第41話 新入生交流会

「はぁ……どうしてこうなったんだか」


 週明けの月曜日、晴也は登校早々ため息をこぼしていた。

 晴也の頭を悩ませていること、それはS級美女達と連絡先を交換してしまったということである。不幸中の幸いか、特にS級美女達から連絡が来ることはなかったものの、今後はどうなるか分からない。

 ——何せ、連絡先を交換したことでとある変化が見られているのだから。


(はぁ……完全に存在を認知されたよなぁ)


 晴也がここまでため息をこぼすのは、先程起きたとある出来事が影響している。

 それは、数分前のこと。

 晴也が教室に入り自席に座ろうとしたときのことだった。

 晴也の席周辺で"雑談に耽る"S級美女達と不意に視線が合うと、彼女たちは会釈をしてきたりニコッと微笑んできたりしたのだ。


 今までであれば、たとえ視線が一瞬合おうとも特に何事もなくスルーされていたのだが、今や反応される様になってしまっている現状。

 晴也からすれば、内心ドキドキが止まらないのである。


(話しかけてこないのは助かるけど、これじゃあ……いずれ)


 後のことを考えるだけでも恐ろしかった。

 全く真弥のやつめ、とすでに実家の方へ帰宅した妹のことを胸中で恨む。はぁ、と何度目か分からない深いため息をつくと、あくびを噛み殺しながら佑樹が隣へとやってくる。


「どうした? 赤崎、お前今日生理か?」

「……うるさい」

「ごめんごめんって。それにしても、今日はいつにもなく不機嫌そうだな」

「分かってるなら放っておいてくれ」

「と、言われてもなぁ。今日はテンション上げなきゃやってられない日だぞ? 特に赤崎にとってはな」

「……………」


 周りを見てみろ、と佑樹の視線が訴えていたため晴也は気怠そうにしながらも同級生達を眺めると、たしかにいつも以上に全員、賑わっている様に感じた。


(……なんか嫌な予感がする)


 瞳を細め下を俯こうとすると、隣に座る佑樹は他愛もなくたらたらと言葉を連ねてくる。


「皆、新入生交流会にテンション上げてるみたいだ。まぁ俺たち一年生にとっては、交友関係を広げるチャンスだからな」

「…………」

「その様子だと、赤崎。何も知らないのか?」

「……………」


 沈黙は肯定のあかし。声を大にして言えないが、晴也はそんな新入生交流会のことなぞ全くもって記憶になかった。

 今、佑樹から話を聞いても『あ〜、そういえばそんな話あったけ?』くらいの認知である。


 呆れたというよりは、もう慣れた、といった感じで佑樹は晴也の肩にぽんと手を置いてきた。


「この交流会で俺たちにも春が来るかもしれないからな……お互い頑張ろうな」

「なに慰めてる感じだしてるんだ。俺は別に春なんて求めてない」


 というよりは、今は勘弁してほしいというのが晴也の本音である。


「まっ、何はともあれ今日、班決めするみたいだから一緒の班になれればいいな」

「そうだな」


 佑樹の軽快な口に、適当に合わせて日常会話を繰り広げていく晴也。

 ———だが。

(ん? そういえば、班ってどうやって決めるんだ?)


 そう晴也が疑問に思った時には、もう遅かった。


♦︎♢♦︎


 迎えた朝のホームルーム。担任の教師が教室に入ってくるや否や、新入生交流会についての説明をし始めた。

 端的に担任の溢した内容は以下の通りである。

 ・一泊二日の研修であること。

 ・班はくじ引きで決めること。

 ・一班、4人であること。

 ・羽目をはずさない程度に楽しむこと。


 完全に修学旅行の前座の様な内容だった。修学旅行は高校二年生になってから始まるものだが、おそらく高校一年生にとっての修学旅行こそ、この新入生交流会に他ならない。

 同級生達と仲睦まじく話す周囲のクラスメイト達を見るに、余程このイベントを楽しみにしていたのだろう。

 この中で、全く関心のない人物など晴也くらいというものである。


(……班決めはくじ引きか。有難いというべきか、そうじゃないというべきか)


 仲が良い者同士で組めば浮いてしまい余り者が出てしまうからこそ、班決めは公平にくじ引きで決めているのだろう。

 交友関係が狭すぎる晴也にとって有難い内容に思えるが、今回限りはそうではなかった。


 沙羅、結奈、凛。


 この三人の存在が晴也の頭の片隅によぎり続けているのである。さすがに、そんな低確率を引くはずがない、とは踏んでいても彼女たちと班を組むことはないとは言い切れない。

 晴也は嫌な汗を一人、滴らせていた。


「この箱の中に番号が1〜10と書かれた紙がある。それを一人一人が引いて同じ数字だった者達が同じ班だ。それじゃあ、公平に先生が回していくから引いていってくれ」


 担任の教師がそう溢すと、前の席から順番に先生が箱を持って巡回し出した。

 あたりを見回せば男子達は『S級美女達と班が同じになります様に』と神頼みしているのが目にとれる。

 現に、自席の近くで——。


「姫川さんか高森さん、姫川さんか高森さん」


 と、念仏かの様に唱えている同級生の声が聞こえている。


(……怖ぇよ。逆に俺はS級美女以外なら誰でもいいな)


 そんなクラスの男子達とは真っ向から対立する意見を持って晴也はくじを一枚引くことになる。ぱっと番号を確認すればそこには"4"の番号が表記されていた。

 頭を伏せ、ひたすら『S級美女達とは班が異なります様に』と念じているとやがて全員がくじを引き終わる。


「よし、それじゃあ——それぞれ同じ番号同士で集まってくれ」


 担任がそう溢すと、クラス内は、大はしゃぎで一気に騒がしくなり番号が同じ者を皆が皆探しこんでいく。


「赤崎はちなみに何番だった?」


 白い歯を見せながら、軽快な口調で聞いてくるのは佑樹である。


「4番だった」

「おっ、一緒じゃん。奇遇だな」

「そうか」


 一先ず知り合いとは一緒の班になれたため、少しだけホッと安堵する。佑樹はコホン、と一つ咳払いをすると手を上げ大きな声を出した。


「ここ4番、4番〜。集まってくれ〜」


 結城が手を振り声を上げること数秒。

 他のメンバーであろう二人が晴也達の元へと寄ってきた。

 その瞬間、晴也の身体、いや全身が凍りつく。


「……綾瀬優香、4番です。よろしくお願いします」

 一人は、おっとりした感じの地味目な女子だったのだが晴也はもう一人の女子に目が釘付けとなってしまっていたのだ。


「姫川沙羅、その……私も4番です。よろしくお願いします!!」


 何と同じ班のメンバーに一番一緒の班になりたくなかった女子の一人『姫川沙羅』が選ばれたのだった。

 晴也は唖然とし固まっていると、佑樹が口を耳元へと寄せてこんなことを言ってくる。


「……やったな。S級美女の一人を引けて! この4番はしあわせの4だぜ」


(いや……死の4だろ)


 口角を引き攣らせて内心、そう晴也は突っ込んだ。


(………勘弁してくれ。もう当日休もうかな)

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