バズったのはいいけれど

「……そうなんですか?」


 改めて聞き返してくる音葉に、僕らは首をぶんぶんと縦に振る。

 すると音葉は、


「はーん」


 と、何やら得心がいった顔で腕を組んだ。


「なるほどなるほど。ま、そういうことなら、私は何も言いませんよ。

 時に美音ねーさん」


 あ、こいつ、この言い回し気に入ったな。


「はい」

「連絡先を交換しませんか?」

「あ、ぜひぜひ」


 二人はスマホを取り出してやり取りを始める。その間、僕は部屋を片付けることにした。

 遅れて美音も、自分の楽器を片付け始める。


「ふう、今日はこれで終了かな?」

「うん。後は僕の方で作業しとく」

「ありがと。期待してるよ!」

「あはは、あんまり期待されても困るけどね。今回は生演奏を録音しただけで、曲としてはこれ以上手が加わらないし。音質を調整するだけ」

「そうなんだ。でも、じゃあなおのこと、そろそろお暇しようかな。作業の邪魔しちゃ悪いし」


 美音がそう言うと、音葉が口を尖らせる。


「えー、もう行っちゃうんですか。何ならご飯食べてけばいいのに」

「音葉、そういうのは自分が作るようになってから言おうか。それに美音だって、急に言われても予定があるだろう」

「はいはい、分かってますよー。言ってみただけ。

 美音ねーさん、ホントに、また遊びに来てくださいね。もっとお話したいです」

「うん、私も、音葉ちゃんともっと話してみたい。またメッセ送るよ!」


 そんな話をしながら、玄関先へ。


「じゃ、音葉、美音を駅まで送ってくるから」

「しっかりお守りするんだよ。こんなかわいい人、いつ襲われてもおかしくないんだから!」

「美音ちゃん、それは言い過ぎだよ……」

「まあでも、用心に越したことはないからね。さ、行こうか」

「はーい。お邪魔しました!」


 僕と美音は家を出て、駅へと歩く。

 先ほど話したような危険などなく、十五分程度で到着した。


「じゃ、調。あとはよろしく。条件・・の件もね」

「分かってるよ。多分、今週中にはアップできると思う」

「じゃ、また明日、学校で」

「またね」


 改札へと向かう美音を見送る。

 ホームへと上がる階段に差しかかった際、美音が手の平を振ってくれたので、僕も軽く振り返した。


 帰宅すると玄関に待ち構えていたのは、にやけ顔の妹だ。


「うひひ、今が一番楽しいときですなあ」

「……うるさいよ」

「録音がどうとかの話をしてたってことは、美音ねーさんには、自分がメロだって伝えてるの?」

「実はそうなんだ」

「へえ、意外。仕事関係と家族以外では、初めてじゃない?」

「うん、まあ。気付かれちゃったんだよね」

「あらまあ」

「美音は信用できるし、大丈夫だと思うよ」

「ならいいけど……いいっすねえ、二人だけの秘密って奴やなあ」

「なぜ関西弁?」


 絡んでくる我が妹をいなして、僕は自室に戻り、作業を開始した。


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 一週間後、改めて我が家。美音も一緒だ。今回は僕の自室。

 僕はデスクに向かってパソコンを開いていて、美音がそれを覗き込んでいる。


「……どうしよう、美音。再生数が止まらない」


 結局、仮でつけた『REDAWN』を正式タイトルとしてアップした、この演奏動画。

 再生数の数字がえげつないことになっていた。


「あはは、凄いことになってるねえ」

「いやいや、君の出演動画だからね」

「そうだけど、こんだけバズったのは、私じゃなくてあなたが原因だから。やっぱりメロ様の人気は凄いねえ」


 美音の出した条件。それは、「演奏動画はメロの名前でアップすること」というものだった。

 彼女曰く、


「せっかくいい曲なんだから、たくさんの人に聴いてほしいじゃない?

 ただの高校生二人がアップした動画、しかもマイナーなヴァイオリンのオリジナル曲なんて、ネットの波に埋もれて終わっちゃいそうだし」


 とのことだったけど、それでもこの再生数は予想外だ。


「そりゃそうだよ。だって、謎に包まれていたメロ様が、仮面とは言え、初めて素顔を晒したんだよ?ファンなら絶対気になっちゃうって」

「えー、つまり、曲は関係なしってこと?」

「入りは何だっていいんだよ。ほら、コメント欄でも、いい感じの意見が多いじゃない」


 確かに、


『ファンナイとは違うテイストだけどいいです!』

『ヴァイオリンってこんな音も出るんですね!』

『ヴィオラ初めて知った!エモい!』


 そんなコメントを見ると、僕らの気持ちが伝わったみたいで、とても嬉しくなる。


「いやー、でも確かにこのバズりはヤバいね。昨日なんかニュースになっちゃってたし」


 そうなんだ。

 朝の情報番組のエンタメコーナー。最近ではバズったWeTube動画なんかも取り上げられたりするけど、昨日はこの動画の特集だった……。


「事前にメッセが来てたから、一応オーケーは出したけどね」

「あ、そういうもんなんだ。動画っていうか、半分はメロの特集だったよね」

「まあ、ありがたいことだけどね。

 でもそれを言うなら、美音の方も結構注目浴びてるよ」

「へ?私?」

「うん。ほら、このコメントとか」


 僕はパソコンの画面を指し示す。


『仮面越しだけど、女の子の方も相当美人じゃない?』


 というコメントには、イイねが相当数ついていた。


「あー、まあ、私はただのおまけだから、半年もすれば忘れられるでしょ」


 美音はまるで、自分には関係なし、という風だ。


「あ、電話だ」


 机に置いてあった僕のスマホが震えている。ウィンドウを開けると、『八代樹』の文字が。


「……えーと、ごめん。仕事関係」

「どうぞどうぞ」


 僕は一応部屋を出て、通話ボタンを押す。


『……メロ君、やってくれたわね』


 開口一番、八代さんからは電話越しでも威圧感を感じた……。


『あ、あはは、何のことでしょう』

『とぼけても無駄よ。メロの新曲、無断でアップしたでしょ?』

『はい。でも、メロとしての活動自体は、自由にやっていいっていう話じゃ……』

『普通に曲を発表する分にはね。今回は、実写も披露しちゃってるじゃない。VTuberの中身を少しでも晒すなんて、相当のことよ?一言相談してほしかったわ』


 ……そうか。顔は見えないし、ということで気軽にやってしまったけど、少なくとも『メロは若い男性』ということはバレてしまった。

 もっと言えば、『背は意外と高くない』とか『私服のセンスは』とかも晒してしまっている。

 それそのものの良し悪しは置いておいても、ファンの方のイメージを固定化してしまったことに変わりはない。


『……すみません。軽率でした』


 ふう、と、電話の向こうで溜息が聞こえる。


『まあ、やってしまったものは仕方ないわ。

 できれば、近いうちに事務所に来てくれない?』

『あ、はい。大丈夫です』

『一緒に映ってた女の子も連れてきてくれると嬉しいんだけど』

『え?彼女は一応、関係ないというか……』

『でも、君がメロだってことは知ってるわけでしょう?何かを強制するわけじゃないけど、一応、事務所としては把握しておきたいのよ』

『……分かりました。あくまで本人が了承すれば、ですが、話してみます』

『よろしくね。二人の都合がつくときが決まったら、メールお願い』

『はい』


 こうして電話が終わる。

 

 ……ああ、やってしまった。

 テンションが上がって、つい了承してしまったけれど、お金を頂いているプロとしては、もっと配慮するべきだった。


 最近の高揚から一転、落ち込む気分を隠しながら、部屋へと戻る。


「お疲れ」

「うん。お待たせ」


 カーペットに置いたクッションに座っている美音。

 僕はデスクの方の椅子に座り直した。どう切り出そうか迷っていると、美音が尋ねてくる。


「どうしたの?」


 ここは正直に話すしかないか。


「実は……」


 先ほど八代さんから言われた、今回実写をアップしたことによるファンナイへの影響について説明すると、


「……確かに、その通りだね。私のせいだ。ごめんなさい」


 明らかに暗い顔になって、目線を下げる美音。僕は慌ててとりなす。


「いやいや、美音のせいじゃないから」

「でも、私がメロの名前でなんて言い出さなかったら……」

「それなら、実写でやろうって言ったのは僕だし、提案を安易に受け入れてしまったのも僕だ。美音は悪くないよ」

「でも……」


 納得いかない様子の美音。うーん、この様子からは非常に切り出しにくいんだけど……。それでも仕方ない。


「あとさ。今度事務所でこの件について話すことになったんだけど、マネージャーさんが、できれば美音にも来てほしい、って。無理にとは言わないけど」

「え?私?」

「うん。一応関係者、ってことで。ほら、家族以外では、僕がメロってことを知ってる、唯一の人間だし。あ、でも、嫌なら断ってくれて大丈夫だよ」


 美音は少し考える素振りをしたが、すぐに意を決したような顔で返事してくれた。


「ううん、行く。

 私、ファンナイのファンだから。お会いして、ちゃんと謝りたい」

「そうか。ごめんね?ありがとう」


 そして二人の予定を確認し、その場で八代さんにメール。

 返信はすぐにあり、明後日の放課後、事務所を訪れることになったんだ。

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