二度目の本番

 先週の金曜日、今日の収録本番から四日前のこと。練習の合間に、僕は美音に話を持ち掛けた。


「あのさ、本番のことなんだけど」

「なになに?」

「録音じゃなくて、動画にしない?」

「動画って、VTuberみたいにアニメとかつけてくれるの?」

「いや、そうじゃなくて、実写」

「実写!?ってつまり、私たちがWeTubeに出る、ってこと!?」

「うん」


 これは、今練習中の曲をWeTubeで披露することが決まった時から思い描いていたことだ。


「……ひとまず理由を聞こうじゃないか」

「うん。あのさ、ヴァイオリンとかヴィオラって、まだまだマイナー楽器だと思うんだ」

「そう?ヴァイオリンを知らない人はいなくない?」

「名前を知っていても、どういう音色で、どんな魅力があるかまで分かっている人は少ないよ」

「まあそうかも。それこそ、メロさんがファンナイで使ってくれて、最近は認知度もアップしているかもね」

「そう言ってくれると嬉しい。

 ただ、世間一般のヴァイオリンのイメージって、『優雅』とか『綺麗』って感じだと思うんだよね。曲自体も有名クラシックが多いし、メディアもそう言うイメージ戦略を取ってくるんだけど。

 でも本当はさ。激しい曲のカッコよさとか、クールな曲の冷たさとか、色々な魅力があって。今回はポップスだから、そういうところも出していきやすいと思うんだ」

「うん、その辺は賛成。この曲、ベースはポップスとかロックにある感じで、いい意味でヴァイオリンのイメージとは離れているよね」

「ありがと。あとやっぱりさ、ヴァイオリンって演奏姿もカッコいいじゃん。

 この際だから、そういう『知られざるヴァイオリンの魅力』みたいなのを全面にアピールできたらな、と。そう考えたときに、折角なら演奏姿も動画で見れた方がいい気がして」

「なるほどねえ……」


 腕を組む美音。


「あ、顔とかはモザイクをかけるから、安心して。

 楽器が顔の近くにあるから、どうしても顔だけ写さないとかは難しいし。っていうか演奏中は僕も弾いてるわけだから、そんな細かい位置調整とかできないよ」

「そうかあ。まあ、それなら、いいかな」

「よし!!」

「あ、でも、一つ条件がある」

「え、何?」

「それは――」


 美音はある条件・・・・を出してきたけれど、それは僕にとって不利益になるようなものでもなく、こうして録音でなく録画でアップすることが決まったのだ。


 そして翌日となる土曜日、美音が「モザイクはカッコ悪いから」ということで、ディスカウントショップへ。そこで見つけた、この『オペラ座の怪人』みたいな仮面をつけて演奏する、ということに落ち着いた。


 音は普段の収録用マイクで、映像は家庭用カメラで、という形になる。


「……カメラとマイク、セットオーケー。スイッチを押したら、僕がそっちに行くから。

 いつも通り、美音の合図で曲を始めよう」

「りょーかい」

「じゃ、三、二、一――」


 僕は、マイクとカメラの順にスイッチをオンにすると、美音の隣へと戻る。

 この最初の移動とかはカットするから、そんなに慌てなくても大丈夫。


 譜面台と楽譜、楽器を用意して、お互いに目を合わせる。


 美音が弓を振り上げ、曲が始まった――。


 冒頭、最初はギターのリフ風のフレーズを、二本の楽器が三度のハーモニーで奏でる。

 マイナーコード(短調)のロック風アレンジだ。


 十六小節間繰り返したリフは、ヴァイオリンによる二拍のアクセントを挟んで、Aメロへ。


 Aメロはやや怪しい雰囲気。ヴィオラはシンプルなバッキングだが、ヴァイオリンは低音と高音を小刻みに行き来して、不思議な世界観を作っていく。


 そこからヴァイオリンは、階段を上がるように徐々に音程を上げていって。


 最高音に達したところでアクセントがあり、クラシックでは珍しいグリッサンドで急降下……と思ったら、裏でヴィオラが唐突に三拍子を刻む。


 Bメロ、短調から長調へと移行したそのパートでは、全く新しいフレーズが奏でられる。チャイコフスキーのようなイメージを意識したワルツ、ここはキャッチーさ重視。

 華やかな舞踏は徐々に加速度を増し、いつしか、三拍子と四拍子が交互に交わる変拍子へ。


 その四拍子の中で、ところどころ、冒頭のリフ風のフレーズが顔を出していく。

 そのリフは頻度を増し、気付けば音楽は冒頭に戻る……と思いきや、ヴァイオリンがリフの上にメロディを乗せる。サビへと突入した。

 これはAメロの変奏……というかむしろ、Aメロがサビの変奏なんだけど。

 Aメロはかなり複雑に展開させたけれど、このサビ部分のフレーズはキャッチ―さを損なっておらず、こちらのメロディが本筋。


 サビは長めの時間を取って、時にはリフとメロディをヴァイオリン・ヴィオラで入れ替えながら発展。

 

 そして間奏、リフ風のメロディが姿を変えながら、今度はフーガのような形式になる。

 速いテンポのフーガはまた徐々に拍子感を失わせ、気付けば早い三拍子に変わっている。変則的Bメロ、とも言えるかな。

 ワルツのフレーズを元に調を変えたそのフレーズは、そのまま改めてサビへと突入。


 サビはロック調の格好いい雰囲気を損なわないまま、テンポを徐々に上げ、クライマックスに達したところでスローダウン……エモさを意識して構成したアウトロ。余韻たっぷりに歌い上げたと思うきや……最後の二小節だけ速いテンポに戻り、そのまま曲は終了!



 数秒の空白の後、僕がカメラの方に向かい、録画を切る。そしてマイクもオフにして、と。

 収録終了だ。

 その気配を感じ取った途端、美音が弾んだ声で話しかけてくる。


「ねえねえ、今の、いい感じじゃなかった!」

「うん、演奏はばっちりだよ。あとは機材の方だけど……よし、カメラの方が録画できていると思う。先にこっちを確認しようか」


 まずは、ビデオカメラ上で先ほど撮った映像を再生。問題が発生していないかを確認する。


「やっぱり、このカメラだけだと音質がイマイチだね」

「そりゃそうだよ。これはあくまで映像用だから。とりあえず、問題はなさそうだね。

 じゃあ次、本命の録音の方。これは、父さんのスピーカーを借りようか」


 マイクはいい奴だけど、端末自体はスマホだ。

 まずはスマホだけで先ほどの録音を流し、音自体がとりあえず録れていることを確認。当然、音質はイマイチ。

 スマホに繋いでいる録音用のケーブルを、出力用のケーブルに取り換えて、アンプの外部出力端子に繋ぐ。アンプとスピーカーのスイッチをオンにして、改めてスマホの再生ボタンを押す。


 ガタゴト、と雑音が流れる。これは、僕が最初に機材を調整して移動した時の音。


 そしてすぐに、冒頭のリフフレーズが流れだした。


「うわあ……」


 美音が息を呑む。

 やっぱり父さんの機材はすごい。これを聴くと、確かにそこにこだわりたくなるという気持ちは分かる。


 僕らは言葉を交わさず、自分たちの演奏を確認した。録音にも演奏にも、大きな問題はなさそうだ。これなら発表して大丈夫だろう。


「自分の演奏がCDで流れてくるみたい。不思議な感じ」

「あはは、これから編集して雑音をカットしたりしていくと、音質はもっとよくなるよ。個人的には、今回は生っぽさを残したいから、あまり触り過ぎない予定だけど」


 そんな話をしていると、オーディオルームをノックする音が。


「調兄~、いるの~?帰ったよー。お客さん?」


 妹の音葉が帰宅したようだ。ここにいると、部屋の外の気配に気付くのが遅れるんだよな。


「ごめん、今空ける」


 僕はドアを開け、「お帰り」と声をかけた。


「ただいまー。ねえ、女物の靴があるんだけど……って、誰、この美少女!!

 あ、この前一緒にカルテットやってた人!?」


 おいおい、我が妹ながら、初対面で騒ぎすぎだろう……。

 僕は苦笑しながら、妹を部屋に招き、とりあえず二人を紹介する。


「こちら月島美音さん。高校の同級生で、年末の演奏会に臨時で出演してもらったんだ。今は、僕が作ったデュオを一緒に練習していて、さっきまで録音してた。

 美音、こっちは僕の妹、藤奏音葉。中二。ちっこいけど」

「ちっこい言うな!!百五十はある!!」

「あ、伸びたんだ」

「へへ、いつか調兄も抜かしたる」


 そんな軽口を言い合ってると、


「かーわいいーー!!月島美音です!お兄さんとは、演奏会がきっかけで、仲良くさせてもらってるの。

 いいなー、妹さん。私ひとりっ子だから、兄妹とか憧れなんだ」


 美音が何やら興奮していた。

 音葉が美音のところにつかつかと歩いていく、その手を取る。


「私も、おねーさんって呼んでいいですか!!」

「音葉ちゃん……!!」


 おーい、そこの二人、何で熱い抱擁を交わしてんのさ。


「時に美音ねーさん」

「何だい、妹よ」


 妹じゃないからね。


「仮面プレイをあまつさえ撮影なんて、二人ともなかなか特殊な性癖をお持ちのようで」

「「ぶっ!!」」


 美音と僕が同時に噴き出す。


「音葉ちゃん、違う!」

「そうだぞ、これは演奏用の小道具だから!つーか音葉、どこでそんなこと覚えてきて……」

「まあまあ、お二人さん。付き合っている二人なんだから、合意の上なら、このくらいのプレイは許容範囲だと思いますよ」

「「付き合ってないから!!」」

「え?」

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