第2話 移動軍学校エスコーラ-2

 本部長室へ案内される。三人が敬礼する、悠子が代表して申告した。


「良く来てくれた。私が中京一佐だ、君達とは一度話をしてみたいと思っていてね」


 五十代半ば、最後にこの役職に就いたような人物だ。人当たりが良いのは好奇心からだろうか。


「一佐殿、何なりと」


「日本は平和という神話が崩れ去った。それについてどう考えているかな」


 大多数の日本人は戦争を放棄する、その憲法があれば安全だと認識しているものだ。手を出さなければ巻き込まれることもないと。だが実際は違う、心のどこかでそう思ってはいても、理解はしたくないのだ。


「平和とは努力により構築維持して行くものです。願っても決して叶いはしません」


 悠子は真っ向勝負で思いをぶつけた。この年頃の子の言葉とは思えずに、一佐は少し驚きながらも頷く。


「水と平和は無料だと信じている、それは戦後の大人が作り上げた希望であり偶像だ。それが長らく続くように努力はした、それにも限界があったがね。数十年、産まれてから戦争を知らずに寿命を迎えた者も居ただろう。私はそれを誇っても良いと思っている」


 三人に視線を配りながら彼もまた本音を披露する。今まで誰にも口にしたことなど無かった、だが語りたくなったので語った、それだけだ。決してこうあるべきだとの押しつけなどではない。


「先人の努力を無為にしないため、我々も全力を尽くす所存」


「私たちの力が及ばず済まないことをした。もうすぐ退官だが、それまででも出来ることをする。困ったことがあればいつでも訪ねて来なさい」


 中京はそう言うと敬礼する。彼女らもそうした、初めて軍人らしい軍人に出会った気すらした。無言で本部を後にする、得られるものがあったかどうか、それは受け取り方次第だ。


「残りの時間で地域把握に努めるぞ」


「そうね、車でまわりましょう。広域を知るべきよ」


「重要施設の場所を確認です」


 新幹線の鉄道、駅、港、官公庁の類をタクシーに乗り見て回った。空港は電車で乗り込む。


「これが神戸空港か、ここを中国に占拠されていると厄介だ。ま、ここの空港に限らぬがな」


「市街地が目と鼻の先よ。騒音公害ばかりが叫ばれているわ」


 住民はサービスが当たり前で、苦情を言うのもまた当たり前だと信じている。そこに空港がある素晴らしさには殆ど触れない。


「こういうのを戦略重要施設って言うんですよ」


「戦略か。より広い視野のことだな」


「はい。戦略で勝っていれば、戦術で負けても全体では勝利なんですよ?」


 具体的には神戸空港を占領するのが戦術だとしたら、神戸空港の利用価値を左右するのが戦略と言える。悠子らはまだそこまで考える必要は無いが、違いを知るのは己のためだった。


「日本が国を守りきる、その為に何が必要だろうか」

 ――戦力? 他国の支援? いや違う、我々国民一人一人の気持ちだ。戦意を向上させる、それが戦略の最たるものだろう。


「皮肉でしかないけど、敵が必要よ。攻められるから守ろうとするの、敵が居ないと自然と崩壊すらするわ」


 外敵。遥かに昔から国をまとめるのに最高の存在。適度な不安がある方が安定するものだ。


「星川さんの言うとおりですよね。でも攻められるまでは譲りすぎです」


 百合香が微笑みながら行き過ぎを指摘した。柔和な表情のくせに言うことはシビアで、全く姿かたちに似合わない。


「口論が良いと言うのか?」


「ミサイルでも戦闘機でもです。兵隊が相手の領地に、国に踏み込んだらもう引き返せないんですよ?」


 そこには無限の怨嗟が続く引き金が産まれる。望もうと望むまいと、それは誰にも止められない。


「そうか」


 悠子はそれだけ言うと駅へ向かう電車に乗った。市街地へ戻って来る。ここから県庁舎まで大通りを徒歩で進む。あちこちでセーラー服姿の候補生グループを見掛けた。


「皆で同じ場所をうろついても仕方あるまいが、近場を知らわけにもいかんからな」


 徐々に足を伸ばせば良いだろうと、今はそれ以上は言わない。通りの向こうから二人組みの男が歩いてくる、一人は中年の日本人、もう一人はそれより若いアジア人のような顔つきだ。


「佐々木さん、前の二人歩き方が普通じゃないです」


「うむ」


 直視しないようにして視界の端で姿を観察する。夕凪は気にせずにガン見してやった。向こうも目を合わせずにすれ違い、振り返ることも無かった。


「中国軍のスパイかしら?」


「えと、若い方は多分拳銃を持っていましたよ?」


「何故だ」


 悠子が百合香の言葉の理由を問う、後学のために聞いておきたかった。


「左腕の脇に少し大目の空間がありました、通常拳銃はそこに保持するので、多分そうじゃないかなって思いました」


 なるほど納得の説明に頷く。近接戦にでもなればそこに隙が出来るかも知れない、そのあたりにまで考えが及ぶ。


「大きな男の方はどうだ」


「解りませんでした、ごめんなさい」


「謝罪の必要は無い、ご苦労だ。今後武器携帯をしている敵と対峙した際の行動も訓練せねばならぬな」


 戦闘服を着た自衛隊員ともすれ違う、だが先ほどの二人程の緊張感は無かった。あの二人只者ではない、それが敵か味方かわからないのだから余計に気になった。


「トラストホテル神戸、国防軍司令部があるわ」


「行ってみるぞ」


 自衛隊協力本部、そこと同じような対応を覚悟して正面入り口へ向かう。そこには黒い軍服を着た外国人が立っていた。


「国防軍少尉候補生主任生徒だ。入館を希望する」


 そう告げたが男は首を傾げて英語で何者かを誰何する。日本語が不明なのに気付いて夕凪が英語で話し掛ける。


「少尉候補生星川。国防軍司令部へ入館を求める」


「候補生殿、どうぞ!」


 胸を張って敬礼しドアを開けた。少し意外な感じがしたが三人で中へ入る。ロビーにもちらほら黒の軍服の奴等が居た、数は少ないが黄土色の軍服もだ。


「黒が義勇軍クァトロで、黄土色が国防軍ですね」


 いつものように百合香が補足してくれる、それらの常識が無い身としては非常に助かる。黄土色の奴が寄ってきた。


「お嬢ちゃん達、どうしたんだい?」


 複雑な記章だ。エスコーラには存在していないのですぐには階級が解らなかった。


「佐々木さん、上級曹長ですよ」


 ニコニコ顔で囁く、何を疑問に思うかを素早く感じ取っているのだ。


「そうか。佐々木少尉候補生主任生徒だ、司令部の視察に来た」


「少尉候補生? あー、学校の」


 物珍しそうに三人をなめる様に見る。今のところ彼等には、敵意も悪意もないが無礼ではある。


「俺、田中上級曹長ってんだ、なあ一緒にお茶でも行かないか?」


「おい田中、何一人で可愛い子誘ってるんだよ!」


 同僚らしき黄土色の奴が二人組で寄ってくる。悠子は表情を変えないが、夕凪が眉をひそめた。


「貴様等何をしている」


 今度は日本人ではなく、黒人が英語で割り込んできた。これまた見たことがない記章だった。上級曹長のより棒が一本多い、そして黒い軍服だ。


「わあ、先任上級曹長です。初めて見ました、凄く貴重なんですよ?」


 貴重といわれてもどうにも反応しづらい、そういうものかと受け止めるしかなかった。


「いえね、女子高生と茶でもと思って、なあ?」


「ああ、そう怖い目をしなさんなって」


 英語を喋るようで楽しそうに言い訳をする。別になんとも思っていないようだ。


「君達、英語は?」


「私が解るわ」


 夕凪しか喋られないので一歩進み出る、外国での活動で現場が一番困るのが意思疎通だ。英語が分かれば世界の殆どで何とかなる、ところが日本では極端に英語の理解が低いので往生してしまうことがあった。


「私はクァトロのフィル先任上級曹長だ。確認するが、もしかして少尉候補生?」


「そうよ」


「失礼しました、候補生殿! 御用があれば何なりと」


 黄土色が侮蔑するかのような視線を送る。ロビーの空気が緊張した。報告を受けた黒服の将校が一人エレベーターでロビーに降りてくる。屯していた一堂が起立して敬礼で迎える。三十代の後半だろうか、意思の強そうな瞳が印象的だ。


「どうしたフィル先任上級曹長」


 フランス語で詰問した、これを理解出来るのもやはり夕凪だけだ。国防軍の者達は誰一人として言葉がわからない。


「国防軍の下士官が少尉候補生に不遜な態度を」


 端的に報告する。事実関係に一部前後があったが全てを含みで頷いた。


「凄い、中佐ですよ佐々木さん、滅多に会えないんですよ?」


 大物が現れたと百合香が興奮する、確かに大勢を指揮する人物なのだから少数しか存在していない。夕凪はフランス語を理解していることを明かさずに、黙って聞いている。


「そこの上級曹長三名、彼女等が少尉候補生だと知っての態度かね」


 英語に切り替えて優しく問う。微笑すら浮かべている中佐に三人は半笑いで答えた。


「可愛い候補生だから、手取り足取りお勉強しようと思いまして」


 ニヤニヤしながら答えた。三人が三人とも馬鹿にした態度をとる。


「ふむ。少尉候補生、貴官らは適切な対応を受けたかね」


「はい、フィル先任上級曹長には」


「ではその他はどうだね」


 日本語で「悠子、最初の三人、態度はどうだったって」確認する、といっても悠子には基準が無い。


「あれは軍規では懲罰ものですよ?」


 またもや百合香が標準的な場合の目安を囁いてくれた、それを聞いて「不適切だ」端的に表現する。


「主任候補生は不適切だと申しております。自衛隊法第五十八条に準拠、品位を重んじず威信を損ねる行為で違反していると思慮します」


 国防軍の規定はまだ無い。なので自衛隊法を引き合いに出して何が不適切かを明らかにする。こちらは夕凪独自の調整した台詞だが、良かれと思っての単語選びを行っている。


「なるほどな。三名の上級曹長に命じる、品位を損なった罪で罰を与える。その場で腕立て伏せ百だ」


 部隊の面前で懲罰を命令される。たかがそんなことで、当然不満を口にする。


「それは厳しすぎやしませんか? 俺達は命かけて最前線勤務を志願してる、国防軍人ですよ」


「ふむ、ではそっちの二人は?」


 命令に服従していない、所詮候補生のたわごとなど受け入れられるはずもないのだ。


「こんなことで一々懲罰受けてるようなら戦う奴誰も居なくなりますぜ中佐殿」


「そうか」


 やれやれと目を瞑る。どちらが正しく、どちらに非があるかは現場に無くても明白だった。その上で、処罰の内容も適切にしたというのに素直に従わない。ここは軍隊だ、命令に従えない兵をそのままにしておけば他の味方に害悪がある。


「恨むなら俺にしておけ、クァトロのマリー中佐だ。貴官ら三名を国防軍から除名する、即刻立ち去れ」


 静かな喋り口でコピーでもとってこいと言うかのように除名を命じた。


「はあ? なんだそれ、特別職公務員だぞ俺ら」


 そう簡単に口先で解雇出来ると思うな、不満を露にする。


「聞こえなかったか、即刻立ち去れ! 貴官らは司令長官の代理権限を持つ俺が今ここで解職した。文句があるなら聞いてやるが決定は覆らんぞ!」


 言いたいことはありそうだったが、黒服の下士官らが腕を掴んで無理やりに外へ連れて行ってしまった。


「済まんな候補生。皆がああではない、軍に失望しないで欲しい」


 マリー中佐が三人の瞳を見て語る。夕凪が通訳してやった。


「失望などせん。大いに感じ入った。クァトロのマリー中佐か、芯が通った素晴らしい将校だ」


「主任生徒は中佐に感謝しています。我々は軍に失望などしていません、可能性を感じました」


「そうか。ここは日本だ、貴官らが指揮を出来るようになるまで、俺は力を貸す。それがボスの望みだから。ではな」


 マリー中佐はそう残すと去って行く。フィル先任上級曹長が以後の案内をすると再度申し出る、邪魔をする奴は居なくなった。機関としての役割などの説明を聞いたりして彼女等は去っていった。


「ねぇ、校長もクァトロなのよね?」


 黒い軍服を肩に掛けていたのを思い出す、デザインは一緒だからきっとそうなんだろうと。


「どうであろうな。だが軍司令官だ」


「でも階級を聞いたことないんですよ? どうしてでしょうか」


 もう一方の移動軍学校クァトロ、そちらの校長は准将だと伝え聞いている。軍司令官なのは校長の二人とあと一人居るらしい、その軍司令官もまた准将だとか。ならばレティシアも准将かと考えるのが普通だ。


 早めの夕食を兼ねてファミレスに入る。地元のクランベリーのように気が利いたメニューとはいかなかった。栄養バランスよく注文をしたと思えば、百合香はパフェとソーダを頼んでいる。


「体を壊すでないぞ」


「はい、サプリメントで調整してるんですよ?」


 野戦軍の基本です。お前は何なんだと去年までなら言っていたが、今となれば半ば台詞がマッチしている。


「悠子、あいつ」


「うむ……あの男、今は一人か」


 大柄な日本人、彼を観察する。真っ直ぐ向かってきてすぐ隣の席に座った。どうやら友人と待ち合わせていたようだ。楽しそうにビールをあおり笑っている、あの外国人とは別口なのかと疑念がわいた。それとは別に、品の悪そうな奴等がぞろぞろとやって来る、六人で近寄ってくるではないか。


「ようねーちゃん、一緒に飲もうぜ」


 下卑た笑いが耳につく。無視していると一人が百合香に手を伸ばす。悠子が立ち上がりその手首を握り、捻ってやる。


「痛てぇ!」


 振りほどこうと力を入れた瞬間、ふわっと体を浮かせてテーブルに飛んだ。派手な音をたててグラスが割れる。悠子が無表情で残る五人を均等に見る、一人が拳を振りかぶった。


「ぐぇっ」


 そのごろつきの後ろで中年男が襟首を引っ張った。蛙が潰れたような声を出して拳が空振る。


「こんなところで迷惑かけてるんじゃねぇよ、表出ろ、俺が付き合ってやるよ」


 その中年が挑発をして五人に囲まれて外に行ってしまう。一人残ったあの大柄な男に向き直る。


「一人で良いのか?」


「平気だろ。俺はこいつを捨ててくるか」


 テーブルにいる男のベルトを掴んでズルズルと引っ張っていく、意識のない人間は存外扱いが大変なのだ。


「何よアレ?」


「ちょっとかっこよかったです」


 助けられた嬉しそうに百合香が喋った。目は外を見ていて、五人を軽々とのしているのに感動している。


「腕に覚えがあるわけか、あの男は何であろうか。やけに癖がある、だが悪人ではなさそうだ」


 二人が戻ってきた、悠子が代表して謝辞を述べる。


「助力に感謝致します」


「力貸したのは俺だから、お前は無しな。俺は御子柴だ」


 苦笑して引き下がったあの男は電話を受けて話し込んでいる。


「佐々木悠子です。素晴らしいお手前」


「まあな、柔道だよ。それよりさ――」


 まさにこれからというところで短く割り込んでくる。


「悪い、呼び出しだ、先に帰るな御子柴」


「行け行け、お前は頑張って働け」


 ご機嫌で例の男を送り出す。二人の関係は友人か、はたまた同僚かといった雰囲気がした。


「人が宙を舞う、面白いな。武術? それとも魔法とか」


「古武術。護身に少々」


 照れもしなければ誇りもしない、悠子は静かに語った。


「あの……お強いんですね」


「女の子の為なら凄く強くなれる、元から強いのにな、ははは」


 饒舌にはなるが別に彼女らとどうにかしたいわけでなく、本気でヒーローに憧れているのだ。ただのお調子者ではない。


「我々は国防軍少尉候補生。貴殿のような者には、是非とも国防軍に志願して頂きたく思う」


 御子柴の表情が一瞬だけ変わった。だがすぐにもとに戻る。


「噂の志願学生が君達か。そうだ、困ったら連絡してくれ、出来ることがあれば力を貸すよ」


 携帯電話の番号をメモして渡してやる。彼女らのを尋ねたりはしない。


「ふむ、御子柴殿あたなは?」


「真っ直ぐな若者に感銘を受けた、ただのおじさんだよ。時間も何も気にするな、案外暇してるから」


 じゃあな、と去っていく。一応登録しておこう、悠子が携帯を操作した。


「ホテルに戻るぞ」


 会計をしようとレジへ行くと、済んでいますと言われてしまう。一体何だったのか、三人は出来事を心に留めることになった。



 格闘訓練をするわけではない、だが肉体を使い知っておくべきことはある。第四の服装、ジャージに着替えて彼女らは教室に集まっていた。一斉にではなくクラス毎に教習を受けている。担当教師が増員され、四倍になった。いずれも日本人ではなく国籍はバラバラだ。


「教官殿、銃器を返還致します」


 教師を教官と呼称することにした。小銃の分解組立、拳銃のそれを何度も繰り返して覚える。最初はおっかなびっくりしていたが、そのうち道具だと認識出来るようになった。


 発砲はまだしていない。馴染むことが目的であり、射撃の腕をあげようという訳ではないからだ。そんなことは下士官以下の兵らに求めることであり、エスコーラでは重要な内容ではない。

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