第14話 激闘の末に……ギャルの尻?

 もうおしまいだ。俺は取り返しのつかないことをやらかしてしまったのだ。まだ高校1年生の少女と普通にデートしてる時点でアウトなのに、あろうことか記念といういわく付きのプレゼントを選び、歓喜に打ち震えていた。これで菜摘なつみが本気になったとして、どう応えれば正解なのか分からない。惚れた腫れたで押し通すには、年齢や社会的立場の壁が分厚過ぎる。かと言って彼女に非は無いのだから、結局は真剣に向き合う必要があるだろう。

 それ以前に拒める気がしないんだ。出会った当初はただのギャルにしか見えなかったのに、いつからか素敵な女の子として捉えていた。純粋で献身的な性格も、無邪気なのに不意に見せる大人びた表情も、この上なく魅力的だと思えてしまう。トドメのハニカミなんて胸キュン不可避だからな。人間の心を捨てない限りあれには到底逆らえない。

 

 

「はぁ〜、どうすればいいんだよマジで」

 

 

 デート翌日にも関わらず、襲い来る後悔の念に頭を抱え、他のことなど一切考えられない。あんなに胸躍ったのはいつ以来だろう。プレゼントを渡した後はテンションが上がり、洋服を見たり食べ歩きをしたりと、家に送るのが寂しくなるくらい充実していた。「また行こうね」と言った彼女の照れ笑いを、俺は命が尽きる日まで忘れられないと思う。

 だが年齢差以外の点でも罪悪感が拭い切れない。着せてしまった恩の影響は強いはずだし、彼女の心に踏み込み過ぎた自覚がある。やはりあの子をもてあそんでしまっただろうか。

 ウジウジと悩む俺の鼓膜に、インターホンのわずらわしい機械音が「しっかりしろ!」と言わんばかりに怒鳴りつけ、俺は思わず「うるせー!」と怒鳴り返して虚しくなった。今はちょっとした刺激にも寛容になれる余裕が無い。

 覗き込んだ小さなモニターに映ったのは、若干ソワソワした菜摘の姿。

 

 

「ず、ずいぶん早く来たな」

 

「ごめん、もしかして起こしちゃった?」

 

「いや、さすがに昼近くまで寝たりはしないけど。君は夏休みなのに暇なの?」

 

「う、うっさい! 今日はバイトもないし、お昼ご飯作りに来てあげたの!」

 

 

 ぼっちにとって長期休暇は時間を持て余すよな。

 呼び出しに応じて解錠しても、彼女が玄関に来るまでは少し時間がかかる。エレベーターが長いのも理由の一つだが、悠太ゆうたのペースに合わせて歩くから当然のこと。しかしこの日はやたらと到着が早かった。

 

 

「あらまぁ珍しい。ゆうちゃん抱っこして来たの?」

 

「なにそのおばさんみたいな喋り方」

 

「うーん、深い意味はないかな」

 

「まぁいいや。ご飯食べたらさー、三人で公園行こうよ♪」

 

「この炎天下に真昼間から? 俺たぶん熱中症で成仏するよ?」

 

「だったら帰る!!」

 

「ごめんごめん。行くから帰らないで」

 

 

 なにやら落ち着きのない様子だけど、エネルギーは有り余ってるらしい。素肌の露出が多めの若々しい服装は、いつものギャルが帰ってきた感じで安心感がある。清楚な雰囲気もすごく良かったけど。それでも胸元で揺れる爽やかな色のペンダントに、これまでとは違う彼女の想いが見える気がした。

 

 

「なにか食べたいものある——って、訊くだけムダかぁ」

 

「だいぶ学習したではないか。お察しの通り、俺は君が作った料理なら、ケチつける気など毛頭ない!」

 

「信者かっての」

 

「菜摘教徒バンザイ!」

 

「それはガチで引くから!」

 

「んじゃどうやって崇めりゃいいのさ?」

 

「崇めんでいいっ!」

 

 

 なんかノリがおかしくなってる。普段の自分を取り戻せない。菜摘はデート前の状態に戻れているのに、俺だけ過剰に意識してるかもしれない。もし本当に大したことだと思われてなかったら、こっちが恥ずかしいじゃないか。泣きつけるのなんて悠太しかいない。

 

 

「おったん! あえ、あーに?」

 

「ん? あれ? どれ見てんの悠太さん?」

 

「あえ! あーに? あえ!」

 

 

 2歳児のぷくぷくした指が示す先には、特に変なものは見当たらない。強いて言えば、ホットパンツの下の生脚に釘付けになりそうなくらいだ。ほんのり日焼けしたスリムな脚線美が、俺の視界を奪って離そうとしない。

 そんな煩悩にだらしなく鼻の下を伸ばしていると、ギャルの美脚にカサカサと忍び寄る物体が、油っぽく不気味に黒光りした。あの十円玉サイズのゲテモノは間違い無くゴキブリである。よく見付けたもんだなこの幼児。

 

 

「菜摘、そこを一歩も動かないでくれ!」

 

「えっ、なに!? どーしたの!?」

 

「いいから今は静かにするんだ! すぐに君を救い出すから!」

 

「………はぁ?」

 

 

 まだ彼女とターゲットの距離はヒト一人分ある。奴も一旦動きを止めて、周囲の様子を窺ってると見た。不要になった雑誌を筒状にして武器を急造し、警戒される前に仕留めるのが確実且つ手っ取り早い。

 呼吸を整えてから忍び足で距離を詰め、キッチン側を向くそいつの背後で武器を振り被った。ところが緊張の一瞬、不可抗力によって気が逸れてしまう。

 

 

「げっ、ゴキじゃん! てか潰すの!?」

 

「ちょっと黙れ!!」

 

 

 菜摘の声に危機感を覚えた黒いのは、即座に反応して更に奥へと駆け出した。焦った俺はギャルを制止すると同時に雑誌を叩き付けるが、時すでに遅し。加速した奴の華麗なフットワークに惨敗してしまう。追いかけようにも、向かう先にあるのは女子高生の生脚。

 


「ちょっとぉ!! なんで原始的なやり方してんのさ!! こっち来るじゃん!!」

 

わりぃ、殺虫剤どこやったか忘れちまったんでな!!」

 

 

 迷ってる場合ではなかった。怯えとおぞましさにテンパる彼女を前にして、放置なんてできるはずもない。覚悟を決めて正面に飛び出し、もう一度即席棍棒を振り下ろした。バァンと快音が部屋全体に鳴り響き、確かな手応えを感じたまでは良かったものの、悲鳴を上げた菜摘は左腕の中。敵から逃れようと躱した場所に、俺が突っ込んでしまったのだ。

 なんか指先に柔らかくてモチモチの感触が。

 

 

「ばかぁ!!! なに揉んでんのさ!!」

 

「えーっと、尻だよね?」

 

「部位を訊いてんじゃねーよボケェ!!」

 

 

 真っ赤になって激怒した彼女は、俺を突き飛ばして食卓の方に逃げていく。俺はその場に尻もちをつきながらも、恐る恐る右手を上げて獲物の状態を確認した。叩き潰されたそいつは、茶色い羽を広げてピクリとも動かない。どうやら退治は成功したみたいだ。何か大切なモノと引き換えにしてしまったけど。

 

 

「ねぇ、早くそこ片付けちゃってよ! あたし潰れたのなんか掃除できないし!」

 

「へいへ〜い。少々お待ちくださいな」

 

 

 適当に洗剤やら除菌剤等を準備して、むくれるお嬢さんをチラ見しながら床を拭いた。地上50メートル以上あるというのに、たまにコイツが出没するから嫌になる。どこから湧くのやら。近い内に清掃業者を呼んで、ビル全体とこの床を念入りに磨いてもらうか。

 なんとか綺麗になり、料理を再開した菜摘さんであるが、全く目を合わせてくれなかった。今回ばかりは俺の過失を認めざるを得ないので、ほとぼりが冷めるまで待つしかない。空気が重苦しいのは耐え難いけど、いいもの揉ませてもらったし仕方あるまいよ。

 

 

「へぇー、これが焼きうどんか。初めて食べるけど味も食感も良くて美味いなー!」

 

「こんな簡単なの、誰でも作れるし」

 

「それでも気に入ったよ! やっぱ愛情たっぷり効果で美味いのかなぁー?」

 

 

 また調子に乗って口を滑らせたな。どう考えても、今の雰囲気で言ったら火に油だろ。空気を読め空気を。反省しつつ箸を進めてると、間を置いた菜摘が呟いた。

 

 

「そりゃあ……お尻触られたぐらいで嫌いになんかならないし。悪気がないの分かってるし、あんたなら別に……」

 

「俺なら別に……なんなんだ?」

 

「さ、触れって言ってんじゃないから!! でも、その……ガチでイヤじゃないから」

 

 

 なるほど、怒ってたんじゃなくてツンデレモードに入ってたのか。顔を背けてはいても、しっかり染まった頬が全力で照れてるのを証明してる。というか愛情たっぷりの冗談、真に受けてたんだ。素直で可愛いな本当に。

 

 

「えっと、ごちそうさまでした」

 

「えっ、もういいの!? ホントは美味しくなかったとか!?」

 

「ちゃうちゃう、飯ではなくて、お尻とデレいただきましたっちゅう話な」

 

「ばっ、ばっかじゃないの!? てかガチでばかでしょ!? 絶対ばか!!」

 

「バカ連呼されてんのに心地好いなぁ〜」

 

「うわ、ちょいキモ」

 

「いやそれはやめて? 傷つくから」

 

「ウソに決まってんじゃん、ば〜か♡」

 

 こうして昼から目いっぱい腹を膨らました俺は、元気が有り余る二人の子供、もとい女子高生と2歳児によって、ジリジリと焦げそうな真夏の公園へと連行されるのだった。

 

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