第3話 移動軍学校エスコー-3

「よし。主任は訓練計画を打ち合わせる、一八○○に教官室へ来い」


「承知致しました」


 クラス長に解散を指示する、自習に切り替わりそれぞれが部屋に戻ったり、教科書を開いたりしている。百合香が教壇に立って、軍組織の構図講義を始めたりしていた。


「悠子、ちょっと」


「どうした夕凪」


 少しなら時間があったので応じる。無駄なことでわざわざ呼び止めるような奴ではないと解っている。


「セーラー服用に候補生記章を申請したらどうかしら」


 先日のこともあり、やはり問題部分解決に知恵を必要とするだろう。記章をつけるにしても、少尉候補生など遥か昔に存在していただけ、現代で認識されるかどうか。


「うむ、そうだな。我等が相互に認めるだけでも有用であろう」


 そもそもが候補生同士でもよくわからないのだ、バッチで識別出来るならそうするべきだろうと同意する。制服はバラバラで顔見知りになるにはまだ日が浅い。


「上申はそれだけよ」


 さっと髪を払って夕凪が教室から出ていく。チラリと百合香の周りに居る面々を確かめる、クラス長が全員他に数名の一般生徒。


「ふむ。参加率が低いな、知識として備えているのか? 綾小路に一度試験させてみるか。綾小路」


「はい、佐々木さん」


 呼ばれたので講義を中断して近くにやって来る。


「軍学について近々試験をさせよ。浅く広く、一般的と思われる内容でだ、詳細は一任する」


「はい。中味を考えておきますね」


 引き受けると講義に戻る、把握は悠子の職務範囲だ。己もどれだけを備えているか、試験をして認識を改めるべきだと頷く・



 打ち合わせを終えて少しすると教官室に意外な人物が乱入してきた。教官が全員起立し敬礼する、それも納得だった。


「しけた面をすんな。おーお前も来てたか」


「校長閣下」


 パンツスーツに派手な肩だしの上衣、黒の軍服はどこにもない。私服なのはわかるが、どうにも夜の街を闊歩してそうな雰囲気を醸し出していた。


「なんだい、言いたいことあるなら言いな」


 目を細めて鋭く威圧する、それだけ押し黙るならばそれでも良い。だが余計なことを言う奴には罰が必要だ。


「校長はクァトロに所属している准将でしょうか?」


 悠子がストレートに疑問をぶつけた。想定外、そのうえであまりにもなっとくな、それでいて純粋な言葉を聞いて、レティシアは気持ち良さそうに笑った。


「はっはっはっ! 違う違う。あたしゃね、エスコーラのプロフェソーラだよ。准将でも何でもない」


 全く説明になっていない。確かに最初の演説でもそんなことを言っていた記憶はある。


「司令官でしたが?」


「ああそうだね。エスコーラはギャングスターだよ。クァトロに所属してはいないが、あたしから命令を出すことは出来る、他に質問はあるかい」


 今までにない面白い奴だと興味を抱いた。全く動じないのだ、手下であるラズロウに少し似ていると彼女は感じた。


「我々少尉候補生は自衛隊に忌避される存在なのでしょうか」


 無表情を装っているが、だからこそ悠子にこのようなことを言わせる何かが重要だった。余程の事でなければ口にするわけがないから。


「どこのどいつだ、そんなことをしたのは」


 レティシアの目つきが鋭くなり、声のトーンが低くなる。告げ口のようで気が引けた、だが立ち位置を知るのは悠子にとって必要なことだと判断する。


「兵庫地方協力本部の門衛と責任者、そして国防軍司令部のロビーに居た上級曹長三名です」


 名を覚えている者はそれを詳らかにする、人違いでは迷惑な行為でしかなくなるので慎重に。


「そうかい。うちの若いのに随分な態度なわけだ、思い知らせてやるよ」


 今にも牙を剥きそうなオーラを漂わせて、何か報復を考えているようだった。


「ロビーの上級曹長らは、クァトロのマリー中佐がその場で解職しました」


 やけに気が短い校長だと感じる。関連した事実を余さずに報告した。


「マリーか、わかったよ。いいかい、あんたらはね必要とされてるんだ。下衆共に何て言われようと気にするな、文句があればエスコーラに来いと言ってやんな!」


「承知しました。校長閣下」


 真面目な顔で頷く、そう悠子は常に大真面目なのだ。嘘偽りなく真っすぐ、実はそれがドン・ラズロウに似ている。


「悠子、お前は冴子からの預かりものだ。校長ではなく、プロフェソーラと呼びな。ファミリーとして扱うよ」


 本人を前にして、当人が与り知らぬ何かを宣言されてしまう。


「プロフェソーラ。協力本部の中京一佐は素晴らしい軍人だと感じました」


「そうかい」


 行ってよし。レティシアに見送られ、悠子は教官室を出る。随分と色々得るものがあった会話だった。


「ふむ。ファミリー、家族か。真剣なのだな、私もその気持ちに応じたい」



 深夜二時。ホテルに急遽警報が発令される。


「む、戦闘服着用、ロビーに集合だ」


 目を醒ました悠子が即座に命令する。三人は慣れない服装に四苦八苦しながらロビーに走る。寝巻き姿で先に来ている者、上着だけ引っ掛けて現れた者、最後まで姿がない者。


「クラス長、欠けた奴等に招集をかけよ」


 時間をかけて何とか全員が整列する、教官は一言だけ「解散」つまらなさそうに残して帰っていった。


「クラス長、こちらに」


 四人と悠子らが集まり頂上会議を行う。実務に関して百合香が指導を任せられる。


「緊急時には戦闘服を着用です、軍服でも構いませんけど統一しますね」


 悠子に承認を求め、認められると次に進む。決まっていなかったのは指揮官である悠子の落ち度だ、候補生らに責任はない。


「ここならロビー、駐屯地なら広場に集合です。クラス長は常に緊急時の対応を心掛けて下さいね? 集まったら素早く人員チェックです、班長が確認してクラス長に、クラス長が主任に報告です」


「集まるまでに十五分は掛かりすぎね」


 夕凪が時間を見ていたらしく指摘する。十五分あれば攻撃を受けてしまう、簡単に予測できた。


 以上を踏まえてきっちりと通達するようにと悠子から命令する。解散させると悠子は教官の部屋に行き「一時間後にもう一度警報発令を要請します」担当教師の笑みを引き出した。着替えてようやく寝静まったところで警報が鳴る。再度戦闘服を着込みロビーに降りた。


「遅い」


 流石に言われたばかりなので全員が戦闘服だった。だがしかし、遅すぎる。いくら初回より時間を短縮したとは言っても、十分を軽く越えてしまっていた。


「綾小路、集合の目安は?」


「はい。外人部隊って言う精鋭は三分で揃います。一般の陸軍でも七分位って聞いたことがありますよ?」


 遅い早いの基準が悠子にあるはずもなく、ここでも百合香の助言を頼りにする。だが判断を下すのは悠子だ。


「では七分だ。我々は訓練中の身、だが少尉候補生なのだ」


 整列して報告が終わり夕凪が時間を耳打ちした。悠子は表情を変えずに「遅い。解散だ」とだけ告げた。彼女が教官のところに赴き、再度一時間後に警報を要請すると、流石の教官も本気を感じる。


「寝不足は軍人が必ず通る道だ」


 了承し計画を実行する。まさか三度もあるわけがないと油断していた者が多かったのか、二度目よりタイムが悪くなった。


「遅い。解散だ」


 それだけ言うとまた終わりになる。候補生らも次第に悠子に不気味さを感じ始める。四回目を警戒してか眠りが浅い、起床は何があろうと六時なのは変わらなかった。一部の当番はそれより早く起床する、悠子らもだ。


 食堂に訪れると覇気がない面々が食事をしていた。それだけならまだしもあまりにだらしない、悠子は不満を持つ。


「候補生等に告げる。身だしなみも職務と心得よ!」


 髪はボサボサ、セーラー服はよれている。余りにも情けない姿に一喝した。


「クラス長、各位の点検を実施だ」


 責任者に命じて乱れを正させる。悠子らも寝不足で隈が出来ていたのをファンデーションで隠していた。


「我々は模範にならねばならない」


「まあね」


「佐々木さんなら大丈夫です」


 どうしたらきっちりと統率者になることが出来るか、悠子は常々考えていた。自分のことだけではなく、生徒らが全てそうなることが出来るように。


「学ばねば、体現せねば。私は無力だ、それが許せない」


 二人は無表情の悠子から、何かが見えたような気がしたのであった。



 廃校の教室、教官が各クラスで声を上げる。不必要なまでの大声を出すのはちらほらとある、何かしらの意味があるのだろうがそれを説明したことは無い。


「自衛隊が反攻に出るならそろそろだ。候補生はいつでも行動可能なように、休日も待機を命じる」


 自室で休め、少なくともホテルを出るなと言われる。多少の不満顔をする者がいたが、そんなものは無視して話を進める。


「教官、動きあらば我々はどうすれば?」


 悠子が全員を代表して質問する。戦えと言われれば頷くだろう、だが教官も無理は言っても無駄なことは言わない。


「ロビーで待機だ」


「承知しました」


 クラス長、それに補佐に向けて指を二本示す。二番軍装、戦闘服で集合を指示していた。


「交戦が始まれば己の身は己で守るものだ。主任、武器をホテルに搬入しておけ」


 内容は後ほど知らせる、方針のみを伝えて教官は時計を見て終了を告げた。全員が起立して敬礼する。

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