◎第18話・ランドの挑戦
◎第18話・ランドの挑戦
その日から、ローザはセレス、テラ、コスミーの輪に入り、トンプソンはランドに接近の仕方を教えることとなった。
もちろんハウエルも何もしないわけではない。主に雑用に近い命令の際は、ランドとコスミーを可能な限り組ませることとした。
しかしそう簡単にはいかないのが恋である。
「それでランド、コスミーとはどの程度進んだのかな」
「……申し訳ありませんが、まだ雑談程度しか交わしておりません」
トンプソンが呆れるかと思いきや。
「主様、先に申しておきますが、それでよいのです。いきなり深い話を仕掛けるのは悪手。こういうことは、じっくり時間をかけて進めなければなりません」
「そういうものかな」
「そういうものです。……ローザのほうはどうだ」
言われて、ローザは「はいはい!」と返す。
「好きなことは、食べることの他に、戦うこととか演劇を観ること、文字を書くことみたいです。特に文字の上手さは、周りによく見せつけているようです」
「戦うこと……」
ランドは一瞬、衝撃を受けたような顔をし、その後うつむきがちに。
「戦うことか……」
「どうしたんだランド。……そういえば、きみは戦うことがあまり好きではないんだったね」
「ご命令とあれば私はためらわずに戦います。戦うべきときには武器をとります。しかし戦いを好むのは……少しばかり……」
一同は沈黙する。
「ランド、コスミーに失望したか?」
トンプソンは尋ねる。
「それが相手を知るということだ。十割、完全に好みに合う異性など存在しない。中には致命的な『違い』を抱えている人間だっている」
彼の言葉に、しかしランドは返す。
「いえ、その程度で失望なんてしません」
「それは意地を張っているのではないか?」
「違います。それでも、彼女のあの笑顔は偽物ではないと信じたい、いや、信じます」
彼の眼は決意に燃えていた。
ハウエルは心配で尋ねる。
「ランド、そんな無理して続ける必要はないよ。この世に女性は星の数ほどいるんだ。中にはもっといい人もいるんじゃないかな」
「無理なんてしていません。私はそれでも、コスミーのことが好きです」
「本当に? 大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。完全に好みに合う異性が存在しないのなら、私が歩み寄る必要があるということなのでしょう」
「もうちょっと致命的な『違い』がない異性を探すというのも、考えとしてはあると思うけどね」
「いえ、その必要はありません」
あくまでもランドは、続行の意思を示す。
「ならいいけども……」
「主様、ランドがそう言うならそれでいいのでしょう。接近の仕方や人となりを知ることと違い、そもそも接近を続けるか否かは、相手が迷惑がっている場合などを除いて、基本的に本人の意思いかんの問題です」
「そうだね。続けようか」
ハウエルはさっぱりと切り替え、話を続けた。
またある日、ハウエルはランドとコスミーを呼んだ。
「武具庫にあるものを、ここに書いた分だけ、雑物置に運んでほしいんだ」
二人を選んだのは、もちろんハウエルの意思である。
「うんうん、これですね」
「これをですね。承知しました」
「もう少しで昼食の時間だね。作業は昼をまたぎそうだ。食べ物の用意はある?」
「あります!」
「あります」
用意周到な確認。
「じゃあいってらっしゃい。私も暇があれば手伝いたいけど、あいにくだいぶ忙しい」
「心得ております」
「じゃあ、いってきます!」
二人を見送りながら、二人を見送ることしかできないハウエルは内心、心配だらけだった。
これは、ハウエルが後から聞いた話である。
「コスミーさん」
「なに、ランド?」
彼女は屈託のない笑顔で応じる。
もし余人がこの場にいたら、ランドが彼女に惚れている原因が少しは理解できるだろう。
ともあれ。
「コスミーさんは、戦うのが好きだと聞きました」
「えぇー、私のことそんな風に伝わってるの?」
意外な反応。
「えっ、違うんですか」
「違うよ!」
コスミーは「セレスかテラだな……むむむ」とうなりながら。
「違うよ。私だって戦うのは本当は嫌だよ。でも戦わないとご飯が食べられないじゃない」
「ああ……」
いわゆる飯の種。その一言に尽きるのだろう。
「よく考えてみてよ。もし私が戦うことに情熱を傾けていたら、ローザとかよりも戦いに強くないとおかしくない?」
「いや、あの人はもう、そういう人だから、例外のような気が」
なお、二人ともローザの真の実力は知らない。あくまでハウエルに充分に追随できる領域ということで話をしている。
それでも生半可な戦士の到達できる段階ではないのだが。
「とにかく、戦うこと自体が好きなら、もうちょっと違ってないとおかしいよ。少なくともご飯より戦いを優先しないと、そうはならないよ」
「コスミーさんはそうではないと」
「そうではないのです。誤解、解けたかな?」
「分かりました。乙女に対して戦いが好きなどと口走って失礼しました」
「ふふん。私は乙女だからね。分かればよろしい」
言って、コスミーは「次はあっちか。ランドはここで運んで。私はあっちを運ぶよ」と残して別の場所へ行った。
彼女は「ランドは戦いが嫌いだから、あの返事でよかったんだよね……?」などと何度も、物陰で吟味していた。
それから少しの時間が経った。
「ランド、調子はどうだい」
「はい。悪くはありません。とりあえずじわじわと接近しています」
「主様、それがしの見る限りでも、ひとまずまずい点はないかと。あらかた方法と心得も教え申した」
報告の言葉に、ハウエルは深くうなずいた。
「よし。あとは私が、仕事の手配で便宜を図り続けるだけだね。とはいえ限界もあるけどね、あまり作為的に組ませ続ければ疑念も起きるだろう、当事者だけではなく第三者からみて。そういう意味では、私が協力できる期間もあとわずかかもしれない」
彼が懸念を示すと、快活にランドは答える。
「それで大丈夫です。最近はコスミーさんから話しかけられる機会も多くなりましたので」
「うんうん、なるほど、それなら大丈夫だな。逢い引きの予定とかは?」
「ちょうど約束を取り付けようと思っていました」
「おお、いいね」
ハウエルは楽しそうに「これは重畳だな」と漏らす。
「ちょっと主様、私を無視しないでくださいよぉ」
さっきからそばにいたローザが割り込む。
「え、でもローザはもう関係ないだろ。今のランドとコスミーなら、聞きたいことは自分で聞けるぞ。それに『戦いが好き』とかいうガセネタをつかまされているし」
「ガセじゃないですぅ、確かに、本当にそうだったんですぅ!」
「でも本人が違うって言っていたし、開き直っちゃダメだよ、このダメ密偵」
「くううぅー!」
ローザはまだ不満があることを全身で表現しつつ、しかし考え直したようだ。
「でもまあ、あとはランド一人でなんとかなりそうなのは同意します。これでダメだったなら、それはもう縁がなかったのでしょう」
「うんまあ……普通はもう少し明るい言葉を選ばないかな」
「私は真理を言い当てる女の子ですからね」
「いや……」
ハウエルは軽く呆れた。
「というわけで、ランド、トンプソンはあらかた教えたっていうし、ローザが調べるまでもなくコスミーに直接聞ける仲だっていうし、私による後押しももう少しで終わるよ。それでいいかい?」
聞くと、彼はうなずいた。
「はい。あとは自分自身で道を切り拓きます。皆様、ありがとうございました」
「それがしから一つ」
トンプソンから発言があった。
「コスミーがこれ以上の発展を望んでいなかったら、すっぱりとあきらめることだ。そこに無理に自分をねじ込むのは、迷惑でしかない。厳しい話になったが、これだけは再三言っておく」
「はい。分かりました」
「ならばよい」
「他に何か言いたいことがある人はいないかな」
「異議ありません!」
「私からは以上です」
「特にありません」
言い残したことが何もないことを確認した後、ハウエルはにっこり笑った。
「では解散。ランドの道に幸あれ!」
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