第15話 エクストラエピソード(3-1)

「おめでとうございまーす! 3等賞、屋内プールのペアチケットです!」

 

「なんとまぁ……。福引でポケットティッシュ以外が出ることってあるんだな」

 

「いや出なかったらフツーに詐欺っしょ」

 

「だなぁ〜。俺は今までカモられてたのかな」

 

 

 夏休みで学校に行く必要の無いギャルは、バイトや自分の家事をやる以外の時間を、主に俺の家で過ごしていた。幼い弟の遊び相手をしたり、アラサーと絶妙に噛み合わせの悪い会話をさせてばかりも忍びないので、気まぐれに商店街まで足を伸ばした次第である。

 ちょっとした買い物や買い食いを経て、そのレシートを見せてなんとなくを回した結果が、まさかの当たりだった。隣街の有名レジャープールも、業績不振で躍起になってるのだろうか。

 

 

「これ、君にあげるよ。小学生未満は無料だから、悠太連れて麗奈さんとでも行けば?」

 

「う〜ん……前にママと行った時、ナンパヤバくてあんま遊べなかったんだよねぇ。友達やママ友が無関係っぽく思われてたし……」

 

「あー、ありそ〜。麗奈さんの場合、家族連れより男漁りの雰囲気出ちゃうよな」

 

「………でもあたし、泳ぐの結構好きかも」

 

「そうか。ならこれをキッカケにして、高校の友達を作ってみたらどうだ?」

 

「ん〜〜っ!!」

 

 

 チケット差し出して良い提案をしたと思ったのだが、なぜこの子は不機嫌そうに頬を膨らませてるんだろう。隣の2歳児も異変を察したのか、つぶらな瞳で姉を見上げている。

 

 

「……玖我さんは人混み苦手だから、こーゆーとこには行きたくないってこと?」

 

「俺? うーん、好き好んで行きはしないけど、学生時代は友人の誘いで行ってたぞ」

 

「だ、だったら……さ、あたしとじゃ、子守りみたいになるからイヤ?」

 

 

 少しずつ赤く染まっていき、逸らしながらもチラチラこちらに向く目が潤んでいて、ここまで言われれば菜摘の伝えたいことも理解できる。嬉しさと呆れが入り交じった軽いため息を吐いた後、彼女の頭をそっと撫でた。

 

 

「俺と行きたかったんなら、初めからそう言えばいいのに。別に断ったりしないって」

 

「そ、そんなの恥ずいじゃん……。それに借りがあるのはあたしの方だし——」

 

「アホ。貸し借りも利害関係もどうだっていいんだよ。君とはそんな浅い繋がりだなんて思ってねーぞ?」

 

「そっか……。早く大人になれたらなぁ……」

 

「なんで? 学生ってのは可能性に満ちて楽しいし、菜摘のスペックはすでに大人以上だろ」

 

「年齢が足りてないし。あんたから見れば高校生は高校生なんだって、よく分かってる」

 

「そりゃそうだ。でも君は高校生である以前に、四十崎菜摘という一人の人間であり、俺はその人をかなり気に入ってんだけどな」

 

 

 また余計な軽口だったかもしれない。ほんのり赤かった彼女の顔はみるみる色が濃くなり、綺麗な白い肌が日焼け直後みたくなってる。ニュアンス的に告白とは受け取れないはずだけど、ずいぶんと照れ屋さんだよな。

 下を向いて黙ってた菜摘は、口元を腕で隠しながら俺を見ると、妙にいびつな笑顔を作って声を出した。

 

 

「じゃ、じゃあ、あんたとプール行きたい。連れてって☆」

 

「ぷふっ! おま、顔面引き攣ってるって!」

 

「笑うとかマジひどくない!? 言えってゆーから、めっちゃ恥ずいのガマンして言ったのに!!」

 

「分かった分かった。喜んでお供いたしますよ、菜摘お嬢さん」

 

「また子供扱いして……——あっ、ゆうちゃんの水着が無い! てかあたしも去年のやつキツかったんだ!」

 

「キツい? そんな太ったのか?」

 

「ちげぇーよボケ!! その……中3になった辺りから、背はほとんど伸びないのに、どんどんおっきくなっちゃって……」

 

「あ〜、胸の話か。だいたい女子は14くらいで成長が止まり、ホルモンバランスが変わって体付きが女性的になる。君は遺伝的にも素質あるから、変化が大きいだろうなぁ」

 

「………すけべ。今あたしのおっぱいとか想像してたでしょ」

 

「いや、不安そうにしてたから自然なことだって説明してやったのに、なんでそうなる」

 

「じゃあママの妄想してたんだ」

 

「もっとねぇから! ついでだし水着も買って帰るか。子供用は別の店かな〜?」

 

 

 変に意識させるような発言するから、若干目を合わせにくいではないか。本人はケラケラ笑ってるし、不覚にも吹いてしまったことや、失礼な質問に対する仕返しかもしれない。

 水着屋に入った菜摘は浮かれており、当日まで内緒にすると言って俺を追い払った。離れた場所にある子供サイズを悠太と眺めていたら、どうやらお気に召した物があったらしい。懸命に手を伸ばして訴えかけてくる。

 

 

「おったん、あえ! あえ、あーに?」

 

「んー、これかー? ほう、この緑色のはワニさんだぞー? ワニ分かるかなー?」

 

「おー! わに! こえ、あにさん!」

 

「惜しいな、一回目は言えてたのに。悠太はこのワニさんが欲しいのか?」

 

「うん! ゆうたん、わに、ほしい!」

 

 

 今日は滑舌の調子が良いようだ。それともワニが発音しやすいのかな。

 試着室を借りてサイズ感を確認してると、買い物袋を提げた姉が、スキップしそうな様子でやって来た。本当に自分だけでさっさと購入してしまうとは、なんかものにされた感じで寂しいぞ。

 

 

「おー、ゆうちゃんの水着カワイーじゃん! しかもピッタリ! あんた意外とセンスあるんだね♪」

 

「残念ながら俺はサイズを選んだだけで、デザインを決めたのは100%悠太だよ」

 

「なんで暗くなってんの? ゆうちゃんに負けた気分とか?」

 

「いや、君の水着選びには参加させてもらえなかったからな。おっさんのセンスじゃ信用ならんのかなと思ってさ」

 

 

 泣き言に耳を貸したギャルは、急に腹を抱えて爆笑し始め、右肩をペシペシ叩いてくる。

 

 

「あっはーっ! ひゃーっ、おっかしい!♪ ガチ凹みしてんじゃん!」

 

「まぁなんつーか、一回り近く歳が違えば美的感覚も変わるし、そもそも異性の着るものは難しいって分かってんだけどさ」

 

「え、何言ってんの? あんたが買ってくれた洋服もペンダントも、めっちゃ可愛かったじゃん。あたしなんも文句無いよ?」

 

「じゃあなんで?」

 

「んっふふ〜♪ 水着はお楽しみなの♡ あたしは子供じゃないって、あんたに認めさせてやんだからね〜♡」

 

 

 それは不敵な笑みと形容するには少々色っぽく映り、まるで美しく微笑んだ小悪魔である。どんな水着で魅了するつもりなのか、プール当日まで悶々とする俺であった。

 

 

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