19

 それから数分後、ドアが開き部屋へとやってきたのはセツ。


「ユーシスさん。こんにちは」

「お前か」

「はい。またまた僕です。今度は上まで案内させて頂きますね。準備は大丈夫ですか?」


 自分は大丈夫、そう言うようにユーシスはテラの方を見た。


「いつでも大丈夫だよ」

「それじゃあ行きましょう」


 そして装備を背負った二人はセツに続いて部屋を出るとそのまま外へと向かう。

 だがその途中、突然セツは足を止め先程までいた場所を指差した。


「見て下さい。ルミナ様がお話を」


 その指を追い二人も視線を向けると、他より少し高台になった場所に張られた円形の大型テントを背景にあの衣装を身に纏ったルミナが立っていた。彼女の前には大勢のスノティーが集まり、その更に後方にセツと二人の姿。


「スノティーの皆さん。ご存じの通り我らがエイラ・グロス・グラキエース女王は一族を守る為に、ブゥアージュへと残りました。そして長きに渡って一人、暗闇の中で苦しみ続けてきたのです」


 ルミナと共にスノティーは、エイラの苦しみが我が身の事のように顔を俯かせた。


「――ですが、皆さんもご存じの通り。やっとその暗闇から解放されました。これで良かったとは言え、もう……母は居ないのです」


 小さく呟くような辛うじて全員に聞こえる声。エイラ女王ではなく母と呼んだのは、きっと言葉を口にしながら彼女の私情が色濃く表れた証なのだろう。


「――私の母であると同時に皆を導き支えてきたエイラ女王を偲び、悲しみに暮れる気持ちは私も同じです。しかしその前に、我々にはやらねばならぬ事があります。それはブゥアージュへと戻り、今一度、我々の故郷へと帰る事です。そして、エイラ女王が身命を賭しても守ろうとしたあの日々を取り戻すのです。貴方のお陰で、こうしてスノティーは滅びず、この場所へ戻って来ることが出来たと。そう皆で我々を今も見守ってくれているエイラ女王へ報告しましょう」


 そして顔を上げ、段々と力強くなる声。そこに彼女の強い意志が込められていた事は最早、確認するまでもなかった。


「私はこの場所に来てから言い聞かせるように自分の事を女王と言ってきました。母に代わり私がスノティーを支えるのだと……」


 一度言葉を途切れさせ、深呼吸をしたルミナはあのペンダントを皆に見えるようゆっくりと掲げた。


「今は亡きエイラ前女王の娘であるこのルミナ・グロス・エイラ・グラキエースが――その跡を正式に受け継ぐ事を今ここに宣言いたします。女王としてまだ未熟である事は私自身が痛感しており、不安に気の休まらない方が多数おられる事も重々承知しております。ですが、ここで逃げてしまえば私は母に合わせる顔がありません。母の期待を、皆の期待を背負い、エイラ前女王に恥じぬ新たな女王と成りますのでどうか私について来て下さい。私がスノティーを明るい未来へと導いてゆく事を誓います!」


 ルミナの言葉に答え人々からは溢れんばかりの歓声が上がった。それは彼女の不安とは裏腹に全員がルミナに期待し、こうなる事を望んでいた証。


「ありがとうございます。その期待に応えられるよう全てを尽くし切ります。――私はこうして皆に宣言する事を決めた時、同時に女王として最初に果たすべき務めも決めていました。それは、ここに居る全員でエイラ前女王へ黙祷を捧げる事です。皆さん。目を瞑りエイラ前女王を思い出して下さい」


 その言葉に全てのスノティーが目を閉じた。


「誰よりもスノティーの事を想い、一族に身を捧げてきました。女王という立場でありながら、皆と接する時は気軽で優しく、そうでありながら皆の前に立つ時は真っすぐと未来を見つめ威風堂々とした背中で一族を導いてくれました。皆にとって良き友であり、良き女王であり、そして良き母のようであったと思います。ですが私にとっては同時に女王としての教育の為に厳しき面もありました。常にその背中で理想とすべき女王というものを示してくれたものです」


 それすらも良き想い出なのだろう、そう語るルミナの口元が緩む。


「――ですがやはり。私にとってエイラ前女王とは、良き母親でした。誰よりも私を愛し、その溢れんばかりの愛情で優しく包み込んでくれていました。女王ではなく一人の母親として笑みを浮かべ、頭を撫で、遊び、抱き締め、愛してくれた事は忘れることはないでしょう――本来ならこれから少しずつでも母へ恩返しをしていくはずでした。ほんの少しでも……。そして最後は女王を受け継ぎ、母には何の責任も重荷も無く自由気ままに自分のしたい事をする日々を送って欲しかったものです。ですが、現実は容赦ないものでした。せめて安らかに眠れる事を祈るばかりです。その為にも我々は明るい未来へと進みましょう」


 脳裏に浮かぶ記憶が涙腺を刺激し、ルミナの声は徐々に震え始めていた。


「母が私を愛してくれたように、私も母を心から愛していました。出来る事ならまだ母から学び、その愛情に包み込まれていたかったものです。エイラ・グロス・グラキエース前女王、どうか……安らかにお眠り下さい」


 ルミナはそっとペンダントを太陽へ翳すように上げ、同時に顔を上へ。


「……お母様」


 全員へ聞こえるかどうかは気にも留めず、ルミナはすっかり泪に濡れた声で最後にそう呟いた。同時に堪え切れなくなった雫が頬を伝い始める。

 数十秒。その場所は無人のような沈黙が支配した。セツも両手を組み合わせ祈りを捧げる。テラも同様に。しかしユーシスだけは真っすぐルミナを見つめ、実際に相見えたエイラを重ね合わせながら思い出していた。


「――すみません。行きましょうか」


 黙祷を終えたセツは二人の方を向くとそう告げ先へと足を進め始める。

 それから二人を連れたセツは氷壁に挟まれた道を迷うことなく進んで行き、そして足を止めた。


「もう少しこの先を行くと僕達が地上へ出る際に使ってる梯子へ着きます」


 セツはまだ続く先を指差しながらそう説明した。


「ありがとうございましたセツさん」

「いえ。またお二人に会える時を楽しみにしてますね。是非、ブゥアージュへとお越しください」

「はい。必ず行きます」

「では、僕はこれで。ユーシスさん、ありがとうございました」


 テラとのやり取りを終えたセツは最後にユーシスへお礼を言うとこれまでの道をなぞるように戻って行った。


「それじゃあ行こっか」


 横を通り過ぎ先へと進もうとするテラ。ユーシスはセツの背中から視線を移すと、そのまま離れて行こうとする彼女を見ながらソルの言葉を思い出した。


『アンタは弱い』


 まるでそのまま遠くへ行ってしまうような錯覚を覚えたユーシスは、咄嗟にテラの手を掴み引き留めた。


「何? どうしたの?」


 突然、引き留められたテラは小首を傾げながらユーシスに尋ねる。

 一方、ユーシスは自分の意識を追い越した行動に若干驚きながらもその手を離した。


「いや、何でもない」

「んー? 何か怪しいなぁ」

「何でもない。先を急ごう」


 少し意地悪そうな表情を浮かべるテラを追い越しユーシスは足を進めた。そんな彼をテラも遅れて追うが、そこから暫くはさっきの行動についての話題が続いた。

 それから言われた通り一本道の先へと進んだ二人の目の前に、少しして現れたのは氷壁に刻まれるように作られた梯子。


「ちょっと怖いね」


 上へと続く梯子を見上げテラは少し震えた声で呟いた。


「でも行くしかない。あの時の屋根上に比べたらマシだろ?」

「まぁそうだけど。怖いものは怖いんだよねぇ」

「大丈夫。万が一、落ちても俺が捕まえてやる」

「信じてるよ?」


 ユーシスは返事の代わりに先に上るように梯子への道を開けた。

 そしてテラを先頭に二人は地上へと続く梯子を上り始めた。

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