第24話
見慣れた白い天井が見える。俺は反射的に起き上がった。
「本部……だよな」
周りを見回して見慣れた物ばかりですぐに理解した。俺は気絶したのだ。キリシマが駆除されるところを見て。チョウが駆除されるところを見るのは初めてではないはずなのに。ふと両手を持ち上げると震えている。
「そうだ、そうだ……そうだった……」
震える両手で頭を抱えた。気絶する前の事が一気に頭の中で繰り返される。
馳川さん、ハシボソさん、ミヤマさんが殺されたこと。
タテハと俺が異父兄弟だと言われたこと。
キリシマが完全に駆除されたこと。
たった数時間で脳みそがパンクすることが起きた。そりゃキャパオーバーで気絶するだろう。思い出して心臓がズキッと痛む。俺はゆっくり深呼吸をした。
「忘れないように書きだしておこう」
心を落ち着けてから、紙とペンを探した。俺が見聞きしたことはきっと何かに役立つ。記憶が鮮明なうちにそれらを書いておかねばならない。
メモ用紙を見つけ、箇条書きで記していく。これでホシさんに漏れなく報告できる。部分的に文字が震えているが、許容範囲だろう。メモを握りしめて部屋を出ると、コクマルさんがエレベーターの前で缶コーヒーを飲んでいた。俺に気がつくとコクマルさんは笑顔で手を挙げて挨拶してくれた。
「よお、気がついたかい」
「すみませんでした。俺、邪魔でしかならなくて……」
ミヤマさんのことを思い出して目の奥が熱くなった。言葉が出ない。俺がもっとちゃんと戦える黒服だったら、タテハの拘束から抜け出していれば、ミヤマさんを助ける手伝いができたのではないか。
いくつもの、もしも、が俺の頭を支配する。でも、コクマルさんに頭を叩かれてそれは消えた。
「ネーロー? 過ぎたことをシミュレーションしたって無駄だぞ。反省は少なくとも今やることじゃない」
まるで俺の頭の中が見えているようだ。俺は何も返せなくてただ頷いた。
「それでいい。おまえさんが深く気にすることはないんだ。ミヤマの件は特にイレギュラーで、前例が少ない。おじさんも焦ったぐらいだ、ネロは尚更だろう」
「コクマルさん、そのことですけど……」
俺はタテハに聞かされた、能力の使い過ぎた黒服の末路をコクマルさんに話した。するとコクマルさんは信じられないと言わんばかりの驚いた顔をした。だけどすぐに何かを考え込むように顎に手を当てた。
「その話はホシ君にも、いや、黒服全員に周知しないといけないな……」
缶コーヒーをぐいっと飲みほし、近くのゴミ箱に投げ込む。せっかくきれいに結ばれたシルバーグレーの髪を荒々しく掻くものだから、コクマルさんの髪は乱雑になってしまった。それを気にもせず、コクマルさんは俺に言った。
「おまえさんの家だがな、タテハって言ったか? あのチョウが居座っていたみたいだ。ホシ君とシロが確認したからほぼ間違いないだろう」
鍵が無い時点で予想はできていた。家に帰ったらアイツの匂いがするのかと思うと口の中が酸っぱくなってきた。
「今回のこともある。家に帰るのは延期だ──いいな?」
大きな手が俺の肩におかれる。口元を押さえながら頷いた。
「今夜はミヤマとハシボソ、馳川さんの葬儀だ。今日は狩りには出ないからゆっくりしとけ」
そう言ってコクマルさんはエレベーターで下の階に降りて行った。俺はホシさんに報告するため、メモを握りしめてエレベーターの上の階へのボタンを押した。
ホシさんにメモを見ながら報告したら、ホシさんが頭を抱えて動かなくなった。
どうしたらいいのかわからず突っ立っていたら、盛大なため息を吐かれた。
「すみません……」
「お前に対してではない。気にするな」
ホシさんの周りの空気が冷えていく気がした。息を吐いたら白くなるんじゃないだろうか。
「異能の件は黒服全体に緊急連絡をするとして──タテハとお前の関係については調べなければならないな」
「アイツの勘違いやデタラメであってほしいです」
「捕まえて吐かせるのが手っ取り早いんだがな。タテハを守る害虫が存在する以上、安易に追跡するのは危険だ。なにかしらの対策が必要になるな」
「そうですね──」
何かいい案はないかと考えていると、スマホが鳴った。見知らぬ番号からの着信だ。ホシさんに断りをいれてから電話に出ると、聞き覚えのある笑い声がした。
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