第48話 タルト
◇
「なぁ、いいだろレミ。いい加減俺たちとパーティ組もうぜ」
ギルド内に併設された酒場。そこで一人早めの夕食と酒を楽しんでいたレミは、Aランク冒険者グループ ”ライズ” のリーダーである。重戦士のオリヴァーに絡まれた。
レミはSランク冒険者の魔法使い。
パーティーには所属しておらず、必要になれば適当なパーティーに臨時で参加して依頼をこなす。
ライズとは2~3回一緒に依頼を受けたことがあった。
重戦士であるリーダーを筆頭に、シーフやヒラー、狙撃手などバランスの良いパーティーだったと記憶しているが、それだけだ。
特段、ライズに思い入れなどなかった。
「前にも行ったけど、ライズに入るつもりはないわ」
「そんなこと言ったって、ソロじゃあどうしても限界があるだろ? クエストの度に入るパーテイを探すくらいなら俺たちのパーティに入ったほうが楽だぜ」
「そうね、確かにパーティは固定したほうが楽かもしれない」
「なら!」
「でもあなた達のパーティに入る気は無いの。ごめんなさいね」
誰かとつるむのは面倒だ。
小さい頃から、レミは孤独を愛する人間だった。
生まれ故郷が窮屈で都会にやってきて、まともに働く気にもなれなくて冒険者になった。
……だというのに、人付き合いというものはどんな生き方をしても必要になるらしい。
レミは気づかれないように小さくため息をつく。
オリヴァーはまだ納得がいっていないらしく、不満げな顔をしている。
彼が口を開きかけたその時、近くで傍観していた人物がレミとオリヴァーの間にスルリと割って入った。
「ちょっと落ち着きましょうよオリヴァーさん」
耳には鳥の羽を加工して作られたピアス。服装は見慣れないどこかの民族衣装のようなものを身に着けた痩せぎすの男。
東方にルーツを持つ新参モノ。Sランク冒険者のカザリ。
”緋色の死神”討伐任務の際、レミと同じく抜擢された実力者だ。
冒険者ギルド加入後、わずか数か月でSランクに上り詰めた鬼才。
その出世の早さを快く思わない者も多い。
オリヴァーも例にもれず、カザリのスピード出世を快く思っていないらしく、その眉間に深いしわが寄る。
「お前には関係ないだろうカザリ。他人の事情に首を突っ込むな」
睨みつけるようにカザリを見下ろすオリヴァー。
しかし、当のカザリはどこ吹く風でニコニコとオリヴァーの顔を見上げている。
「他人じゃないんですよ。残念ながらね」
そういうとカザリは飄々とした態度で言い放った。
「レミさんは僕と組みます。だからライズの皆さんはお呼びじゃないんですよ」
「いやぁ、すいませんねレミさん。咄嗟にウソついちゃって」
ペコペコと頭を下げるカザリ。レミは呆れてため息をつく。
万年ソロプレイヤーであるレミがついにパーティを組むという噂は、あっという間にギルド中に広まった。
もちろん、カザリとパーティを組むなんて話をした覚えはない。
ギルド中の好奇の目に耐えられなくなったレミは、カザリを連れてギルドを飛び出し、行きつけの料理屋に逃げ込んだのだ。
「……はぁ。オリヴァーを追い払うための方便って事はわかったけど……」
実はパーティを組む予定なんてないことがわかれば、オリヴァーも黙ってはいないだろう。
これからの事を考えれば考えるほど面倒くさい。
頭が痛くなってきたレミは思考を停止した。
なるようになる。面倒になったら拠点となる街を移すか……最悪ギルドを止めてもいい。
魔法を使える人材は貴重だ。職が見つからないなんてことはないだろう。
そんな事を考えていると、顔なじみの店主が料理をもってやってきた。
「難しい顔してるねレミちゃん。いつもの持ってきたよ」
テーブルに並べられたのは、レミの好物。旬の果物をふんだんに使った豪華なタルトと紅茶のセット。
店主が持ってきたのは二人分。カザリは自分の前に並べられたタルトを見て、申し訳なさそうな顔をする。
「……僕も食べていいんですか?」
「食べなさいよ。オリヴァーから助けようとしてくれた事は確かなんだし……今日は私が奢るわ」
そう言ってレミはフォークを手に取る。
見た目も鮮やかで、宝石みたいなタルトをフォークで一口大に切り分け口に運ぶ。
まず感じるのは砂糖で煮詰めた旬の果実。爽やかな酸味と甘みが口に広がる。
実は果物の下に薄く切ったチーズが乗せてあり、そのコクがタルトの味に奥深さを与えている。
後からやってくるは、タルト生地小麦の香ばしさとバターの香り。
それらが一体となった味がダイレクトに脳を刺激する。
すかさず紅茶を一口。
店主のこだわりだという厳選した茶葉の豊潤な香り。タルトと良く合う。
「なんだこれ!こんな美味しいもの初めて食べた!」
タルトを食べたカザリが驚く。
そも、砂糖は贅沢品だ。砂糖をふんだんに使った菓子なんて、貴族でもない限り日常的に食べる事はないだろう。
「Sランク冒険者の特権よね。菓子にお金を使えるなんて」
レミは微笑みながらそう言った。
しかし、カザリは実にうまそうにタルトを食べる。見ていてこちらがうれしくなってしまうほどだ。
ふと、彼となら組んでもいいかと思えた。
同じ時をこうしてともに過ごして、不快では無いと、そう思えたのだ。
「ねえ……私と組んでみる?」
◇
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