第36話 【魔法使いの老人】マチンタ・ペレイラ(O Matinta Pereira)

 マチンタ・ペレイラは、一見すると普通の鳥なのだが、実は魔法使いの老人が変身した不吉ふきつな鳥なのだという。微妙びみょうに異なる呼び方がいくつかあって、マチンタ (Matinta) 、マチタペール (Matitaper) 、マチ・タペレイラ (Mati-tapereira) あるいはマチン・タペレ (Matim-taperê) と呼ばれることがある。そして、この怪鳥は、主にブラジル北部のアマゾン周辺に現れるといわれている。


 この鳥の正体である老人は、頭にバンダナを巻き、何かを叫んだり、口笛を吹いたりしている。時には、鳥の鳴き声のような音を出す魔法の笛をかなでていることもあるという。魔法使いの老人は、満月の夜に現れて、コーヒー、タバコ、食物などを乞いながら、家々を訪ね歩く。人々にコーヒーやタバコをねだるのは、それらがマチンタ・ペレイラの魔力の源だからだという。


 もし、何も与えられなかったときは、誰にも気づかれないようにこっそりと家の中へと侵入し、目当てのものを盗んで立ち去るそうだ。これでは妖怪というよりも、もはや乞食こじきかコソどろである。


 ところで、筆者は、かつてサンパウロの町を歩いていたときに、痩せた老人に声を掛けられ、タバコをねだられたことがある。その老人は浅黒い肌をして、髪は白くてモジャモジャと腰まで伸ばしていた。また、寒さをしのぐためなのか、肩から毛布を掛けていたが、履く物がないらしく、素足だった。彼はせ細っていてふるえていたのだが、不思議なことに目だけはまるで野生の動物のように爛々らんらんとしており、まずしい身なりにも関わらず目の奥に知性が感じられた。大変不気味であったが、まるで山から下りてきた仙人せんにんのようにも思われ、乞われるままにタバコを差し出した。そのとき筆者は、タバコを箱ごと差し出したのだが、怪老人はタバコを一本だけ取って残りは返してくれ、丁寧ていねいれいを言って立ち去っていった。そのとき、マチンタ・ペレイラとはこのような老人のことだったのかと思われた。

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