第16話 エクストラエピソード(3-2)


「おほーっ! このプール来たの3年ぶりくらいだけど、こんなでっかかったっけー!?」

 

「俺は外観しか知らんが、確かに間近で見ると迫力あるな。人もそれなりにいそうだ」

 

 

 偶然福引で当たったペアチケットを手に、電車で2駅先のレジャープールへと赴いた。移動中から揺れる景色に大はしゃぎしてた2歳児は、若干疲れた顔で姉に抱かれている。見てる分には微笑ましいけど、ベッタリくっついてる二人が照り付ける日光にやられないか気が気でない。

 この数日間、俺はギャルの水着のことで頭がいっぱい——というわけでもなく、翌日には期待しつつも普通に接してたと思う。あくまで自己評価であり、本当はワクワクしてた胸中が透けてたかもしれないけどさ。

 広いゲートを潜り抜け、受付を難なく通過すると、早速目の前には俺達を分断する壁が立ちはだかった。お察しの通り、更衣室である。

 

 

「ゆうちゃーん、ねーねとあっちでお着替えしよっか!」

 

「おー? ゆうたん、おったんと!」

 

「ありゃま、おっさんと一緒に行くの?」

 

「2歳とは言え、立派な日本男児だもんな。菜摘も着替えくらい気楽にしてこいよ」

 

「うーん、じゃーゆうちゃんのことヨロ! 終わったら出口付近で合流しよ!」

 

 

 手を振って離れていくギャルにバイバイしてる辺り、悠太もずいぶん俺に慣れたもんだ。

 幼児と二人で男性用の通路を渡って、程よい位置のロッカーを確保すると、着替えさせるのに手間はかからなかった。しかし自分の着替えに差し掛かった途端、興奮気味のガキんちょが制止を聞かずに駆け回る。その手にはカバンから出しておいた大人物おとなものの水着が。

 

 

「おい悠太、それが無いと着替えられないだろ! 遊びに行けないぞ!?」

 

「あーっ、ぱんつ! こえ、おったんの?」

 

「そうそう、俺のだから返しなさい。悠太のワニさんが「めっ!」てしてるぞ?」

 

「おー? わにたん、めー?」

 

 

 動きを止めて自分の水着を覗き込んでるうちに、なんとか取り返すことに成功した。その後も一箇所にとどまることを知らない子供は、好き放題うろちょろしており、普段これを制御してる女子高生にリスペクトの念を抱く。

 海パンを履き、スマホと鍵は防水ケースに入れて腕に巻き付けた。ついでに悠太を確保して、ようやく準備完了である。大幅に時間をロスしてしまい、慌て気味に更衣室から出ると、ぬるいシャワーを抜けた先で足を止める人がチラホラ。何かと思い奥を覗けば、そこにはスマホをいじる美少女が待っていた。

 

 

「あっ、おーいゆうちゃーん、玖我さーん」

 

「ねねいた! ねねーっ!」

 

 

 こちらに向かってブンブン手を振り回してるのは、青ベースに白のドットが入ったビキニ姿で、後光を放つ白ギャル。しかもホルターネックの水着だから、横からだと背中の大半が見えてるし、正面からは細い肩が丸ごとあらわになってて妙に色っぽい。華奢なのに母親譲りのに加え、日に焼けてない太ももなんて雪のように真っ白である。

 艶めく金髪を揺らす彼女は当然こちらを向いており、同伴者を確認しようとする野次馬の視線まで集められた。だがそれすら誇らしく思ってしまう俺は、何様のつもりだろうか。

 

 

「すまん、遅くなった」

 

「ううん、あたしも今出てきたとこー。ゆうちゃんワニさんしっかり履けてるね〜。ありがとー玖我さん♪」

 

「お、おう。なんかさ、メイク変えた?」

 

「えっ? プールだからすっぴんがいいかと思ったんだけど、一応ウォータープルーフのコスメで薄めにしてる。変……かな?」

 

「あ、いや、全然変じゃないぞ? 若々しいけどちょっと大人な感じで、いいと思う」

 

「そっかぁ。てか気にするのそっち??」

 

「なんつーか、水着すげぇ似合ってるよ。直視できないくらい、本当に……綺麗だよ」

 

 

 横目でチラチラと窺いながら、濡れた前髪をつまんで恥じらいを誤魔化す自分が、ガキ臭くて余計恥ずかしくなる。その反面、一度目線を落とした菜摘の反応は、紅潮した頬も相俟ってとても可愛らしいものだった。

 

 

「へへ、少しは大人として見れそう?」

 

「まぁ、そうだな。色気のある美少女って感じかな」

 

「それどっちだし。玖我さんは身長あるのに、脱ぐとやっぱヒョロいね。筋肉少なそー」

 

「ロクに運動もしてこなかったアラサーだからな。ついでに食事に関心持ったのもごく最近なんで、貫禄の無さは自覚してる」

 

「だねー。夏バテも怖いから、これからは栄養たっぷりのご飯いっぱい作ったげる♡」

 

 

 その笑顔を見た瞬間、俺は彼女の細腕をガッシリ掴んでいた。なんなんだこの胸の高鳴りは。想いを寄せる女性への恋心なのか、はたまた娘や姪っ子に抱く愛情に近いのか。俺には子供も兄弟もいないのに、菜摘に対する感情は過去に経験したことがなく、ただただ動揺して困惑している。結果として、手を離すことさえままならなくなっていた。

 ギャルと手を繋ぐ弟の瞳はまん丸で、不思議そうに俺達の間を彷徨うろついている。そんな少年を見て徐々に反対の腕から力を抜くも、抵抗しない彼女は俺を見てるらしい。目も合わせず、声も出ず、行動の意味が自分にも理解できないのに。

 

 

「どしたの? なんか泣きそうな顔してない? 具合悪い?」

 

「すっ、すまん! 大丈夫だ、なんでもないから」

 

「ホントに〜? 目潤んでるんだけど?」

 

 

 近い、顔が近過ぎる。片方の眉を上げて顔色を覗き込まれ、俺は降参するかのように両手を挙げるしかなかった。肘から上を静かに持ち上げ、あからさまに目を逸らす情けない男を見て、この子は何を思ったのだろうか。薄っぺらい胸板をペシッとはたき、にやけ面を残して、悠太とプールの方に歩いていった。

 

 

「あんたも突っ立ってないで早くおいでよーっ。元気なんでしょー?」

 

「なっ……やっぱ女子高生だな君は」

 

「んー? なんか言ったぁー?」

 

「さてどうだかなぁ? 大人として、子供達の監督責任を果たすとしますか」

 

「フッ。そんなこと言ってー、あたしの水着姿をエロい目付きで凝視すんでしょー♪」

 

「見てほしくて選んだクセに」

 

「そ。あんたに見せたくて選んだんだぜ☆」

 

 

 不敵な笑みを零したギャルだが、ほのかに照れた様子が見受けられて、簡単には頭の中から離れていきそうにない。どんどん小悪魔感が増してくけど、一体何を目指してんだか。

 楽しそうに水遊びをする姉弟を眺め、時折巻き込まれたりしながらも、この日の俺は理性を維持するだけで精いっぱいだった。そして大して泳いでもいなかったのに、翌日から全身筋肉痛になって密かに悶えていたのは、菜摘には内緒である。

 

 

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