第4話 移動軍学校エスコーラ-4


「東野クラス長、こちらへ」


「はい、主任」


「教官が時機を指摘した、事実近くに行動があるのだろう。生活消費物資を補充しておけ」


「了解です、主任」


 夕凪にも他のクラスへ連絡をするように指示した。そして百合香を呼び寄せる。


「綾小路、我々の装備で最適なものは何だ」


 悠子だけならば素手でもどうとでもなったが、部隊標準を知っておく必要があった。暫くは百合香の助言に耳を傾ける必要がありそうだ。


「後方に在って必要なのですよね? ジャミングを起こさずに手入れが簡便な、リボルバー拳銃とスタンバトンですね?」


「そうか。今後お前は私と共に居るのだ、適切な助言に期待する」


「はい、わかりました」


 にっこり微笑み左の後ろにつき従う。悠子の左襟には少尉候補生の記章、そしてその隣に筆頭を現す金のバッチ。百合香も金で縁取られた幹部バッチを付けていた。それらのバッチは補佐とクラス長が身に付けている、誰でもそれで幹部なのがわかるようにだ。教官室へ向かう。そこでは悠子が来るのを待っていた彼女が書類を手にしていた。


「武器の支給だ」


 手渡された紙を読む、専門的な書き込みばかりで半分程度しか理解できない。わからなければわかる者に確認させればよい、それを百合香に渡す。


「佐々木さん、オートマチック拳銃とナイフが支給になっています」


「そうか。教官、武器の変更を要請します」


「詳細を」


 百合香に代弁させる為に正面から退き彼女を招く。


「はい。銃の清掃、ジャミングに対応出来るほど慣れていませんので、ニューナンブM60とスタンバトンを支給お願いします。ナイフじゃ気が引けても、痺れるだけならきっと大丈夫です」


 ニューナンブM60、警察官が使っているモノだ。重さも一キロ無く、扱い易いので納得できる。ナイフよりスタンバトンというのもだ。何せここは日本、彼女等はつい最近まで争いとは無縁な世界で育ってきたのだ、いきなりでは躊躇するのも解る。


「変更を受理する。用意するのに一日待て」


 一つ二つではなく百数十だ、すぐにと言うほうが間違っている。場所を悠子に戻して話を続けた。


「我々は国防軍です。自衛隊の動きではなく、国防軍、それもクァトロの動きを学びたく思います。真に規範とするべきは黒服の者かと」


 それは想定に無かったらしく教官が少し考える、彼女にはその権限が無いのだ。だが意思は尊重されるべきだ。


「回答を保留する。二時間後に再度来い」


「はい、教官」


 二人はその場を去る。ホテルに戻っても良いが、自習を続けるつもりでクラスへ戻った。答えを出さないわけには行かない、だが回答を指定し先延ばしにするのは悪くない。教官もまた試されているのだと考えていた。


「悠子、母さんから連絡よ」


「玲奈殿から? どうしたのだ」


「帝国第四警備保障から結構な数が神戸に出張になったって」


 星川夕凪の母親、星川玲奈は星川財閥の娘でコンサルタント業務をしている。独立して起業してはいるが、その才能を見込まれて様々な役員を兼任している、警備会社のそれも彼女の兼務の一つだ。

 夕凪も夕凪でいくつかの会社の役員をしている、冗談ではなく小学生の頃からだ。どこまでが企業秘密で、どこからが雑談なのかは問わない。今は戦時だ、関係がありそうな情報を娘に流してしまう。


「ここは前線だ、警備会社が出張るに不思議は無い」


「それが外国語を喋られる人ばかり選抜されたって。通訳よね」


「そうか。通訳を必要とするのは外国人だ。それが多数所属するのはアメリカ軍とクァトロだな。黒服が動くのに随伴させる気か」


 松涛から神戸、今決まったなら明日の朝に出動で、夕方には到着するだろうと予測する。悠子は思考を発展させる。もし合流したとして、クァトロが何をしようとしているのかを。


「日本語を知る為にならば多数は必要あるまい、発するに当たり各所に必要となるのだ。それが細分化されるほどに多くを必要とする。複数個所に分割する、それは何の為だ? 綾小路、軍が最前線で複数個所に部隊を別個に派遣する、意味するところは何だ」


 自身の中には決してない答えだが、それを知り得る人物に問う。


「はい。それはきっと予備兵が増援するってことですよ。もう少しで上手く行く、最悪を回避する、助力があれば効果が大きいところに使うんですよ?」


「予備兵か。では本軍は別だな、当然自衛隊になる。教官の読みと合わせるならば確かに行動は近い。自衛隊を助ける為にそのような準備をしているわけか、遠くを見ることが出来るのだな軍とは」


 何故か悠子が少し口の端を吊り上げた。表情を出すなんて珍しいと夕凪が驚く。


「我々はその増援が困難に陥ることあらば、助けられる何かを考えておくべきだな」


 発言が間をすっ飛ばしているが、二人は頷いた。地理不案内、それと日本人ではない部分が問題だろうと認識しておく。


「夕凪、パソコンを複数用意して姫路の地理を把握しておくのだ。リアルタイムでカメラをハッキング出来るならば準備を」


「良いわよ、任せておいて」


 全国のインフラは正常に機能している。電話も掛けられれば電気も通じている、中国は崩壊した日本が欲しいわけではない、繁栄した国を手にしたいのだ。打倒するのは政権であり、邪魔する自衛隊だ。


「綾小路、生徒と手分けして姫路住民の家に電話を掛けろ。目でみて、耳で聞いて通報をしてくれる協力者を一本釣りするのだ」


「解りました、そういうの絨毯爆撃って言うんですよ?」


 商店の番号から地域を割り出して、協力者をそこから拡げようとの考えが浮かぶ。相手に漏れても仕方ない、若い女性の声が有利に働くだろう打算もあるにはあった。だが最大の有利は敵が外国人、その部分だろう。


「教官のところへは私が一人で行く、二人とも頼んだぞ」


「はい、佐々木さん」

「楽しくなってきたじゃないの」


 彼女等は士官候補生だ、それぞれが自らの意思で国を代表する立場を目指している。これと信じた行動をとる、後悔はしない、決断をしたのだから。


 悠子は一人教官室へ入る。結城教師は時間ピッタリなことを目の端で確かめると小さく頷いた。


「結論から伝える、クァトロを目標とするのを認める」


「感謝致します」


「だがそれは決して簡単な道のりではないぞ。進んだら最早引き返すことは出来ない、それでも良いか」


「構いません」

 ――私はそれに耐えることが出来るはずだ。だがしかし、皆はどうだろうか……。


 彼女の不安を見抜いた、伊達で教師をしているわけではない。元はといえば結城と名乗る教師、エスコーラの構成員であり軍人でもあった。経験豊富な下士官、グロックのやり口を真似ているのだ。


「全員が脱落しないことなど求めてはいない。真に適切な者だけが残ればよい」


「ですが! 私は全員を導きたいと考えます」


 じっと瞳を見て逸らさない、本気なのは充分伝わった。やってみてダメなら別の救済方法を提示してやろう、珍しく結城教師が柔らかな気持ちを持つ。


「その意気や良し。主任生徒に命じる、以後自習にフランス語講座を組み込め。クァトロの原点はそこにある」


「承知致しました」


 英語ならまだしもフランス語と言われて教師役になれるのが夕凪しか居ないことに気付く。調査をしてみないと解らないが、そうそう居るはずもない。


「案ずるな、フランス語教師を手配してやる。何名必要だ」


 それは悠子を試す一言だった。悩むことなく最大の成果をあげるために彼女は即答した。


「百六十名。生徒一人につき教師一人を充て、生活を共にし生の言葉を最速で習得させます」


 結城教師は想定外の数に躊躇してしまう、だがプロフェソーラならきっと解ったと請け負うだろうと考える。


「うむ。手配が付き次第知らせる、生徒に告知しておけ。以上だ」


「失礼致します」


 大分様になってきた敬礼をして教官室を出た。ホテルの自室にクラス長を集合させる、事前に夕凪と百合香には話をしておくのも忘れない。


「全員に通告。近く教師が配されるので全員フランス語を習得しろ」


 流石に意味が解らないと東野クラス長が質問した。


「何故英語ではなくフランス語?」


「我等国防軍少尉候補生団はクァトロを目指し訓練を積む。かの集団はフランス語を軸にしているからだ」


 クァトロが国防軍の義勇軍なのは知っていた。それだけではなく、百合香の講義で司令長官の直率軍なのも聞き及んでいる。


「素地も無いのに覚えることが出来るでしょうか?」


 西田クラス長が不安を前面にだして来る、それはそうだ今の今まで触れたことすらないのだから。悠子が百合香に視線をやった。


「軍隊用語はそんなに多く無いんですよ? 意思疎通だけなら単語の二百や三百だけで結構可能なんです」


 それでけなら単語帳でも作ればきっと覚えられそうだと納得する。マンツーマンで教師が付けられるならば、案外出来るかもとすら思えてきた。


「全員がフランス語ではなく、半数は英語にしてみては?」


 二人一組になればかなり幅広く対応可能になると南クラス長が意見する。


「その案を採用する。半数を英語に変更する」


 クラス単位でそうすることを決めた。一組二組はフランス語、三組四組が英語だ。夕凪が両方可能なので全体の指揮に問題は無い。


「以上、解散だ。私は教官のところに再度出向く、綾小路同行しろ」


「はい、解りました」


 二転三転するのは悪いことではない、良案が見つかれば九十九パーセント完成していた計画も白紙に戻す、それが思考を司る将校だから。




 ホテルに装備が届けられた。物騒な品である、真剣に全てを点検する。試しに発砲してみるわけには行かないが、極めて稀な確率で不発は存在した。


「全品異常無し」


「各位に配布せよ」


 個人装備の他に指揮官らに別のものが宛がわれた。ハンドディスプレイとコムタックだ。説明書も同封されている、英語だが。


「通信機器ね、指定回線とリアルタイムで共有可能よ」


 すぐに七つあるそれを設定してしまう。クァトロと共通装備なのは知らされていない。


「ここの周辺地図を出すわね」


 夕凪が操作すると全員のハンドディスプレイに簡単な地図が表示された。そして集まる青い点が七つ重なっている。

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