第17話 夏の魔物はギャルをも熱くさせるらしい

「よーし、これだけ買い込めばしばらく持つだろう!」

 

「そんなにぶら提げたら重いっしょ? あたしもまだ持てるよ?」

 

「いや、軽い筋トレだと思えば余裕さ」

 

 

 真夏の直射日光はできる限り避けてきた俺だが、最近は美味い飯が食えるとあって、単なる買い物の為にも日焼け跡を作っている。

 今日は菜摘なつみの母親が休みの日なので、弟を預けてきた元気いっぱいなギャルとは、久しぶりに二人きり。スーパーで調達した食材はもちろん俺の家に保管され、後に彼女の手腕によって最高の味わいに仕上がるのだ。

 夏休みに入ってからというもの、毎日のように家事を手伝いに来てくれるし、おまけに手料理の作り置きまでしてくれるから、俺の生活は大助かり。栄養バランスを考えた主菜副菜が冷蔵庫を彩り、腹を満たすだけだったコンビニ弁当ではもう満足できそうもない。

 

 

「こればっかりは菜摘様様さまさまだな〜」

 

「なーんか嬉しそうじゃん。どしたの?」

 

「君のおかげでいつも助かってるって話さ。本当にありがとな」

 

「なっ……それはこっちのセリフだし! どんだけ世話になってんのか分かんないし、ゆうちゃんとも遊んでくれて、ガチで楽しいことばっかになって超感謝してる!」

 

「だったらもうちょい楽しそうに言えばいいのに」

 

「……だってあんた、あたしが素直になっても、あんまり真に受けてくれないんだもん」

 

 

 心当たりがあり過ぎて、言い逃れは逆効果かな。

 この子の正直な気持ちと触れ合うよりも、数センチ届かない程度の距離感がほしい。俺の心はそんな結論を導くことで保たれていた。今の関係に万が一進展が起きてしまえば、たぶん彼女を縛り付けてしまう。それこそ学生生活に支障をきたす可能性だって、考え出したらキリがない。だったら恩返しによる達成感を優先させて、いつでも後腐れなく終われるくらいがお互いの為になるだろう。

 

 

「まぁ、そのままでもいいかもな。ツンツンした態度だって、内側にある君の優しさは消えたりしないんだから」

 

「なんか最近、あたしへの評価けっこー甘いよね。もしかして惚れそうだったり?」

 

「かなり気に入ってるのは否定しないよ」

 

「………そっか。なら今はそれでいいや」

 

 

 穏やかに微笑んだギャルを見ると、ちゃんと距離を維持できてるのか微妙ではあるけど。


 自宅に着くまでの20分足らずで肌がジットリと湿り気を帯び、気候の暴力にうんざりしてくる。冷房を止めずに出たリビングは、帰宅直後のくたびれた体をすみやかに癒し、これぞ天国と呼ぶに相応しい心地好さ。

 ふと隣に視線を移したところ、ほのかに焼けた菜摘の首筋に、汗が雫となって伝っていた。

 

 

「シャワー浴びてくる? そのままだと体が冷えて風邪引きそうだ」

 

「えっ、そんなに汗ヤバい!? 服まで染みてたりする??」

 

「いや、染みてるなって見て分かるのは、襟のとこだけかな」

 

「んー、借りたいけど、着替えがなぁ……」

 

「俺のTシャツでも良ければ貸すよ?」

 

「……じゃあ、両方とも借りる」

 

「おう。バスタオルと着替え持ってくるから、少しだけ待っててくれ」

 

 

 正直あのままでは溢れ出す色気に当てられて、目のやり場と理性の維持に困る。タオルで拭くだけではエアコンに冷やされるし、かと言って放置はもってのほか。そこでシャワーと俺の服を貸すことで、まとめて問題が解決されるというわけだ。ぶかぶかの服で可愛らしさは増すだろうが、色っぽさは消えるはず。

 

 

「着替えはこれでいいか? なるべくダブっとしない、透けなさそうなのを選んだけど」


「うん、ありがとー。シャワー借りるね」

 

「ほいほい、ごゆっくりー」

 

「………覗いたりしないでよ?」

 

「なにそれ? 覗いてくれって前フリ?」

 

「コソコソされんのが一番ヤダ。見たいんなら見たいって先に言って……」

 

「変なこと言って悪かった。絶対に覗いたりしないから、気兼ねなく入ってくれ」


「……あっそう」

 

 

 なんで不服そうなジト目するんだよあのお嬢ちゃん。それにしても、自分以外がうちの浴室使うのは久しぶりだな。だけど変態みたいだから、聞き耳立てるのはよしておこう。


 テレビをつけて退屈なワイドショーを眺めてると、突然ドンドンと殴り付ける音が聞こえてくるではないか。この重たくて鈍い響きは、恐らく家の中からではなく玄関の外だ。

 インターホンも備え済みだってのに、ドアを叩くとは時代錯誤にも程がある。そもそも来客なら一階のエントランスで通行許可を得るしかなく、それをすっ飛ばしてる時点で明らかにおかしい。嫌な予感を覚えつつ、慎重にドアスコープを覗き込んだ。

 

 

「げっ! やっぱり明希乃あきのかよ」

 

「そこにいるのね!? とりあえず開けてくれるかな!?」

 

「どの様なご用向きで——」

 

「いいから開けろっつってんの!!」

 

 

 扉越しに要求してきた怒声に寒気が走る。

 拳や蹴りでドアに苛立ちをぶつけられても迷惑なので、不機嫌そうに暴れてる女をやむなく玄関へと入れた。何しに来たんだコイツ。

 

 

玖我くがくん、スマホぐらい確認してよ!」

 

「え? あぁ、ずっと音消したまま忘れてたのか」

 

「在宅時にサイレントモードにする意味なにさ!? そんなに使い時がないわけ!?」

 

「さっきまで買い物に行ってたんだよ」

 

「どうせすぐそこのコンビニでしょ!? マナー気にする程でもないじゃない!」

 

「どうでもいいんだけどさ、用件があるならさっさと言ってくれないか?」

 

 

 下の階に住んでるこの女は、当然エントランスを自分の鍵で素通りできる。それは分かるのだが、なぜ俺の部屋に押し掛けてきて、こんなにカリカリしてるのかが理解できない。情緒不安定さから察するに、生理前だろうか。

 

 

「えっ、なにこれ? 女性物の靴よね」

 

「あ、あぁ、ちょうど客が来てる最中でな」

 

「なんだ、やっとトラウマ脱却したんだ」

 

「そ、そういう客じゃねーんだけどな!」

 

「怪しー。彼女できたんじゃないの?」


「玖我さん? 誰か来てるの?」

 

 

 背後から会話に割って入った声の主は、風呂上がりで着替えた直後のギャルだった。まだ濡れてる髪をバスタオルで拭きながら、廊下沿いの脱衣所の扉を開けて出てきている。

 下着が透けるのを懸念して黒のTシャツを貸したけど、胸元がしっかりと隆起しており、結局真正面から見ることができない。それにしても、タイミングが悪過ぎるだろう。

 

 

「ちょっとあの子だれ!? 若くない!?」

 

「どちら様ですか?」

 

 

 急激に声色が変化した。好奇心から野次馬根性丸出しの明希乃に対して、菜摘はどう聞いてもムスッとした声でイラついている。

 なんにせよ、明希乃を今すぐ追い出したい。

 

 

「ねぇ玖我くん、あの子が着てるの君の服でしょ!? 卑猥なことしてないよね!?」

 

「んなことしねーよ! シャワーを貸しただけだ! アホな勘繰り方するな!」

 

「なんでシャワーなんか貸してんの!? この後ナニするつもりだったわけ!?」

 

 

 もう誰でもいいから助けてくれ。この女、いくらなんでもうるさ過ぎる。人の話に耳を貸さず、妄想が独り歩きしてるだろ。

 そんな思いでたぶん情けないつらになってた俺のそばには、いつの間にか菜摘が歩み寄っていた。物凄い無表情のヤンキーモードで。

 

 

「どちら様ですかって訊いたよね?」

 

「あなたこそ誰なのよ?」

 

「先に質問してんのあたしなんだけど」

 

「ずいぶん態度が大きいじゃない。玖我くんに馴れ馴れしいからって腹立ててんの?」

 

「だったら悪いわけ? あんたに不都合でもあんなら、ハッキリ言いなよ」

 

「え、待って、ホントに?」

 

 

 異様に気まずいやり取りに逃げ出したくなるも、明希乃の挑戦的な姿勢は嘘みたいに消え失せた。不思議そうに目をパチクリさせて、俺と菜摘を交互に見回している。今度はどんなとんでも勘違いを炸裂してるのやら。

 

 

「で? 誰なのさあんた」

 

「あ〜、ごめんごめん。私は玖我くんのただの友達。このビルの下の階に住んでるのよ」

 

「そのただの友達が、なんで家主の迷惑振り払って押し掛けてきてんの?」

 

「いや〜、借りる約束だった本があるんだけど、一向に貸してくれる気配がないからさ、こっちから出向いたってわけよ」

 

 

 言われてみれば、投資関連の実用書を貸す約束をした気がする。確か3ヶ月くらい前だけど、連絡もほとんど取ってなかったから完全に忘れてた。これは俺にも責任があるな。

 

 

「ふーん……。ねぇ玖我さん」

 

「は、はいっ! なんでございますか!?」

 

「本当にその人とはただの友達なの?」

 

「うーん、細かく言えば悪友だろうな」

 

「酷い言い草じゃない。勉強のことから恋愛関係まで、たくさん協力してきたよね? この恩知らず!」

 

 

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そのギャル、100万円で買います。―買ったギャルに懐かれた編― 創つむじ @hazimetumuzi1027

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