第14話

 翌日の夕方。俺はシロと一緒に幹部のミヤマさんと補佐のコクマルさんの前を歩いている。

「今日は召喚獣いらないから楽だなー、うん。楽だと思いたいなー」

「うんうん。今日は楽していいよ、ミヤマが頑張るからね〜」

 正確には俺とシロが並んで歩いている。その後ろに補佐のコクマルさん。さらにその後ろにミヤマさんがついて歩いている状態だ。別に狭い道を歩いているわけではないのに、コクマルさんとミヤマさんは縦一列で歩いている。

「そこの右側の路地に入ります」

 追っている矢印は青色。つまりチョウを追っている。俺が案内しなければならないから先頭を歩いてるのけれど、これが怖くて仕方ない。チョウと出くわすことではなく、その後に背後から来るものが怖いのだ。

「あ、正面の黒い帽子の女性です」

 チョウに気づかれないように声を落として後ろに伝えた瞬間。俺の頬をかすめて高速で何かが飛んでいった。ミヤマさんの掌から射出された鎖なのだが、スピードが早すぎて弾丸のように見える。

「はい。これで五体目だね。もうちょっと駆除したいから、次に行こうか」

 鎖の先端は矢尻のようになっているから、チョウだったものの頭は一瞬で脳天を貫かれてすでに死体となっている。ワタリさんとは比べ物にならない殺傷能力と速さ。それが案内した瞬間に行われるのだから、たまったものではない。横から出てきた害虫にも即座に反応するので、俺は避けるよりも動かないようにコクマルさんに注意された。

「ミヤマ、さすがにさっきのはネロのほっぺたギリギリを攻めすぎだ。あと少し離して射出しないと、ネロに当たったら痛いだろう?」

「そっか。次は気をつけるよ」

「じゃあ次に行くか〜。ネロ、案内よろしく頼むな」

 最初は元軍人のコクマルさんに腕や肩を引っ張られて、後ろから飛んでくる鎖を避けられた。だけどコクマルさんがミヤマさんにアドバイスして回数を重ねた今、俺は絶対に動かなければ安全を保証されている。

 下手に動いたら鎖が刺さるかもしれない。その恐怖がずっと続く。しかも二人がそれを深く気にせずにいることも怖い。

「ネロ、大丈夫か?」

 俺の隣で同じく下手に動かないようにしているシロに声をかけられ、俺はやっと頷いた。

「平気だよ。えーっと次、こっちです。次はイモムシです」

 なんとか乱立する矢印を絞り込み、一番近い矢印を追う。この視界にも慣れたものだ。後ろでコクマルさんが楽をしているのはこちらだな、なんて笑っているけど、ちょっと同感かな。

 横から割り込んできた矢印にも、俺がハンドサインを出せばミヤマさんが的確に仕留める。その正確さと速さは兵器のように思える。ミヤマさんは走っても息が切れることもなく、汗もかかずに涼しい顔をしている。能力も多用しているのに疲弊した様子も精度が落ちることもない。幹部の中で一番強いのではないだろうか。

 先程のチョウの近くにいたイモムシも迅速に駆除したあたりで、コクマルさんが休憩を申し出た。

「いや〜、老体に長距離はキツイ。ちょっとそこの自販機でお茶を買っていいかい?」

「コクマルが言うなら良いよ。あそこのベンチで休もうか」

 二人はなんでもない顔して会話しているが、こっちはもう息切れして膝が笑っている。かれこれ三時間はずっと歩きっぱなしで能力も使っているから、こっちが限界に近かった。

 なるほどこれはワタリさんと組むより疲れる。ミヤマさんの体力が未知数で続くから、案内するこっちが先に体力切れでバテてしまう。おそらくコクマルさんは俺たちに気を使って休憩を申し出てくれた。心の中は感謝でいっぱいだ。

「ほれ、若者二人にはスポドリでいいだろ。ミヤマがすまんな、あと二体くらい駆除すれば満足すると思うから。もう少しだけ頑張れるか?」

 その場でしゃがみこんでいる俺たちに、コクマルさんは冷たいペットボトルを差し出してくれた。ありがたく頂いて、すぐに飲み干した。あと少しで終わると思ったら頑張れる気がして、二人で激しく頷いた。

「ミヤマにはミルクティーな。おじさんがお茶を飲み干すまでちょっと待っててくれ、年取ると一気飲みなんてできないもんでな」

「コクマルさん、飲み物ありがとうございます〜。オレ生き返ったー」

「俺も、ありがとうございます。ゆっくり飲んでてください。その間に次のターゲットを探すんで」

 本当なのか俺たちに気を使ってくれているのか、コクマルさんはゆっくりお茶を飲んでくれた。

「ミルクティーも甘くて美味しいんだね。ありがとうコクマル、あと五体は駆除できそうだよ」

 ミヤマさんの発言に俺とシロは思わず奇声を出してしまった。

「はっはっは。気に入ったなら良かったよ。だけどミヤマ、ホシ君から言われているだろう? 無理はするなって。おまえさんが平気でもおじさん達の体力が保たないさ」

「ああ。そうだった。ごめん、私はいくらでも走れるからつい……今日はあと二体で終わりにしよう」

「そうだな。近くにイモムシがいりゃいいんだが」

 俺にコクマルさんがアイコンタクトをしたので、必死に一番近いイモムシを探した。せっかくミヤマさんを抑えてくれたのだ。絶対に見つけてやる。

「イモムシか……チョウだとなお良いのだけど」

「いやいやいやすっごく近くにイモムシいるんで! チョウは遠いけどイモムシならすぐそこにいるんで!」

 必死に黒い矢印を探し、ミヤマさんを説得した。運良くイモムシが近くにいたから本当に良かった。もう走り回るのは無理だ。

「わかった。コクマルが飲み終わったら行こうか」

「すまんな〜もう少しかかる」

「いやもっとゆっくりしていいから。オレまだ立てないよ〜」

「またまた、シロはホシ君と朝ランしてるから体力あるだろう。若者はおじさんより元気でないと困るぞ〜」

「いいや、オレ限界になったらタロウに乗って走ってもらうから」

 二人が呑気な会話をしている間に、なんとか黒い矢印を二本マークできた。近くに赤い線も走っているけどそれはシロに頼めば召喚獣が処理してくれるだろう。

「よーっし待たせたな、飲み終わったから行くぞ〜」

 ゴミ箱に飲み干したペットボトルを投げ入れて、俺たちは残り二体を駆除しに走った。

 何の問題もなく駆除は終わり、コクマルさんが車で本部まで送ってくれたので、なんとか俺とシロは帰れた。さすがに歩いて帰るには体力がなかったから、本当にありがたかった。

 しばらくはミヤマさんと組みたくないと思ったけど、きっと回数的にはミヤマさんと多く組むことになりそうだ。シロに朝ランに混ぜてもらう約束して、俺は気絶するようにベッドに倒れ込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る