第6話 おんぶ


「おーい。生きてるかー」


 潤一は気絶した今田に返事を求めた。


 しかし、残念ながら、それは叶わなかった。


「いやぁー。参ったなー。まさか一発で気絶しちゃうなんて」


 潤一は多少の焦りを感じ、それを少しでも解消するために髪を無意識にいじった。


 彼は今田が気絶せず、立ち上がれなくなるレベルの回し蹴りを食らわせたつもりだった。


 しかし、思いの外、今田の耐久力が潤一の予想よりも不足していた。


 今田はしばらく目覚めそうになかった。


 潤一は今田の元を離れ、壁に寄り掛かりながらお尻を付けた愛莉の方に足を運んだ。


「大丈夫?立てる?」


 潤一は腰を屈め、右手を差し出した。


 愛莉は呆然としつつも、無意識に顔を縦に振った。


「つっ」


 愛莉が潤一の手を取り、立ち上がろうとした直後、彼女の太ももに鈍い激痛が走った。


 今田にやられた部分が未だに完治していなかった。


「ちょっと見せて」


 潤一は愛莉の両肩に手を添えて優しく地面に座らせるなり、自身はしゃがむ体勢を成した。


「スカートをちょっとだけあげていいかな?もちろんパンツは見ないから!」


 潤一は恥ずかしさを感じつつも、愛莉に許しを得ることを試みた。


「う、うん。・・・いいよ」


 愛莉は頬を紅潮させながら、恥ずかしそうに頷いた。


「わかった。ありがとう!」


 潤一は真っ先にお礼を言うと、ゆっくりとスカートをめくった。


 愛莉の美しい純白の太ももが姿を現したところで潤一は即座にスカートから手を離した。


 これ以上、スカートをめくると愛莉のパンツがはっきりと見えそうだったためだ。


 1つ付け加えると、潤一はこれを狙ってやったわけではない。


「うわっ。これは痛そうだな」


 愛莉の純白の太ももの一部が紫色に変色していた。


「やっぱり今田君は頭おかしい!女の子に平気でこんなひどいことをするなんて!!」


 潤一は怒りを隠さず表面化した。


 その証拠に、彼の顔は険しいものに変化しており、口調も怒りが込められていた。


「痛いよね?保健室行った方がいいんじゃない?」


「でも、これから陸上部の練習があるの。だから、痛みに耐えてでも」


 愛莉は再び立ち上がろうと試みたが、激痛に襲われて、彼女の願いは成就することはなかった。


「ダメだよ!安静にしていた方がいいし、今日は部活を休んだ方がいいと思うよ」


 潤一は心底、愛莉を心配した表情を作った。


 少なからず、潤一は愛莉に同情しているのだろう。自身も今田に何度も同じような暴力を奮われていたから。


「でも・・どうすれば」


 愛莉はどうすればいいか分からず、顔を下に向けた。


「そうだよね。確かに動けないよね」


 潤一は「そりゃそうだ」と口にし、顎に手を当てた。彼は現在の状況を打破する解決策を脳内で考えた。


「それじゃあ、俺が君をおんぶして保健室まで連れて行くよ。そうしたら、問題は解決すると思うよ」


 潤一はおんぶをする体勢になった。


「え・・でも。それはいくらなんでも申し訳ない。ただでさえ、さっき助けてもらったのに」


 愛莉は拒否するように顔を左右に何度も振った。その際、呼応してボブヘアの桃色の髪も同様に左右に揺れた。


「遠慮しなくてもいいよ。ほらっ!早くしないと保健室が閉まってしまうかもしれないよ?」


 潤一は自分におんぶされるように愛莉を催促した。


「・・・わかった。・・ありがとう」


 愛莉はなぜか顔を赤くしながら、潤一の提案に従って、彼の身体に全体重を委ねた。




「おいおい!あの那須さんが知らない男子におんぶされてるぞ!」


「まじか!あのビックツーの那須さんが!!うわぁー。羨ましい〜。誰だ!おんぶしている奴は?」


「あの那須さんがどうしたんだろうね?」


「なにかあったんでしょ。特別な何かがね」


 潤一が愛莉をおんぶしながら、校舎に入るなり、放課後にも関わらず学校に残っていた生徒達にその光景が視認された。


 その結果、その生徒達は次々に大袈裟なリアクションを示した。


 男子生徒は嫉妬や驚き、女子生徒は興味や無関心と異性によって異なる感情を抱いていた。


 潤一は生徒達の視線と騒がしい声を背に、保健室に向かうために人間がわずかに存在する廊下を前進した。


 愛莉の手は潤一の両肩にそれぞれ置かれ、彼女の足と彼のおんぶする手は軽く触れ合っていた。


「ごめんね。俺のせいで目立っちゃって」


 潤一は前を見ながら、申し訳なさそうに愛莉に謝罪した。


 彼は違う方法が考えられなかったのかと、胸中で自身を責めた。


「い、いえ。大丈夫!目立つのは慣れてるから」


 愛莉は手をバタバタと振りながら、必死に潤一をフォローした。


 彼女からしたら、潤一の提案はありがたかったのだろう。


「そうか。ありがとう。君は優しいんだね。でも、危ないから俺の肩から手は離さないでね」


 潤一は軽く愛莉をたしなめた。これは彼女のためを思っての注意だった。


 愛莉は即座に反省し、潤一の方に自身の手を置いた。


 先ほどとは異なり、腕に力を込めて掴むように。

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