第22話
危険だと言わんばかりに、タロウは俺が動くのを制した。だけど俺は気になって、よろけながら湖に近づいた。ミヤマさんとコクマルさんが落ちた湖。たしかミカドも落ちて、サブノスケが追撃していた。だけどサブノスケは姿を見せていない。
もしかしたら、なんて淡い期待をして、柵のない湖を覗きこんだ。心配しているのかタロウとヨタが俺の服の袖を噛んで、湖に落ちないように引っ張ってくれている。だからふらつく体でも見えた。水中から伸びてきた手。
それが誰の手なのか理解する前に、足を掴まれて引き摺り込まれた。タロウとヨタが俺から離れてしまった感覚がした。でもそれでいい。二匹は泳げないかもしれないから。
口から空気が吐き出るのを止めることなどできなかった。咄嗟に足を掴んでいる手を蹴ったけど、簡単に離してくれない。下を見ると、黒髪が揺れている。
俺の足を掴んでいたのはミヤマさんだった。驚きと疑問で動けない。このまま溺れ死ぬ。どうすることもできない。あのミヤマさんに掴まれているのだから無理だと、直感で諦めてしまった。口から最後の空気を吐き出した。
目を開けているのが億劫で、息ができなくて苦しくて、もう死ぬんだ。そう悟った時、足を掴んでいた手が離れた気がした。そして強い力で引っ張られた。多分、上に。自分がどの方向に動いているのかわからない。でも強く胸を押されて口から水を吐いた瞬間、水中ではないと理解できた。
「よしよし、息してるな。いやぁーおじさん焦っちゃったよ」
聞き覚えのあるのんびりした声の方を見ると、びしょびしょに濡れたまま俺を見下ろすコクマルさんが笑っていた。
「ゲホッ、ぅげえ、ゲホッ……コ、コクマルさん」
「うん。おじさんだよ。現役時代はもっと潜れてたんだけど、おじさんも老いたもんだよ。とりあえず落ちてきた害虫とミヤマは無力化したから安心していい。後は……」
コクマルさんは辺りを見回して状況を把握しようとしていた。そして軽々と俺を担ぎ、近くのベンチの前に降ろされた。
「タロウ、ヨタ、こっちだ。ここで待ってろ、おじさんがすぐに片付けてくるから」
湖の側で様子をうかがっていたのか、タロウとヨタはすぐに俺の方に来てくれた。それを見てコクマルさんはすぐにホシさん達の方に加勢に走っていった。まだキリシマは幹部二人を相手に生きている。補佐も含めて三人と召喚獣一匹もいるのに、どんな化け物なんだ。
「キューン」
タロウが濡れた俺の髪を舐めながら鳴いた。ふわふわな毛皮が濡れるから触るのを遠慮したら、またヨタが膝に乗ってきた。
「濡れるからダメだって」
言っても退いてくれない。梟を触ったことがないので、どこを触っていいのかわからないから持ち上げることもできない。ヨタに気を取られている間にタロウも俺の背中を温めるようにピタリとくっついてきた。タロウの毛に隠れていたごろうも俺の濡れた肩によじ登ってきた。
「あータロウにごろうまで……濡れてるからダメだって」
後ろを振り返りタロウに注意して、ベンチに横たわる人に気づいて息が詰まった。
ベンチに寝かされいる馳川さん。正確には馳川さんだった、ハシボソさんの弟さん。胴体を中心を複数箇所を鎖が貫いて、流れた血は黒く染まり、乾いていた。それ以外の箇所の青痣や火傷痕等の痛々しい傷はキリシマがつけたものだけではない。腕や顔の傷は古い。それこそ顔のケロイドは特に。
ハシボソさんは馳川さんがが笑っていてくれるならそれでいいと言っていた。その言葉通り、冷たくなった馳川さんは、うっすら笑っているように見えた。
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