◎第19話・村々問題
◎第19話・村々問題
領地にも徐々に人が集まってきた。その中心は機動半旗の志願者と、銃器製造に必要な工匠たちである。
そして、後者も荒くれが目立つが、前者は元凶賊やら、武で名を上げたい無骨者など、傍目に見て治安に不安を抱かせるような者も多いようだ。
もっとも、警察軍の報告をハウエルが見る限り、犯罪の件数は過疎時代と現在とで、ほとんど増加していない。全く増加していないわけではないが、それは荒くれ者たちの増加というより、単に人口が増えたからというだけで説明できる。
そして、そのように綱紀を保っていられるのは、やはりハウエルによる施策であった。
彼は流入してきた民、または機動半旗の兵に、ごく基本的な法令を抜粋して一読させ、これに反しないことを宣誓させている。また、実際にこれを破ったわずかな者にも、厳罰をもってあたっている。
もっとも、その刑罰の中には、例えば現代日本でいう罪刑法定主義や手続的保障にやや欠けるものもある。しかしそれは、起草者ハウエルがあえてそうしたものである。包括的であいまいな犯罪類型をあえて作り、構成要件を多少不明瞭にすることで柔軟に罰せられるようにしたり、手続を意図的に軽量にすることで迅速に裁くことで、その関連の犯罪をためらわせたりする。
現代日本では決して許されないが、まだ刑事法の原則の確立していないこの世界では、それは政策の一種として許される、というより異議を唱える感覚が発達していないといえた。
とはいえ、この状況を憂える者はいるようだ。
「伯爵様」
「どうした?」
執務室のハウエルは、最近ようやく仕事が少なくなり始めたので、少しばかりウトウトしていたところだった。
「領内の各村……ウェード村、サヒダ村、シタール村、そしてディレク村の代表者たちが、その、陳情に来ております」
「……陳情? どういうことだい?」
目をぱちくりさせるハウエルに、取次の番兵は説明する。
「なんでも最近、領内に荒くれの余所者たちが増えてきていることについて、治安に懸念を抱いているとのことです」
「治安? 犯罪はほとんど増えていないけどなあ」
ハウエルは頭をポリポリかく。
「余所者ってことにしたって、元々の村人が……ふがいなかった……から外から人を入れるしかなかったわけであって。それに外から人を招いているのは主にディレク村で、残りの村々はほとんど関係ない。反抗心は良くないなあ」
「とりあえず伯爵様、これは方式にのっとった適法な陳情であるようですので、まずいらしていただけませんでしょうか」
「方式……そういえばこないだ見た古い資料で、陳情の法律が確かにあったな。傷んでいたから転写なりなんなりしないと。……ああごめんごめん、いま行くよ」
彼は報告書を適当にまとめ、応接室へ向かった。
応接室で、四人の代表のうち三人は、明らかに不平を抱いていた。
「領主様は我々をないがしろにしすぎる!」
「得体の知れない連中を招いて、何かあったらどうするおつもりですか!」
もっとも、ディレク村の村長は、それほど憤激した調子ではない。
「まあ……最近、流入者が増えておりますゆえ、不安がないといえば嘘になり申す」
おそらくではあるが、他の三人に圧力を掛けられ、やむなく陳情の場に出席したのであろう。
逆にいえば、ディレク村はそれなりに、現領主に従順であるということだ。
また、鉱山が村のそばにあるので、採掘拠点としてや円滑な製鉄、銃器生産への流れのため、外からの流入を最も受けているのはディレク村である。その村の長があまり強い調子でないことからも、ディレク村が割と領主寄りであることが読み取れる。
つまり、タチの悪いのは他の三つの村である。
「諸君」
ハウエルは静かに、しかしよく通る声で反論を始める。
「この地方が過疎地であるのは、ひとえに誰の責任かな」
「それは代官がうまい行政をしていないからだ!」
「政治屋は領民のため、常に領地が栄えるまつりごとをする責任がある!」
「そうではないでしょう」
彼は意見を一蹴。
「村々を栄えさせる、その第一の責任を負っているのは、そこに住む人間であるはずだ。村を繁盛させて、快適な暮らしをしたいという気持ちは分かるけども、それだったらなおさら、代官や領主から与えられる政策だけにすがってはいけない。自分で動かねばならない」
彼は強い調子で続ける。
「しかしこの体たらくはなんだい。私がこの地方を繁栄させるために、策を練り、あちこち動き回って手配して、それをただ余所者が嫌いだと言って叩くだけかい。それは通らないよ。あなたがたは余所者なしで村を快適にしたいんだろうけども、そんな理想の手段は、どこにも落ちてなんかいない。どこにもないんだ!」
彼は机を叩く。
「それに、治安対策は充分にしている。現に犯罪は率としてはものすごく少ないし、あるとはいっても、それは人口が増えたことによる必然以上の件数を超えない。村の雰囲気は少し変わったのかもしれないけど、雰囲気だけで物を言わないでもらおうか」
彼はそこで、ふと思い出した。
「そういえば、外から招いた兵や技術者の大半はディレク村で受け入れている。ウェード村とかは、そもそもそんなに暮らしの様子は変わっていないはずだよ。……それでいったい何を陳情しにきたんだい?」
逆に詰められる村長たち。
「結局のところ、外から来た領主が新しい政策をするのがなんとなく嫌で、そのやることに空気感で反対を述べているだけだろう。そんな根性だからこの地方は過疎なんだと、どうして分からないんだ!」
大声を張り上げる領主。
「この地方は変化が必要だ。それがなければただ寂れて地図から消え去るだけだ。変化はしたくない、滅びたくもない、そんなわがままを言える時間はとうに過ぎているんだ!」
また机を叩く。
「反対を述べるのは簡単だ。私の言うことが気に入らないなら、内心でそう思っていればいい。私たちは内心に踏み込むことはできない。しかしその過疎地根性で、我々のやることを邪魔するというのなら、我々はいかなる手段も辞さない。……分かったらそれぞれの場所に戻りなさい。こんな陳情を仮に通しても、現状は何一つ変わらないことをよく考えてから帰りなさい。以上だ」
ハウエルはそう言って、「ふーっ」と息をついた。
終わった後、ローザとトンプソンが来た。
「トンプソン、参上しました」
「私だよー、様子を見に来ましたよ。もう村長たちは帰ったけど」
呑気な二人。
「村長たち、だいぶ憔悴していましたよ。ビシッと言ってやったんですね。偉い偉い」
「それがしの見るところ、主様の言葉がかなり効いているようにみえました。もっとも、主様がどう折衝したのかは存じ上げませぬが」
楽観的な二人に、しかしハウエルは表情を厳しくする。
「いや……あまり喜べる結果ではないよ」
「ほえ?」
「論破は非生産的だから、などでございましょうか?」
「いや、近いけどそうじゃない」
伯爵はかぶりを振る。
「物の道理や経緯はどうあれ、村々は不満を抱いている。ディレク村は恩恵にもあずかっているし、もともと領主や代官への帰属意識が強いから、まあ心配ないだろうけど、他の三つの村、というか『勢力』は、間違いなくそれなりの不満を溜め込んでいる」
そこへローザが、珍しく考え込んでいるような表情で反論する。
「だけど主様、そういうのは物の道理で弾いていかないと、キリがないですよ。私の感覚だと、政治家というものは誰かから嫌われる宿命にあると思いますけどね」
「確かにキリはないよ。けど、不平を大いに抱えているというのは、認識しなければならない。どこかで空気を抜くか、従属の意識を持たせないと、肝心な時に言うことを聞かないかもしれない。現状、あの三つの村は『こちら側』ではなさそうだ。とりあえずおおよその方針には従って、税も納めてはいるけど、そういう三つの『勢力』としてみたほうがいい。何かあっても、動員にも従うとは限らないしね」
要するに彼らは、豪族、土豪の類ということである。
「獅子身中の虫だよ」
「でも主様、その状況をどうにかするために機動半旗を組織したんじゃありませんでしたっけ」
ローザはなおも反論する。
「とりあえず軍事的に、自警団に頼りきりなのはまずいってとこから出発したはずですよ。なんかあれば機動半旗で制圧したらいいんですよ。とりあえず村々よりは大幅に、命令に忠実に思えますし。そのための領主直属の軍隊なんですよね?」
「最後はそうなるだろうね。でも最後の手段だ。それまでに政治的にどうにかこうにかしなければならない。……んだけど、人の心を変えるのは難しいからなあ。なんにでも反対の考えを抱く人々は、何かと難しい」
先ほどから思考があちらへ行ったり、こちらへ行ったり、忙しい領主である。
トンプソンがまとめる。
「とりあえず、村々の動きには気をつけつつ、その意識をゆっくりでも変えていかなければならない、ということですな」
「そうだね。これは長い仕事になりそうだ」
「主様、領主としての仕事は、通例、お亡くなりになるまで永遠ですぞ」
「そうだったね。それまでに村々問題が解消してくれればいいけどなあ」
「村々問題て。……まあとりあえず、ディレク村は近いうちにどうにかなりそうな気がします。いまの内政で一番恩恵を受けるところですし」
「そうならいいね。そうであることを願うよ」
彼は再び、深く息をついた。
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