第41話 【船を襲う半魚人】ネグロ・ダーグア(O Negro D'Água)

 ブラジルで有名な川といえばアマゾン川だが、今回の舞台はサンフランシスコ川である。その川の底には城があり、そこにはネグロ・ダーグアという怪物がんでいるという。


 この妖怪の姿は人間に似ていて、背は高くも低くも無く、肌が黒い者もいれば、褐色かっしょくの者もいるという。体毛が黒く濃く逆立っている者がいれば、髪や眉毛がない者もいるといわれている。指の間にはカモのような水かきがあり、頭にはトサカのような一種のヒレがあるそうだ。つまりこの妖怪は半魚人と考えてよいだろう。


 ネグロ・ダーグアは酒と葉巻はまきが好きで、小さなカヌーだろうが大きな帆船ほせんであろうが、おかまいなしに乗り込み、大好物の酒か葉巻はまきを船員に要求する。もしも船員がどちらか一方でも与えないときには、ネグロ・ダーグアは歯をき出しにして船員を脅す。それでも船員が与えないと、この妖怪は船の下に潜り込み、そして船を転覆てんぴくさせようとさぶる。このおどしは最後通告であり、そこで観念して酒か葉巻を川へ投げ込めば、ネグロ・ダーグアは悠々とその戦利品を川底の城へ持って帰るそうだ。もし、怪物の要求をかたくなに拒否すると、船はひっくり返される。そして船員は川底の城に連れて行かれ、怪物の奴隷どれいとして一生を送ることになるという。ネグロ・ダーグアを避けるためには、ボートにカハンカという彫刻をしてお守りにするとよいといわれている。


 さて、この妖怪は、酒や葉巻のほかにビオーラと呼ばれる楽器の音色が好きで、ビオーラを上手に奏でる音楽家は川底の城にさらわれてしまうといわれている。そのため、月のない真夜中などには、怪物を恐れて静まり返るという。このような言い伝えがあるため、現在でもサンフランシスコ川の船員たちは、酒や葉巻を持って船に乗り込み、それらをネグロ・ダーグアにささげる習慣が残っているそうである。


 また近年、バイーア州のジュアゼイロ (Juazeiro) では、サンフランシスコ川の中に、全長12メートルになろうかというこの妖怪の銅像が立てられ、ちょっとした観光の目玉になっている。この銅像の作者はレド・イヴォ・ゴメス・ジ・オリヴェイラ (Ledo-ivo Gomes de Oliveira) という地元出身の彫刻家である。川岸に目をやると、観光客らが銅像の写真を撮っている姿が見られるそうである。かつては恐れられた妖怪だったが、今ではすっかり愛されているようである。


 ところで、ネグロ・ダーグアは別名カボクロ・ダーグア (Caboclo D'Água) 又はコンパドレ・ダーグア (Compadre D'Água) とも呼ばれている。ネグロは「黒人」、アグアは「水」を意味しているので、その正体は白人から逃げ出した奴隷どれいの黒人かもしれない。カボクロは「奴隷どれいのインディオ」あるいは「混血のインディオ」を意味する。そうなると、白人と奴隷インディオとの混血達が、カボクロ・ダーグアとなったのであろうか。そしてコンパドレとは「仲間」を意味する。コンパドレ・ダーグアは、奴隷どれいインディオと奴隷どれい黒人との混血なのかもしれない。いずれにしても、白人に恨みがあると思われる集団が、白人が船長をつとめる船を襲ったということであろうか。

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