第27話 【水棲の魔物】イプピアラ(O Ipupiara)

 サンパウロ州沿岸には、サン・ヴィセンチ (São Vicente) という港町がある。ここに現れた妖怪がイプピアラである。別名デモーニオ・ダーグア (Demónio D'Água) 、即ち「水の悪魔」という。イプピアラは半漁人のような両生類であり、巨大な頭、鋭い歯、口髭くちひげ、全身に毛があり、武器となる長い魚尾を持つという。全長は3メートルに達するという怪物で、インディオの間では漁師や洗濯をしにきた女などをおぼれさせるとして恐れられていた。


 1560年ごろ、この怪物を最初に記録したのは、神父のホセ・ジ・アンシエタである。その後、ポルトガルの歴史小説家ペロ・ジ・ガンダーヴォ (Pero de Gandâvo) が1575年に発表したテキストの中に、「1564にはイプピアラがサン・ヴィセンチに現れたが、バウタザール・フェヘイラ船長 (Capitão Baltazar Ferreira) によって退治された」と書いてあるそうだ。


 ほかにも、1580年代から1590年代にポルトガルからブラジルにやってきて、ブラジルの自然や民俗を記録したイエズス会のフェルナォン・カルジム (Fernão Cardim) がイプピアラを記録している。それによると、「イプピアラは強い力で人に抱きつき、命を奪う。襲われた人は目と鼻、足や手の指先、そして生殖器せいしょくきを食べられた」ということだ。


 イプピアラは力が強く獰猛どうもうな怪物で、さらに魔法というか幻術げんじゅつを使う。男性がこの怪物に出会うと男性の姿に見え、女性が出会うと女性の姿に見えたそうだ。どうせ死ぬなら素敵な異性に抱かれて死にたいが、あいにくこの妖怪は許してくれない。なんと無慈悲むじひな悪魔であろうか。


 かつては恐れられた悪魔だが、地元の人の語るところによると、今はもうイプピアラは現れないのだという。ただ、今日ではサン・ヴィセンチの中心街にあるイプピアラ公園 (Parque Ipupiara) 内に、イプピアラの銅像を見ることができる。どうやらこの怪物は、人々の心の中に今でも生きているようだ。

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