第42話 地獄の昼休み

 昼休み。退屈な3限の授業を終えた現在、クラスメイト達はいつも過ごす面々とは違った者同士で集まり机を寄せ合っていた。


 晴也は基本的に一人で昼ご飯を食べることが多い。たまに、いやここ最近は佑樹と食べることが増えてきているけれども。


 だが、今日だけは中々一人で食べれそうもなかった。というのも、である。


「私たちも交流を兼ねて、話し合ったりしましょうか」

「……そ、そうだな。皆もそうしてるみたいだし」

「よろしくお願いします」


 沙羅に続いて、佑樹そして優香が揃って首を縦に振った。晴也はこの中では空気と化しているものの内心は冷や汗がダラリダラリと垂れている。


(まずい……まずすぎる)


 下を向きなるべく目立たない様に振る舞っていると、沙羅から『あなたはどうですか?』と言わんばかりに視線を降り注がれた。

 罰が悪くなったものの、何も言わずに首を縦に振ると……沙羅は『ぱぁっ』と表情を輝かせる。


「それでは、交流会の班メンバー同士、お互いを知っておきましょう!」


 たわわに実った胸の前で小さな握り拳を作って沙羅は言ってみせる。周囲のクラスメイト、主に男子達からは嫉妬めいた嫌悪を表す視線が向けられた。


「……よかったな、赤崎。俺たち勝ち組だぞ」

「なんでだよ?」

「いや、そりゃあの姫川さんと同じ班になれたからだって!」


 耳元へと寄ってきてそう囁いてくる佑樹にこっちの気もしらないで、と晴也は悪態をついた。晴也の周辺には、佑樹、沙羅、優香の三人が揃っている。

 それは、くじ引きで決まった新入生交流会の面子。


 高校一年、4月の時期。

 同級生達はまだ班メンバーのことについて知らないことが多すぎる、ということで新入生交流会の班メンバーで昼を過ごすという流れになっているのだ。

 S級美女と班になれた男子は、大いに喜んでいるのが目に取れるものの晴也からすれば勘弁してくれ、というのが本音である。


「えーと、それでは風宮さんがそちらの席に」

「わ、分かった」

「優香さんは私の隣に」

「はい」

「そして、えーと赤崎さんは風宮さんの隣にお願いします」


 どうやらこの班メンバーの指揮権は沙羅にあるらしい。座る席についても沙羅は律儀に一人一人指定をしてきたのだ。

 お陰様で晴也は沙羅と向き合う形で座る羽目となる。


(……なんで、だ。なんで………)


 口で否定したいものの、正体がバレてしまうというリスクが付き纏う上に客観的に見れば、『この席いやだ』というのは意味不明なことだろう。下手に口に出せば、余計に目立ってしまうことは容易に推測が出来た。

 そのため晴也はぐぬ、と押し黙る他ない。

 居心地最悪な気持ちを孕みながらも、席につき弁当を広げる。


(……何事もなく、平穏なままこの時間が過ぎ去ってくれるのを祈るしか)


 晴也は一人ゴクリ、と固唾を飲み込んだ。


♦︎♢♦︎


 平穏に昼休みが過ぎ去ってくれ、と願った晴也だが……その願いが打ち破られたのは開口一番、緊張が抜け出した佑樹が放った一言が原因だった。


「———そういえば、姫川さんってこの高校に好きな男子がいるんだよね?」

「……ふぇっ? ぇぇ?」

 見る見るうちに顔を赤らめ固まる沙羅。口元があわあわと震え出し、口にせずとも表情から答えを言っている様なものだった。

 すでにクラスメイトに共有している話ではあるが、不意にその手の話題が出されるのは、沙羅であっても驚きが隠せないらしい。


「……そ、そうですね。私はお会いしたい好意を寄せている方がいます」

「っ」

「それって、あのナンパから助けて貰ってそれから交流ある男子だっけ?」

「は、はいぃ………」

 両手で顔を覆い、ぷしゅーと音が出るほど顔を朱に染める沙羅。ニヤニヤとしている佑樹を見るに、沙羅のこの表情が見たくてこの話題を振っている様に見えた。


(……勘弁してくれ、これ何の拷問だよ)


 身に覚えのない脚色された内容。沙羅が裏の顔である晴也に惚れているという事実。

 それをこんな間近で聞かされて、晴也とて緊張しないわけがないのである。


「あれ、赤崎……お前なんか顔赤くね?」

「……うるさい」

「あれ、普段より声低いな」

「普通だ」

「いや、普段はもっとこう———」


 妙に鋭い指摘を佑樹がしているのを興味深そうに沙羅は見つめている。

(……やめて。見ないで、見ないでくれ)


 何故であろうか。沙羅はじーっと訝る様に晴也を凝視し出したのだった。


(あ……え、ひょっとして……これやばい?)

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