18
そこで一度、エイラは言葉を止めた。その空白を埋めるように鳴り響く爆発音。
「そろそろ。行かねばなりません」
視線を他所へ向けながら顔を上げたエイラはそう言うと再度、正面へ顔を戻した。まるでルミナが見えているかのように真っすぐ、その視線は彼女を見つめていた。そして莞爾として笑うその表情は柔和で、そこに居たのは母親としてのエイラ。
「貴方は私の所為で未だ女王としてやっていくには足りない部分が多過ぎる。だけど、貴方なら必ず一族に相応しい女王になれます。貴方が私の娘という点を除いても、貴方にはその素質がある。長くも短い間だったけど、貴方の成長を見てきた私が母親として――何よりスノティーの女王として言います。貴方はこのまま励めば、必ず立派な女王になれますよ。だから頑張って」
その言葉にルミナの双眸は微かに煌めき始めた。
「貴方はよく私のような女王になりたいと口にしてましたね。もし貴方にとって私が立派な女王なのだとしたら――覚えていて欲しい。貴方はそんな女王の娘なんだと。きっと私のようになれると。――覚えていて欲しい。そんな私は常に貴方と共にあるということを。もし決断に困った時は、貴方がこれまで見てきた女王としての私ならどうするかを考えてくれれば。そこには私が居て、何かしらのアドバイスが出来るはず」
するとエイラの手が上がり始め、それを見たルミナが一歩前へ。時間の逕庭を埋めるように、そこにはルミナの頬に触れるエイラの姿があった。
「何より、例え貴方が女王としてその真価を発揮できなかったとしても。そんな事は関係無く、私は貴方を愛しているという事だけは覚えておいてね。――あぁ、私の可愛いルミナ。貴方の成長が見れぬ事が、貴方ともうこれ以上一緒に居られぬ事が、何よりの心残りです。もう二度とこの腕で貴方を抱き締められないと思うと寂しいわ。でもそれで貴方を守れるのなら、私は喜んでその選択をする。これから辛い日々が続くでしょうが、体を壊してしまう程の無理は決してせず、頑張って。貴方は私の誇りよ。愛してるわ、ルミナ」
その言葉を最後にエイラの姿は消えた。
すると既に泪が頬を伝っていたルミナは、同時に堰き止めていた何かが崩壊したように慟哭した。崩れ落ちペンダントを抱くように咽ぶ。溢れ出し、頬を流れ、雨のように雪の結晶のペンダントへと滴り落ちていく泪。それはペンダントが成した雪の結晶とは違い、温かな泪だった。
そこから少しの間、ルミナの泣声だけがただひとつ部屋中へ広がってはその場を支配し続けた。誰もそんな彼女を止める事も、声を掛ける事も出来なくただその姿を見つめるだけ。
そして多少なりとも落ち着きを取り戻し立ち上がるルミナだったが、その上げた顔は依然と新たな涙痕が上書きを繰り返していた。
「申し訳ありません。――私は少し失礼させて頂きます」
両手で抱いたペンダントを胸に堪え切れず震える声と共に頭を下げた。
「ユーシスさん。本当にありがとうございました」
もう一度深く下がる頭。
そしてルミナはドアへと進み始め、ゴレムへ何か耳打ちするとそのまま部屋を後にした。そんな彼女とは逆にゴレムはユーシスの元へ。
「傷の手当てをさせて頂きますので少々お待ちください」
その一言を伝えるとゴレムも部屋を後にした。
「ユーシス」
ドアから出て行くゴレムの後姿へ目をやっていたユーシスはその声にテラの方へ顔を向けた。すぐ傍まで来ていたテラは安堵の笑みを浮かべている。
「お疲れ様。無事で良かったよ。安心した。けど――大丈夫?」
少しだけ眉を顰めさせたテラはユーシスの至る所にある傷を見ていた。
「あぁ、大丈夫だ」
全身から伝わる最早、種類すら分からぬ痛みを感じながらもいつもの調子で返事をするユーシス。だがその脳裏では痛みに呼応しソルの事を思い出していた。表情には出さなかったが心の中で舌打ちが鳴る。
それからゴレムの言う通り部屋へやってきたスノティーに傷の手当てをしてもらったユーシスはその晩、そこで傷と体を癒した。
翌日。二人の元へ来たルミナは昨日とは違い華やかな衣装に身を包み込んでいた。
「改めまして――ユーシスさん、本当にありがとうございました」
昨日より冷静さを保った表情は微笑みを浮かべお手本のようなお辞儀で頭を下げる。
「上まではスノティーの者が道案内をさせて頂きます。もうそろそろここへ来るでしょう」
「あの。皆さんはこれからどうするんですか?」
「我々はブゥアージュへと戻ります。そして母の守ったこの一族を今度は私が――いえ、皆で次の世代まで守り抜こうと思います」
覚悟と強い意志。ルミナの面持ちには最初に会った時よりも迷いが無く、幼ささえも忘れさせてしまう程の偉容さがあった。言葉は無くとも彼女の中で大きな変化があった事は一目瞭然。女王としてエイラへ一歩近づき、その後を追う準備が出来たのだろう。
「ルミナ様。そろそろ」
後方から部屋へと入ってきたゴレムに振り向いたルミナは横目で見ながら「分かりました」と返事をし、視線は再度ユーシスへ。
「ユーシスさん。テラさん。いつでもブゥアージュへお越しください。我々は貴方方をいつでも歓迎いたします」
「私もいいんですか?」
「えぇ。もちろんです。今回は肩身の狭い思いをさせてしまいましたが、今度はしっかりと歓迎させて頂きます」
「やった! 絶対行こうねユーシス」
「あぁ」
既に期待で胸を膨らませているテラに対しユーシスはただ作業のような素っ気ない返事をした。今の彼の中でそれはどちらでもいい事なのかもしれない。
「その日を楽しみにしています。では私はこれで」
そう一礼したルミナは部屋へ出た。
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