第15話 【悪魔のお守り】カハンカ(A Carranca)

 カハンカとは、直訳すると「仏頂面ぶっちょうづら」となる。実は、それは恐ろしい形相をした「悪魔を飲み込む悪魔」であるのだ。


 この悪魔は、サンフランシスコ川 (Rio São Francisco) という全長約2,800キロの大河で見かけることができた。ブラジルへ入植しにきたポルトガル人は、およそ18世紀の前半、この川の大西洋岸の河口かこうからブラジルの内陸部ないりくぶまで入っていった。そのとき、ネグロ・ダーグアともカボクロ・ダーグアとも呼ばれた妖怪が現れ、往来おうらいする船を襲った。そこでポルトガル人の船長は、ネグロ・ダーグアを退けるために、悪魔カハンカの彫刻を船首せんしゅほどこした。すなわちカハンカとは、西洋の船によく見られる魔除けの細工(船首像せんしゅぞう)である。


 彫刻の姿は、人間とけものの中間のような顔である。その目は大きく見開いている。また、口は大きく、白いきばをむき出しにしており、舌は真っ赤に色づけされる。耳はけもののようにとがっている。そして髪の毛は長く、耳の後ろに下ろしている。この顔を船首せんしゅに彫り、船尾せんびには尻尾のようなものを彫った。船が進むとあたかも船全体が生き物のように見え、カハンカが水面をすべっているように見えたという。


 カハンカの口が大きいのは、悪霊を一気に飲み込むためである。目を見開いているのは、人間に見えない霊の世界や悪魔の姿を見るためである。そして耳がとがっているのは、悪魔の気配を音で鋭く感じるためであるという。髪が長いのは、力があることを象徴しょうちょうしており、これはインディオの戦士が長髪であることに由来する。


 船主ふなぬしの白人たちは、黒人奴隷に命じて、船に魔よけの彫刻を彫らせた。それゆえ、カハンカにはアフリカの仮面のような彫刻の技術が用いられ、色も黒人が好んで使う赤や黒が多用された。


 船に魔除けの彫刻をしようとする白人の発想、黒人の彫刻や塗装の技術、そしてインディオの戦士の姿が融合したものがカハンカである。ブラジルは、様々な人種が混血した国として知られているが、悪魔もまた混血なのだ。


 なお、このカハンカの頭をミニチュアにしたものがブラジルでは旅の安全を祈願するお守りとして売られており、筆者がブラジルから日本へ帰国するときに「道中の無事を」と現地の人からプレゼントされたのは良い思い出である。

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