最終話
白い天井を見ながら、とても懐かしい話をしたものだと笑いをこぼすと、ドクターの不満気な声が飛んできた。
「そないに気になるとこで止めへんで! 続きは? そのイケメンのタテハはんはどないしたん?」
いい反応だと笑いながら点滴を指さすと、ドクターはハッと気づいたようだ。
「タテハの鱗粉は今も本部の一番安心だと思う場所に保管されているよ。殺したかどうかは、君の想像にお任せしようかな」
「ああん、いけずぅ」
点滴の針を抜いてもらい、ゆっくり起き上がったタイミングで医務室のドアが開いた。
「ああ、ここにいましたか」
青いシャツにベージュのスーツの男性が書類を持っている。俺を探していたようだ。
「悪いね」
「いえ……それよりこちらの素敵な女性は?」
服のセンスはさておき容姿端麗な彼を前に、ドクターは長い茶髪を整えながら熱い視線を送っていた。
「新しい医務室の先生。ドクターだよ」
「あーんイケメ〜ン! あかんわあ〜!」
ドクターに彼の紹介をするより先にドクターが彼に抱きついて熱烈なキスをした。おい初対面だよな君たち。彼女いない歴が年齢な俺の目の前でイチャつくとはいい度胸だ。
「ふふ……熱烈ですね」
「マドンナ、ディープキスに入る前に言っとくけどドクターはまだ性別上は男だぞ」
医務室を出る間際に大事なことを言い残し、俺は薄暗い通路を歩きつつ書類に目を落とした。
俺が入りたての頃より、黒服のシステムも害虫の生態も大きく変化している。正直、あの頃が簡単に害虫駆除できた黄金期だった。
「ま、それでも花嫁は変わらず──か」
いつの間にか気を抜くと、矢印が無数に飛び交う視界になってしまうようになった。世田谷区だけで狩りをしていた頃が、とても懐かしい。
また激務に戻らねばとため息を小さくついていたら、後ろからドクターの甘い声がとんできた。
「ネロは〜ん、今度また話の続きを聞かせてや〜」
「気が向いたらねー」
俺の昔話の続き。というよりドクターはタテハの事が気になっているのかもしれない。
でもそれは、何年も点滴を打つほど毎日能力を使っている俺が正常に働いている時点で、タテハの生死は想像できるだろう。黒服の制服である喪服をきちんと着ている黒服の方が少数派な今、俺の入りたてなんて昔々もいいところだ。失笑してしまう。
いけないいけない。仕事に戻らないといけないのに、つい上がってしまう口元を俺は書類で隠して歩いた。
純白は汚せない 朝乃倉ジュウ @mmmonbu
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