◎第17話・巡回と恋愛相談
◎第17話・巡回と恋愛相談
ハウエルは城下村の巡回をした。
銃器鍛冶、製鉄の施設や整備はあらかた完成し、鉱山のほうも盛んに人が行き来している。
この調子なら、悲願だった銃の生産は近いうちにできそうだ。
銃は高価である。機動半旗の武器としても使えるし、金の延べ棒のように他の領主へ高値で売れる。
何もない領地に描いた展望は、まさに現実のものとなろうとしていた。
「長かったなあ」
ぽつりとひとりごちると、そばにいたローザが。
「ほんとですよ。私と主様が恋仲になるまで、実に長かったですね」
「は? そんな覚えはないけど」
「あるんですよねえ。私は毎晩、ご主人様をかき抱いて添い寝しているんですよ」
「頭大丈夫?」
いつものやりとり。
「まあ、主様がここのところ、前向きになって本当に良かったです。荒天地方への赴任になったときは、もう悲しくなるぐらい沈んでいましたからね」
「そりゃまあ。……あのときは前向きというよりは、現実から逃げるわけにはいかないって思いだったけどね。武官が戦場から逃げるわけにはいかないみたいに」
滝の砦からの追放を言い渡されたときは、激しく動揺した。それは認めなければならない。
「いずれにしても、ここまでこれたのはローザたちのおかげだよ。一人では何もなしえなかった。本当にありがとう」
「主様、お礼なんて頭でも打ったんですか」
「そっくりそのまま返すよ。……しかし、まあ、ありがとう」
言われたローザは目線を逸らし、ほほを染める。
「……へへん。全く主様はどうしようもないんですから」
「特に凶賊団への処置は、ローザとか仲間がいないと何もできなかったな。精神的な意味だけでなく、もっとこう物理的に」
すると彼女は、「あ!」と声を上げる。
「凶賊団……そういえば志願兵も予想以上に来て、確か総勢千人に達しているって聞きました」
「へえ。今日はちょうど訓練の日だね。訓練場に見回りに行ってみようか」
彼は言うと、くるりと向きを変えた。
訓練場では、総勢千人の機動半旗たちが、真面目に訓練をしていた。
「想像以上に士気が高いね。盛り上がっているって意味じゃなくて、訓練をこれだけ真摯にやっているのは、出自を考えるとすごい」
「いまは凶賊出身だけじゃなくて、流れ者も加わっているみたいですけどね」
そこへトンプソンがやってきた。
「おお、これは主様。見回りですか?」
「そうだね。どのぐらいよくやっているかなって思って。思った以上だよ。これはいい」
「銃が生産できてからは、また訓練の課程も変えると聞きましたぞ」
「ああ。兵科とかの編制も考えなければならないね。現状は槍兵、弩兵、弓兵だけど、どれをどの程度、銃に回すか、一度考え直さないとね」
自警団は数に入っていない。ハウエルは機動半旗を完全に主軸にし、自警団はオマケ程度に考えていた。
各村の思惑を背負い、領主に無私の忠誠を尽くさない戦力ほど邪魔なものはない。一応は、間接的に領主の支配下だが、本軍たる機動半旗からは切り離し、あわよくば体よく使い倒せれば上々と考えていた。
そして、そのように特別扱いすることは、自警団からは若干反感を受けるだろうが、機動半旗からの忠誠は集められるはずだ。
そもそも自警団は「自警団」なのだから、仮にも「地方領の軍隊」であり「正規軍」であるものと比較して不平不満を持つこと自体が本来はおかしいのだが。
今後、自警団も忠誠を誓ってもらえればいいのだが、現状、あてにはならない。
しかし領主たる彼は、その本心を誰にも言っていない。察している人間はいるかもしれないが、口に出して言ったら火種になりかねない。
あくまでも内心の認識。政策や戦略戦術を決めるための基盤にすぎない。
「ともあれ、機動半旗には期待が持てるね」
「仰せのとおりでございます」
「じゃ、執務室に戻るとするよ」
ハウエルが帰ろうとすると、一人の若者がやってきた。
「主様、ちょうどいいところに」
「うん?」
見れば、彼の供回りの一人であるランドという男が向かってきた。
地味な配下ではあるが、要所要所でいい仕事をする部下である。
「主様、僭越ながら……」
「どうしたんだい」
「秘密のご相談があります。夕刻、仕事が終わってからで構いませんので、突然ですがご相談に乗っていただけませんでしょうか」
「へえ、秘密の相談ね。公的なものでは……なさそうだね」
彼は遠慮がちにうなずく。
「恐れながら私的なものです。貴重なお時間ではありますが、少しだけいただけませんでしょうか」
「そうだね、いいよ。夕刻、十七の時でいいかい」
「ありがとうございます! 十七の時、確かにお約束しました!」
ハウエルは「なんだろうね?」とローザやトンプソンにつぶやいた。
あまりにも意外な用件だった。
「私はコスミーのことが、その、好きで、惚れています」
「……コスミー?」
「いつもセレスとかテラとかと一緒にいる、あの人です」
「いや、それは知っているけれども」
ハウエルは首をかしげる。
「確かに仕事ぶりはまずまずだけど、コスミーって、ローザ以上に単純というか、能天気な感じのあれだよ? いつもご飯食べたいとか言っているあれだよ?」
「それがいいのです!」
力説。
「それがいいのかなあ? で、私に協力してほしいってこと?」
「おっしゃる通りです。コスミーと少しでも仲良くなれるように、色々便宜を図ってくだされば幸いです」
「便宜といってもね……相手がいることだから、そう無茶なことはできないと思うよ」
「それでも!」
再び力説。
「それでもコスミーのことが好きなのです!」
「おお……それは分かったよ。うーんどうしよう」
ハウエルも色恋のことはよく分からない。いや、それ以上に、ランドがどの程度コスミーのことを知っているのかすら、よく分からない。
両者ともハウエルの供回りではあるが、彼の記憶によれば接点にはあまり恵まれていないはず。
「しかし、いったいどうしてそんなに惚れたんだ?」
「パンを……美味しく食べていたんです」
「へ?」
彼は情熱的に語る。
「いつも明るい人だとは思っていました。しかしある日、彼女がすごくいい笑顔でパンを食べていたんです。白いパンです。相当楽しみにしていて、実際美味しかったんでしょう。無邪気にむしゃむしゃ食べていて、すごく元気そうで幸せそうで、それで好きになったんです」
よく分からないが、本件に限らず、恋のきっかけというのはそんなに大仰なものではないのだろう。
「そうかあ。まあ暗いより明るいほうが、印象は良いよね。私は明るさより頭脳とか一芸とか腕っぷしとかを重視したいけれども……ああ、決して否定するつもりはないよ。ランドがそう思ったんならそうなんだろう」
「私は、少なくとも私はそうでした。あの日からずっと記憶に焼き付いて離れません」
「そうなんだ……」
とりあえず、ハウエル一人では手に負えないだろうことは分かった。
「もっと詳しそうな人を呼びたい。ローザとトンプソンを招き入れてもいいかな」
「トンプソン殿は頼りになりそうですが、ローザ殿ですか……口の軽そうな……」
ひどい言われようである。
「確かにローザはアレな人だけど、こういう話でおかしなことはしないさ。それは信用してもいいと思うよ」
「そうですね……分かりました」
許可を得たハウエルは、使いを呼んで、トンプソンとローザを呼び寄せさせた。
両者とも幸運にも時間が空いていたようだ。
トンプソンはいつもどおり冷静に、ローザはいつも以上に高揚した雰囲気でやってきた。
「恋の話ですか、恋の話ですよね!」
「落ち着こうか。やっぱりローザを呼んだのは間違いだったかなあ」
「失礼な、私はこれでも他人の話はきちんと取り扱う女ですよ!」
「本当かなあ」
ごあいさつもそこそこに、ハウエルは詳細を話した。
「なるほど、ランドの気持ちはよく分かった」
トンプソンがうなずく。
「で、ランドはコスミーについて、どれぐらいのことを知っているんだ?」
「ご飯を美味しく食べて、明るくて元気なことです」
「他には? 食事以外の好きなこと、物とか、特技とか、話の傾向とか」
「それは……話したことが少ないのでよく分かりません」
トンプソンは頭を抱えた。
「これでは、どうやって接近すればいいのか分かりませぬ」
「もう、トンプソンは考えすぎだよ。直球で気持ちを告白すればいいと思うよ」
「いいわけないでしょう。告白は締めの段階です。一か八かの博打ではありませぬ」
呆れ返ってため息をつく。
さすがにハウエルも、トンプソンの懸念は理解した。
と、そこでローザが提案する。
「じゃあさ、コスミーについての手がかりが無いなら、集めればいいじゃない。私、セレスとかテラに色々聞いてみるよ。私もコスミーについてはそんなに深く知らないからね」
「ちょっと待ってください。ランド、お主は本当にコスミーのことが好きなのか」
突然の質問。
「当たり前です。彼女はまぶしすぎるぐらいに素敵な女性です」
「物を食べているのを見ただけで、そこまで言うのか?」
「ちょっとトンプソン」
厳しい流れになりかけているのを感じたハウエルは、助け舟を出した。
「誰でも始めのきっかけはそういうものだと思うよ。私も恋の経験には乏しいけど、それを否定したら可哀想だ。それぐらいは分かる。人となりを知るのだってそう簡単じゃないしさ」
「しかし……あまりに無策で努力もなくて、これでは」
「分かるけどさ、前向きに行こうよ」
伯爵はひたすらなだめる。
「まずローザには手がかりを集めてもらおう。主にセレスとテラから、コスミーがどういう人か聞いてもらいつつ、ランドとの接点を作ろう。私も、公私混同は良くないけども、仕事のときは便宜を図る。トンプソンは接近の仕方をランドに教えてほしい」
的確な指示に見えたが、トンプソンはなおも切り返す。
「主様、お言葉ですが、コスミーが秋波を喜ぶとは限りませんぞ。嫌がるのをそのままにしたら、忠誠心も必然と損なわれましょう。それにご自身でおっしゃっている通り、公私混同にもなりかねません」
「分かるけどさ、ちょっと手心を加えることはいいんじゃないかな。それに嫌がる気配があれば、ランドにも残念だけどあきらめてもらう」
「どうやって判断するので?」
「ローザに様子見もしてもらう。ちょっとでもその気配があれば、またこの面子で話し合いをしよう。それで異議はないんじゃないかな」
言うと、トンプソンは若干不満な様子を見せつつも。
「まあ、……それなら仕方が無いでしょうな」
「ありがとうございます、皆様」
ランドが頭を下げる。
「私も相手の気持ちがあることとか、ランドの、その、無策、のようなものは充分に理解している。けれどまずは動いてみないとどうにもならない。みんな、頼んだよ」
「はい」
「はーい!」
「御意……」
一同は口々に、様々な想いがあるだろうと思われるが、ひとまず同意を示した。
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