第40話 理知と鮮やかさを結い加える⑧

 主犯……というよりまだ犯行を行なったかどうか不明だから首謀者と表するけど、老婆と男性、二人の返答方法から先導しているのは冷徹そうな男性の方だと分かった。

 そして閑谷も勘付いている様子で、更に用意していた質問を重ねていく。


「それではお兄さん、貴方はお婆ちゃんとこの男の子が暴力を振るったかもと証言しましたが、断片的にでもいいので貴方が目撃した状況、そして彼と断定している理由までお願いします」

「ああ。そろそろ四十分……分かりやすく彼を捕まえた三十分前としようかな? ショッピングモールからの帰り道に悲鳴がしたんだよ。結論から言うとこのおばあちゃんだったんだけどさ、実は俺が直接見たのは走り去る後ろ姿だ。その格好が彼と瓜二つだった、この青白のボーダー。だから、のこのこと歩いている姿を発見して声を掛け、問い質していたところにお嬢さんが割り込んで来て止まっているんだよ」


 それが本当でも作り話でも成り行きとしては、まともではあると思う。饒舌とまではいかないが、そこそこ自信を持ったような抑揚なので、もしかしたらオレと誰かを見間違えた場合だってあるかもしれない……と一瞬だけ揺らぎそうになる。でも冷静に考えれば断片的が過ぎるし、筒隠している箇所も聞き受けられる、ならば予定通りでいい。


「私としては……彼と瓜二つというのがまず気掛かりですね。確かに青白のボーダーは特徴的といえばそうですが……彼は暴力を働いてお金も取ったのでしたっけ? ならばそんは格好で襲うとしたら目立ちますし、他にも目撃者がいるのではないでしょうか? しかも彼はこんな商店通りを堂々と、お婆ちゃんを襲った装いそのままで出歩くのもおかしいと考えます。ましてや青白ボーダーのパーカーです。犯罪を行なった自覚があれば、貴方のように目撃者がいるとなれば、私が同じ立場だとしたら上着ですし迷わず脱ぎ捨てると思います。だってそんなの、目印をまとい続けているのと変わりませんし……」

「脱ぎ捨てたら行く先がバレるから、捨てるに捨てられなかったのでは?」


 閑谷はかぶりを振る。

 その蓋然性は低いと暗示するように。


「いいえ。この近くには河川が流れていますしそこに放り投げる、店先の商品に紛れさせる、なんならその辺の駐輪場に置いてもさほど目立たないかもしれませんね。なんにせよ、捨てるに捨てられないような服装で金目のものを奪うなんて確率が低いし、より計画的な手法を取ると思いますよ。つまり彼が犯人ならこんな悪目立ちのパーカーを未だに羽織り続けるのはもはや変人の域ですね——」


 例え話とはいえ、いやはや変人とは酷い言われようだ。

 俺が無言で苦笑いしているのにも気付かず、閑谷は更に考察を述べていく。


「——というより別の人がお婆ちゃんに暴力と強奪を行なってすぐ上着を脱げば、貴方がお婆ちゃんを警察にも、病院にも、他の誰かに助けを求めることもせず追い掛けた青白ボーダーの犯人像は破綻しませんか? 改めて訊きますが貴方の見間違い、というのは考えられませんかね?」

「そ、それは……」


 男性は言葉に詰まる。当然だ、現状彼は公衆の面前で不可解な行動を正論で全否定され、白い目を向けられているからだ。しかし最後の台詞に、閑谷なりの救済を表す心持ちが感じられる。それ以前の他者の行動原理を徹底的に責め立てる論調とは打って変わっているから、皮肉にも落差が激しい。


 実際暴行と金銭の強奪行為が判明していて警察にも、病院にも、これは閑谷が付け足したものだけど周囲の人間に助けを求めず、上着のパーカーという脱ぐだけで不確定要素になり得る脆弱な証拠で、杖をついてないと歩行が艱難な老婆を三十分も連れ回した事実。無論罪に問われることはないし、犯人を捕まえる意思は評価しないでもないが、はっきり言って愚策もいいところだ。

 つまりこの男性は、探偵気取りで暴力を働いて金銭を奪う犯人を探すよりも、もっと不自由な老婆に寄り添った行動を取るべきだった。オレがすぐに強請り目的だと感じたのは、他人の気持ちを汲もうとしない発言から印象が悪すぎたせいもある。あくまで一角に過ぎないけれど。


 別に今、閑谷の述べたことを直接オレが言っても良かった。だけど加害の容疑があると説得力がないし、それに加えて店先にいる店員さんや往来する人々がざわめく最中、根暗なオレが雄弁に語り、大衆が味方する保証がなかった。いや、第一印象で閑谷を上回る好感を獲得出来るはずがないと判断して、その場で冷静さを保つくらいしか叶わなかった。


 閑谷が形容した表現を引用するなら、予想もとい推理をする探偵は解決まで導く最適解を枚挙していく、これが理想像だ。しかし人間の記憶容量で常に正解を当て続けることはあまりにも困難だ。正解を決定するのも十人十色、人それぞれになる。だから代替案として大勢の民衆を味方に付けることも探偵に要求される。

 さすれば仮に滅茶苦茶な論理でも正解を手渡してくれる人が増える、それが圧倒的多数派となれば滅茶苦茶な論理こそが最適解となる。まあこれはちょっと暴論で誇張しているけど、爪の甘い推理でも説得力が増すないし有利に働くとすると分かりやすいだろう。


 畢竟するに探偵役には喋りのセンスや論理的思考も大事だけど、その人柄も重要。この能力にフォーカスすればオレよりも閑谷の方がやはり適任といえる。

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