第5話 ざまぁ


「な、なによ!は、離して!!」


 愛莉は今田に腕を掴められながらも抵抗した。


 しかし、男と女では力に差があるため、その行動は無意味な結果になった。


「お前確か、陸上部に入ってたよな?」


「それが何よ!」


 愛莉は力で押さえ込まれながらも、気は強いのか。今田を強く睨みつけていた。


「ほぉ。じゃあ、俺と付き合わなければ足を怪我させるわ」


「は?」


 今田は腕に力を込め、愛莉に脅した。


「ふざけないで。誰がこんなことするあなたと付き合うの?寝言は寝て言って!・・ううっ」


 愛莉は捲し立てる最中、顔を歪めてうめき声を口から漏らした。


「あーー。うるせぇー。うるせぇー。だから、蹴っちまったわ。わりぃわりぃ」


 今田はにへらと笑った後、舌なめずりをした。


 先ほど、今田が愛莉の太ももに膝蹴りを入れたのだ。


 その結果、愛莉は激痛に襲われた。


「痛ぃ。でも、ううっ」


 またもや、今田は愛莉の太ももに膝蹴りを食らわせた。


 愛莉の額に脂汗が浮かび、痛みに耐えるように歯を食いしばっていた。


「どうするよぉ〜?何発も入ったら太ももの肉離れとかなるんじゃねぇのか〜」


 今田は再び、同じ箇所に膝をぶち込んだ。


 愛莉の顔がより一層歪んだ。


「・・・わかった。わかったから。だから、もうやめて・・」


 愛莉は激痛に耐えながらも、何とか言葉を搾り出した。


 これ以上受け続けると、部活に支障が出てしまう。


 しかし、背に腹は代えられなかった。


「お〜。てことは俺と付き合うってことだな」


 今田は白い歯を剥き出し、ご満悦だった。


「・・・」


 愛莉は絶望の顔をしていた。


 好きでもない男に暴力を行使され、付き合うことになるなんて。愛莉は夢にも思わなかった。


「聞きてぇなー。本人の口から。付き合いますって」


 今田はプライドを傷つけられた腹いせに、愛莉に屈辱を与えようとする意図が彼の様相から窺えた。


 愛莉は本当に付き合いたくなかった。こんなゲスな男とは何があってもカップルになりたくなかった。


 しかし、次、反論したら何をされるかわからない。だから、彼女は自信の心を破壊して決意した。


「いやぁー。いくらなんでもそれはやりすぎじゃないかな」


 愛莉が告白を了承しようと決意した直後、潤一が壁から姿を現した。


 人気の無い空間にもう1人、人間が身を置く形になった。


「あ?なんでお前がここにいんだよ?」


 今田は明らかに不快感を顕にした。


 今日の休み時間の記憶がフラッシュバックしたんだよ。


「たまたまここを通ったんだよ。たまたまね。それにしてもさ、今田君って丸井さんと付き合ってなかったっけ?」


 潤一は率直な疑問を口にした。


 潤一が異世界に行く前まで恋心を抱いていた人物。それが丸井三波だった。


 だが、今となっては彼にとってはどうでも良かった。


「あぁ〜。あいつかー。本命じゃねえから、お前が不登校になって3日後に別れたわ。元々、お前に多大なショックを与えるためにやったことだしな」


 今田は「丸井三波もお前と一緒で不登校になっちまったよ」と高笑いしながら余計な情報を潤一に提供した。


「そうか。やっぱり君はクズだね」


「あ!?」


 今田は目を細め、潤一にガンを飛ばした。


「おい中森ぃ。お前調子に乗りすぎなんだよぉ。なんでそんな挑戦的なんだよ」


 今田の額に何重もの皺が寄っており、目つきも通常時では考えられないほど汚いものだった。


 苛立ちが彼の顔からひしひしと伝わってくる。


「これは本当にボコボコにしてやらねぇといけねぇな〜」


 今田は愛莉から手を離した。


 それが起因して愛莉は地面に軽く臀部を打った。


 今田が指を鳴らしながら、潤一に迫ってきた。


「やめときなよ。君じゃあ逆立ちしても俺には勝てないよ」


 潤一は余裕そうにズボンのポケットに手を突っ込んだ。


「ほざけ!そんなわけねぇだろ。それはこっちが言いたいセリフだわ!」


 今田はサッカーで鍛え抜かれた足を駆使して回し蹴りを繰り出した。


 しかし、潤一はその蹴りを軽快に後ろに下がって避けた。


「ちっ。なんで当たんねえんだよ」


 今田は周囲に響くぐらい大きい舌打ちをした。


 今日の朝から放課後まで今田は一発も潤一に暴力を振るえないでいた。そのため、苛立ちを覚えているのだろう。


「おらっ!」


 今田はパンチを繰り出したが、それも潤一に楽にかわされてしまった。


「だからやめときなよ。君じゃあ一発も当てることができない」


 潤一は今田から距離を取り、厳しい口調で忠告した。


 潤一は異世界で勉学とスポーツと武道に死ぬほど精進した。


 その結果、彼は異世界に存在したありとあらゆる武道を玄人レベル程度までマスターした。


 異世界では空手、合気道、柔道、ジークンドーに似た武道がそれぞれ存在した。


 だから、潤一は空手、合気道、柔道、ジークンドーのそれぞれの玄人レベルの人間と解釈できる。


「そんなの真に受けるわけねえだろ!1週間前まで俺にボコボコにされてた人間サンドバッグが俺に勝てるわけねぇだろ!」


 今田は声を上げながらダッシュで潤一に殴りかかろうとした。


「やれやれ。親切に教えてあげたのに」


 潤一はぼそっと退屈そうにつぶやいた。


「うぉぉぉ!」


 今田が突っ込んできて、拳を全力で振り上げた。


 潤一はその拳を身体全身を使ってかわすと、今田の背後に移動して7割程度の力で回し蹴りを放った。


 今田は攻撃の衝撃によって漫画みたいに吹き飛び、地面に身体を打ち付けた。


 愛莉の視界に入った今田はピクピクと首だけわずかに痙攣していた。


 その光景を愛莉はただただ凝視することしかできなかった。

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