第13話

 俺の能力がわかった日から一週間が過ぎた。あれから毎日、世田谷区と新宿区を往復し、俺はすっかり悪寒と吐き気に慣れた。視界も自分でコントロールできるようになった。人間、あんな辛いことにも慣れることができるんだな、と感心したものだ。

 何人か他の黒服と共同戦線に出たこともある。俺は害虫までの道案内をして、戦闘に特化した黒服が駆除する。俺は相変わらずシロの召喚獣に守られ、戦うことを許されなかった。

「ネロ、今日はワタリさんと一緒に害虫駆除に行けって言われたよ」

「え……幹部の人と?」

 記憶が正しければ幹部で背の低い女性だったはず。俺が呆けていると、シロは召喚獣を出しながら準備を始めた。

「うん。多分もうネロは幹部としか害虫駆除しないと思うよ。ヤバい奴から駆除しなきゃだし、ネロの能力なら幹部が動く方が効率的だからさ」

「まあそうだとは思うけど……それなら俺も戦えるようになりたい」

「それはダメだよ。ホシさんが許可してくれないし、武器の所持もダメだって」

 丸腰の黒服。恐らく現場に出る黒服で俺だけではないだろうか。非戦闘員の黒服でも現場に出る人は何かしらの武器は持っている。護身用も持つことを許されない俺は、シロの召喚獣がいなければすぐに死ぬだろう。

 あまりにも落ちこんでいるように見えたのか、シロはべにひを俺の手に乗せた。

「今日はべにひとタロウとヨタをつけるから、ね? 元気だしてくれよ、トモダチが元気ないとき、オレどうしていいかわからないけど……元気になってほしいよ」

「うん……ごめん。ありがとうな」

 この一週間で日替わりでハムスターを撫でさせてくれるから、すっかり見分けられるようになった。小柄なべにひを頭に乗せると、早速糞をされた。


 人目を避けるために、害虫駆除は夜にすることにした。ワタリさんの能力は聞いてはいたから、迷わずにチョウを探した。手にした物を硬化させる能力。つまり丸めた新聞紙も金属バットのようになるということだ。

 世田谷区で合流して第一声、ワタリさんは俺に抱きついてきた。

「やだー! ネロっちと一緒に害虫駆除とかテンション上がるー!」

「は、はは……お、久しぶりです。今日は、よろしくお願いします」

 今日はワタリさんを止めてくれるミヤマさんがいない。どうしたものかと思っていたら、ワタリさんの頭をぽんぽんと叩く手が見えた。

「こぉーら。今日はチョウが相手なんだから緊張感を持ちなさいな。ごめんねぇ、ワタリはいつもこうだから」

 初めて会う女性だった。雑に結んだ髪は金髪と黒髪が入り混じっていた。気怠そうにしているが、周囲を警戒しているようにも見えた。

「あ、慣れ、ました? うん、ワタリさんのこれは慣れましたから、大丈夫です」

「そう? ならよかった。仕事となったら真面目だから、彼女」

 そう聞いて安心した。やっと離れたワタリさんはやる気十分と言わんばかりに肩を回した。

「さあ! 行こっか! ネロっち、どっち行けばいい?」

「わあ〜。ワタリさん本当に切り替えが早いな」

「やだシロっち、オンオフは大事だからね? 今日は補佐のダケもいるし、張り切っちゃうんだから!」

「普段単騎で駆除してるからテンション高いなぁー。オレも今日はいっぱい召喚しようかな」

 賑やかでなかなか矢印が絞れない。特にワタリさんとシロがうるさい。なんとか青い矢印を絞り込み、三人を連れて走った。


 ワタリさんの補佐のダケさんの能力を聞きそびれたが、見つけたチョウは難なく駆除された。ワタリさんが手にした傘や棒を手当たり次第に急所に刺していくのはなかなか刺激的だった。

「さ、次いこー!」

 明るい声で振り返るワタリさんも、ホシさんと同じ幹部なんだなあ、としみじみ思った。他の黒服と違って駆除する時間が恐ろしく早い。

 結局今夜だけでチョウ三体。イモムシ二体を駆除してもらった。普通の黒服だとイモムシ二体が限界だ。やはり幹部なだけはある。

「さ、今日は帰ろっかー」

「そうね、そろそろあたしも能力使うの疲れたし……今日はここまでにしましょうか」

 ダケさんの言葉に俺は思わず振り返った。能力を使っていたのか、と顔に出ていたらしい。ダケさんは欠伸をしながら説明してくれた。

「あたしの能力は気配遮断よ。今日はワタリの奇襲を手伝う、というよりあなたを隠すことをメインに使ったから、普段より疲れたわ。常時発動は慣れていないのよ」

「そうだったんですね……ありがとうございます」

「いいのよ、お仕事なんだから。そんなに深々と頭を下げないでちょうだいな」

 頭を優しく叩かれた。子供扱いされている感じはしないが、なんだか恥ずかしい。

「あなたたち明日はミヤマさんとコクマルの二人と駆除に行くのでしょ? 今日より疲れると思うから早く寝なさいな」

「うわー。最初は驚くと思うけど慣れたら多分大丈夫だよ! ホント頑張って〜!」

 ダケさんはお気の毒と付け加えてワタリさんと一緒に解散した。よくわからず挨拶をしたが、シロからは乾いた笑い声がした。

「あ、はは……本当に、明日は疲れるだろうなぁー」

「ミヤマさんの能力は聞いたことあるけど、そんなに疲れるのか?」

「能力じゃなくて、ミヤマさんに疲れるんだよ。まあ明日会えばわかるよ」

 初対面の時はそんなイメージはなかった。むしろワタリさんを止めてくれる人だと思っていたが、どうもそれは違うようだ。

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