第23話
馳川さんの死体の側に座ったまま、遠くのホシさん達の様子をうかがうと、幹部二人を相手にキリシマはまだ生きていた。補佐も三人いるのに、と周りを見渡してシロとダケさんがいなくなっていることに気づいた。
まさかキリシマにやられたのかと心配していたら、真後ろからシロの大声をあびせられて肩が跳ねた。
「ネロォォォォォォォ! よかったよおおお! 生きてるうううううう!」
「ちょっと、あたしの気配遮断使ってるんだからネロが驚いてるでしょ。声を抑えなさいな」
「い、いつの間に……」
心臓がバクバクと激しく動いて痛い。人間、本当に驚いた時は声なんて出ないものだ。心臓が止まらなかったのが幸いだ。俺に抱きついてきたシロを無視して、ダケさんが状況説明をしてくれた。
「コクマルが来たから、巻き込まれないように非難してきたのよ。珍しく怒っているみたいだから、荒々しくなるわよ。あの三人」
ダケさんの言葉通り先ほどよりも重たいものがぶつかり合う音が聞こえた。恐る恐る見やると、ワタリさんが自分よりも遥かに大きくて真っ黒な物を大きく振り回していた。
「今日は街灯を引っこ抜いたのね。後で処理が大変だから止められているのに、それほど怒っているってことね」
「ががががが街灯? 街灯って引っこ抜けるものなんですか?」
「ええ。コクマルの瞬間的な馬鹿力で引っこ抜いて、コジロウに支えてもらいつつ、ワタリが強化して遠心力で振り回すだけよ」
「ええええぇぇ?」
丁寧に解説してもらってもよくわからない。振り回すだけって言ったとしてもだ。あれは普通の人では絶対にあり得ないことをしている。
「それにしても強いね、あのチョウ」
俺はシロに頷き、深呼吸の後にシロ達が来る前のことを話した。ハシボソさんと馳川さん、ミヤマさんのこと。タテハと俺のこと。言葉がつかえたりしたけど、きちんと全部話した。二人は俺の話を聞いて、驚きはしたけど疑わなかった。
「じゃあここにいるのは……馳川さん」
「ハシボソの家庭事情は聞いていたけれど、ここまでとはね……」
ベンチに横たわる馳川さんに二人は静かに手を合わせた。そしてダケさんは着ていたレザージャケットを脱いで、馳川さんの顔を隠すように覆った。
「ハシボソに全部を聞いたわけじゃないわ。黒服には色々な事情の人がいるから過剰な同情もしなかった。けれどこれは、あまりにも酷いじゃない……」
「ダケさんはどこまで聞いてた? オレは離婚と父親がどうしようもない酒乱だったって聞いたよ」
シロの声は震えていた。悲しみではない、怒っているのだ。
「あたしも、ご両親の離婚の話と父親の話しか聞いていないわ。ただ、その父親が離婚を承諾する条件に、子供を一人引き取る権利を要求したとか……」
「人の親に言っていいのかわからないですけど、クズじゃないですか」
思わず俺が口にした言葉に、ダケさんはため息をはいた。
「人伝いで聞いた情報だけで判断してはいけないけれどね……どうしようもないクズよ」
「ははっ、ダケさんも同意見じゃん! これは今回、幹部が荒れるわけだよ」
シロがスッと人差し指を立てた。指した先を見ると、先ほどよりも優勢かつ激しさを増して暴れている黒服の幹部と補佐の三人が、キリシマの片腕を言葉通り、もぎ取っていた。
「あともう一息だね」
大量の鮮血を流してもなお、キリシマの膝は折れていない。残った片腕で射出した鎖を握りしめ、鞭のように振り回して間合いを取っている。足元の血が跳ねた鎖で飛び散る。三人ともタイミングを見計らっているように動かない。硬直状態が続いた。
「ヨタ、死角から突撃して隙をつくってきて」
小声でシロが指示をとばした。そっと俺の膝からシロの腕に乗り移り、ヨタは音もなく翼を広げた。
「いい子」
まるで子供に声をかけるようにシロは優しい声でヨタを褒めた。それに応えるようにヨタは飛び出した。
近くの木々を経由して身を隠しながら近づき、タイミング良くキリシマの鎖の隙間をすり抜けた。そしてキリシマのこめかみに鋭い爪を食い込ませた。悲鳴など聞こえない。だけどキリシマの動きを一瞬だが止めることはできたようだ。すぐにヨタは上空に離脱した。
鎖の動きが止まった瞬間に三人はキリシマに向かって走っていた。キリシマが新しく鎖を射出する前に、ワタリさんが硬化した折りたたみ傘で腕を真上に叩き上げ、コクマルさんがすかさず腕を脇に挟んで後ろ手に回した。手首をキリシマ自身の背中に押しつけるように捻じ曲げている。思わず目を逸らしてしまう。悲鳴などの音が聞こえなくとも、あれが常軌を逸した角度だということはわかる。
「ネロ、大丈夫?」
「なんとか……」
恐る恐る顔を上げて見る。サブノスケとコクマルさんがキリシマを押さえつけ、ホシさんがワタリさんに何か指示をしているようだ。ワタリさんはカッターを取り出し、硬化した。そしてあろうことかキリシマの右耳を削ぎ落とした。
「な、なんで、あれ……」
びちゃりと血が流れる音が聞こえてきそうだ。慄く俺を無視して、シロとダケさんは冷たい声色で笑った。
「万が一生き延びても鱗粉を撒けないように痣がある部分を壊すんだよ」
「ミヤマさんと同じ箇所だから痣を探す手間がなくてよかったわぁ。これで一先ず安心ね」
血溜まりの上で取り押さえられたキリシマの頭が、コクマルさんの手で逆さまに捻られた光景を最後に、俺の意識はぶつりと切れた。
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