてもおかしくないのに」


 どこ吹く風だったバーテンダーが口を開く。


「罠、ですか」


「いいじゃないですか。罠で結構。返り討ちだ」


 藍原の向こ見ずな振る舞いはバーテンダーと亀井の不安を助長した。が、云った通り、飛び込む以外に選択肢はないだろう。鬼が出るか蛇が出るか。確かめねば始まらない。


「本っ当! お前は頼もしいよ」


 薄ら笑いを浮かべながら、亀井は藍原を睥睨した。夜の深い時間、人気が少なくなった町で多くの吸血鬼が一斉に動けば、アルファ隊は否応なく気付くはずだ。亀井とバーテンダーの懸念はそこである。


「えぇ。僕の目的を果たすには、危険に飛び込む必要があるんです」


「そういえば、お前の目的はなんなの? 「あめりあ」に近付いて何があるんだ」


 バーテンダーが憂い混じりに藍原を見る。


「華澄由子という吸血鬼を探しています」


 亀井に役者さながらの相手を謀る演技は出来ないはずだし、藍原の趣旨を聞いたそばから、「知らないなぁ」と返すあたり、虚偽を疑って身構える必要はない。だからこそ、藍原は蚊を手で払うように、亀井の返答をやり過ごす。


「でしょうね」

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