第43話 とある提案

 正体がバレたらまずいのに、じっとS級美女の視線が降り注がれる。

 こんなにも、まずい展開が果たしてあるのだろうか。晴也は昼休み中、気が気でなかったが特にこれといったこともなく地獄の昼休みは終わりを告げ、ホッと安堵していた——のだが。


『放課後、旧校舎の屋上に来てくださいませんか』

 ピコン、とスマホにこの一通のメッセージが届いたのだ。差し出し人は、晴也にとって一番会いたくないと言っても過言ではない人物、姫川沙羅。

 恐らく教室で目立たない晴也と絡んでいるところを見られたくない沙羅なりの考えなのだろう。かえって、それは目立ちたくない晴也にとって有り難い話なので助かるには助かるのだが……。


(……一体、何の要件なんだ。嫌な予感しかしないんだが)


 何せ、昼休み中には沙羅に凝視し続けられた晴也である。自分の正体がバレていない、と言い切ることは出来ないのだ。

 晴也とて、思春期真っ盛りの男子高校生。

 S級美女に好かれている、ということに嬉しさを感じないわけではないのだが……それ以上に蔓延している"噂"が嫌で仕方がないのである。


 ———伝説、幻、英雄。


 S級美女達が恋バナをすればするほど、この恥ずかしくも自分に不釣り合いな二つ名が広まりを見せている。

 人の噂も75日というが、75日間もこのクラスでの噂を聞き我慢し続けるなど拷問もいいところ。


(……でも、これは案外チャンスなのかもしれない)


 神話扱いで捏造が進みに進み、正体がバレたらまずいと思っていた。

 が、もし——彼女たちの間だけでそれを共有できれば話は違ってくるかもしれない。

 晴也は、ふぅと一息ついて覚悟を決めた。


♦︎♢♦︎


 その日の放課後、晴也の姿は旧校舎の屋上にあった。本来なら屋上は立ち入り禁止とされているが、旧校舎ではこんなボッチに優しい空間があるのか、と感心する晴也。

 あたりを見回していると、やがて——ドンッと鈍い音が背後から響いた。


「うぅ……痛いです」


 振り返って見れば、そこには盛大にすっ転んだ姫川沙羅の姿が。


「だ、大丈夫か?」

「えぇ……お構いなくです」

 立ち上がるなり、ふにゃっとした笑顔を見せる沙羅。


「それで、姫川……さん。こんなところに呼び出して一体———」

「私、思ったんです」

(……急にどうした。それと話聞いてる?)


「何を思ったんだ?」

「私、噂が広がれば勝手にあ、あのお方からお会いしに来てくれると思ってました」

「…………」

 押し黙る晴也に対して、もじもじと身体をさせながらも沙羅の表情は曇る。


「——ですけど、そんな手段じゃまだ足りなかったんだと気付きました」

「えっと、俺を呼び出した要件を聞きたいんだけど」

「……赤崎さんは、妹さんの情報からも"悪い人"ではないと分かりましたし、男性が苦手な私でもアレルギーにはならない方なので」

 こちらの話を聞いているのだろうか。急に顔を朱に染め口をきゅっと結ぶ沙羅。

 覚悟が決まったのか、夕日をバックにこんなことを溢すのである。


「———あの、赤崎さん。私と恋仲になってくださいませんか?」


 うん、ちょっと何言ってるか分からない。

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