9

 女性の姿が消えた事を確認した直後、後方から複数の足音が聞こえた。それに反応し振り返るユーシス。

 そこには慧と清竜を含む四人の人影があった。


「大丈夫ですか?」

「あぁ。問題ない」


 その返事に慧はホッと胸を撫で下ろした。


「一体何が?」

「アイツは……吸血鬼だ。それと目的の奴も来た」

「それで? ジャックは?」


 この場を見れば訊くまでも無かったが、慧はユーシスへそう尋ねた。


「消えた」


 慧の質問に対するユーシスの返事に、露骨に反応を見せたのは右から二番目のツインテールをした女性。同じようにパンツスーツを身に纏い丸眼鏡を掛けたその女性は声を出して溜息を零した。


「全く何やってんのよ。ウェアウルフのクセに。逃がしてんじゃないわよ」

「双葉。失礼だぞ」


 その左隣に立つ男性は淡々とした声でそう言った。スーツに身を包んではいたが、一人だけ顔も黒い布で覆い見えているのは尖鋭な三白眼だけ。

 すると、ユーシスの(傷が無い方へ)イマチがゆっくりと降下し止まった。


「どこに行ったかと思えば、アイツらを呼んでたのか?」


 それに対し鳴声で返事をするイマチ。


「でも君が無事で良かったよ。――あぁそうだ。二人と会うのは初めてだったよね。こっちは弟の夜条院飛鳥」


 慧はそう言うと顔を覆った男性を手で指した。


「そしてその隣が妹の夜条院双葉」


 飛鳥を指していた手はそのまま隣の女性へ。


「それからここには居ないけどもう一人加えて僕の可愛い兄弟達ってわけ。――って今する事じゃなかったね。とりあえず君の傷の治療が先か」


 慧の視線は表情とは打って変わり傷だらけのユーシスの体を見ていた。


「もう今日は何もしなさそうだけど、飛鳥と双葉と清竜は時間まで見回りをして」

「了解」

「どーせそのつもりだったし」

「……」

「竜くん。ちゃんとお兄ちゃんとお姉ちゃんの言う事を聞くんだよ?」

「うっせーな」


 すると、透かさず双葉の手が清竜の頭を叩いた。


「口が悪いなぁ。反抗期が!」

「っつ! 何すんだよ!」

「イキりたい年頃なのはわかるけど、口が悪いっつってんの!」

「お前が一番うぜぇ」

「は? クソガキが!」

「はいはい。二人共、喧嘩は後にしてね。とりあえず仕事はしてよ。頼んだよ、飛鳥」

「最善は尽くす」


 一度だけ深く頷きながら飛鳥は返事をした。


「じゃあ、はい。行って」


 慧のその言葉に三人はネマチを連れその場から立ち去った。

 そして残された慧とユーシスとイマチ。慧はユーシスへと近づく。


「お前も行っていいんだよ?」


 まずユーシスの肩に乗るイマチへそう言うが離れる様子は無かった。


「心配なんだね。それじゃあ一緒に行こうか」


 その言葉にイマチは鳴いて返事をした。


「それじゃあ屋敷に行って傷の治療をしようか」

「これぐらい問題ない」

「でも多分だけどジャックはもう今夜は現れないだろうし、家の優秀な弟と妹が見張ってる訳だから、まずは屋敷に戻って治療しよっか」

「あぁ」


 渋々と言った雰囲気ではあったがユーシスは肩にイマチを乗せ、慧と共に屋敷へと戻った。

 二人とイマチが屋敷に戻り真っすぐ向かった先は緋月とテラのいる部屋。


「ユーシス!」


 中へ入ると怪我をしたユーシスへテラは不安げな声を出しながら駆け寄った。


「姐さん。よろしく」

「えぇ。任せて」


 緋月は穏やかな口調でそう言うとユーシスの方へ。


「それじゃあそこに座ってくれる?」


 そう言いながら緋月は畳に敷かれた座布団を手で指した。それに従いユーシスは座布団へ行き、イマチは慧の肩へと移った。


「上脱がすけどもし痛かったら、我慢してね」


 ふふっ、と笑みを零した緋月は所々が朱殷色に染まったユーシスの服を優しく脱がし始めた。度々、痛みを感じながらも上半身の素肌が露わになると、同時にそこへ刻まれた細かな切り傷と打ち身、未だ出血の収まらぬ肩の傷も顔を出した。


「これぐらいなら時間はかからないわね」


 そう言うと緋月は衿元からハンカチを取り出し出血を抑えながら左手を露出させた部分へと翳した。

 すると掌と傷との間に灯り始めた朝日のように儚くも暗闇を照らす優しく温かな光。その光に照らされると傷は徐々に癒え、痛みは抱擁されるように和らいでいく。瞬時にという訳ではなかったもののそれを実感出来る程に効果はあり、ユーシスは訝し気に緋月を見た。


「お前は人間じゃないのか? 人間にこんな力は無いだろ?」


 手は翳したまま緋月は当然の問いかけと言うように微笑みを一つ浮かべた。


「えぇ。これは人間には無い力。だけど、私達は――夜条院家は少し特別なの。まだ世界中で色んな種族が暮らし、人間もその一部でしかなかった頃。夜条院家は他の力ある種族に少しでも対抗する為、魔力を人間に宿そうとした。色々と実験したのよ。結局、人間が十分な魔力を宿す事は出来ず、失敗に終わってしまった。負荷が大きく過ぎたのが原因ね。もっと数十年と時間を掛けていれば成功したかもしれない。実際、僅かながら魔力とその耐性はその身に宿ったからね。ただ代償が大きすぎたものあるし、当時の人達は即効性を求めたようだから。その時の僅かな成果が今も尚、受け継がれているって事ね」


 話しと共に肩の傷を治療し終えた緋月はタオルを傍に置いた。


「だけど魔力は僅かで当然ながら魔女のように扱えなければ劣るんだけどね。しっかりとした媒体が必要でもあるし」


 そう言って緋月は左側の袖を上げ腕を見せる。そこには空気を浴びていた日焼けの足りない肌と華奢な手からは想像も出来ないようなモノが刻まれていた。肌を覆い尽くし描かた解説されても理解不能そうな文字や図形で作られた紋様。


「これは大戦の為、魔女が特別に組んだもの。私のは少しだけ改良しているのだけど。こっち側にもね」


 そう言って反対側を上げるとそこにも少し違ってはいたが、同じように紋様が刻まれていた。


「僕らも同じようなものを体に刻んでる。けど僕らはせいぜい武器を出したりぐらいかな。本来は治療なんて出来ないぐらいの魔力しか無いんだけどね。姐さんは特別なんだよ」

「それはどうしてですか?」


 小首を傾げるテラの言葉を聞きながら緋月は残りの傷を治療し始めた。


「私だけは祖先に魔女がいるからね。少しだけ濃く魔力を受け継いでるの」

「緋月さんだけですか? でも兄弟なんですよね?」

「そうよ。でも弟や妹と違って私だけは、母が違うのよ。その母の家系を辿っていくと魔女がいるの」


 あまり深く尋ねる事ではない複雑な家庭事情だと思ったのかテラはそれ以上、何かを聞くことはしながった。

 だが脳裏に新たな疑問が浮かび上がりそれを沈黙を埋めるように口にした。


「でも昔の人達はどうして危険そうな実験をしたんですか? こう、単純に魔女と人間のハーフとか」

「もちろんそれも試したと書物にはあったわね。でも魔力は受け継げなかったのよ。魔女っていう種族は、女性しか魔力を有してないのよ。魔力を生み出す為の器官が女性にだけあるらしいわ。一方で男性には魔力がない。でも男性は魔力を宿し操る上で重要な遺伝子を持っているらしいわ。詳しくは分からないけど、女性が魔力を男性がその為の体をって感じね。魔女の女性は魔力を持って入るけど、魔女の男性が居なければそれを操る事はおろかその身に宿し続ける事すら出来ない。ただ永遠と魔力を生み出しては放出させる状態になったりね。最悪の場合、制御出来ない魔力に命を落としてしまう事もあるらしいわ」

「つまり人間との子どもは危険って事ですか?」

「そうね。もし女の子が生まれて母方の魔力を受け継いだとすれば危険ね。まぁ非人道的な行為だとしても色々と考えうる限りは試したようだけど。結局は失敗だったって事」


 話しをしながらも塗り潰すように一つずつ傷を治療していき、半分以上は痕すらも残さず綺麗に消えていた。

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