◎第13話・人探しの始まり

◎第13話・人探しの始まり



 ディラグの家へ、小さな凱旋。

「確認書に署名を取ってきました」

「ハウエル様……!」

 彼は感謝感激といった様子で、彼の手を握った。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」

「いやあ、これほど喜んでいただけると恐縮ですよ」

 前述のとおり、法律事務自体は誰でも受任できるものである。特に今回は司法院の判例を知っていれば、誰でもこなせる役目であった。

 チンピラに勝てるという前提があればの話だが。


「で、ディラグ殿もこれで憂いなく、荒天領に?」

「もちろんだ、今後はハウエル様の下で、鉱夫として仕事をさせてもらう。ただ」

「ただ?」

「元・鉱夫頭として、かつての仲間を集めるまで少し時間がかかる。採掘は一人ではできない」

「それもそうですね。……そうだ、仲間を集めるついでにお願いがあります」

「なんだ」

「その過程で『荒天領が鉄鉱採掘の鉱夫を募集している』ということを鉱夫の業界に広めてほしいのです。そうすれば、少しでも多い増員が期待できます」

「なんだ、そんなことか、もちろんそうさせてもらうぜ」


 これだけでどっと人が押し寄せるとまではハウエルも思っていない。されどやらないよりはやったほうがいい。一連の公営事業をわずかでも成功に近づけるためにも。

「いやあ、それにしてもよかった。これで鉱夫、製鉄、銃器鍛冶がそろいました」

「なるほど、そのようだな」


 そこへローザがはしゃいだように口を出す。

「まだ日数には余裕がありますし、王都をぶらつきましょうよ、主様。何か発見があるかもしれませんし、なにより可愛い女の子と逢い引きができるんですよ」

「逢い引き? 誰と?」

 とぼけられたローザは「もう!」とふくれ面。

「どっちにしても、王都に来てから相談と戦闘しかしていないじゃないですか。せっかくですから色々見て回りましょうよ。私は確かに戦闘もできますが、戦闘が楽しみでここに来たわけじゃないんですよ」

「『か弱い女の子』なのか?」

「そうですよ! か弱い女の子なんですよ!」


 ハウエルは吹き出す。

「ハハハ、面白い冗談だね」

「もう! そんなに私と王都散策したくないんですか?」

「いや、ごめん、そういうわけじゃないよ。王都散策、いいね」

 ハウエルは様子を見ていたディラグに再び話す。

「というわけで我々も少しばかり王都にとどまります。何かあれば私、ハウエルの屋敷に来てください。まあ何もないとは思いますが、よろしくお願いします」

「おう、分かった。……嬢ちゃんの肩を持つわけじゃないが、王都にはいろいろな物事がある。探せば何か見つかるかもしれないぞ」

「そうですね。私もそう思います。……さて、ではまた、よろしく」

 一礼して、ハウエルは席を立った。



 翌日。

 若き伯爵は、従者を引き連れて、王都を巡っていた。

「南側の広場に来てみたけど、何もなさそうだね」

「そんなことないですよ。ほら、あそこにお菓子の露天商があります」

「そうだね。……奢らないからね」

「主様のケチ!」

「そんな余裕はないよ……いま財布にあるのは、万一の時のためにつむじ風の城から引き出した、みんなのお金だからね。きちんとした使い方をしなければならないんだ」

「主様の石頭!」

 ローザがハウエルの頭をゴンと叩く。

「痛い」

「ケチ! 石頭!」

 よくない流れだ。ハウエルは直感した。

「それより、北側の広場に行ってみようよ。まだあっちは行ってない」



 広場に着くと、なにやら人だかりができていた。

「立て看板か何かが見えるね」

「これは事件の予感!」


 群衆をかき分け、彼らが看板の文字を読み取ると。

「ラナを探せ?」

 富豪にして商会当主ラグリッチに仕えるラナという女性がいる。かつて彼女は伝説級の隠密だったらしい。

 そのラナを今日から三日間で捕まえれば、彼女の現在の雇い主である富豪から莫大な賞金がもらえるらしい。彼女は目印として不死鳥のエンブレムを隠し持っているのだそうだ。

 要するに、酔狂な富豪の遊びだった。


 しかし。

「これは金策の好機だな」

 提示されている金額は、領地経営にもそれなりに役立てられるほどである。

 これに参加しない手はない。

「確かに金策の好機ですけど……探す当てはあるんですか?」

「ない。だけどそれはみんな同じだ」

「それは、そうですけど……」

 ローザが何か言いたそうにもじもじしている。


「どうしたんだ?」

「だって……せっかくの主様との逢い引きが……」

「ローザ」

 彼は言い聞かせるように話す。

「今回の王都への旅行、その目的をないがしろにしてはならない。まあ当初の目的はあくまで銃器鍛冶とかの確保だったけど、それでも、あくまで領地のために来ているってことを、忘れてはいけない」

「うぅ……」

「何度も言うけど、滞在費は荒天領のお金から出ているんだ。無駄遣いはできない」

「うぅうぅ……」

 ローザはしばらくうなった後、やけくそな調子で返した。

「分かりましたよ、せいぜいラナとかいう女の尻を追いかければいいんですよ!」

「ローザもだよ」

「分かりましたよ!」

 かくして、彼らのラナ探しは始まった。



 まず向かったのは、パラクスの家だった。

 王都で会った中で、最も気づきのよさそうな人間だからだ。

 とはいっても、それだけの理由では。

「私も分かりかねますな。申し訳ございませぬ」

「本当に、些細なことだけでもよろしいので、聞かせては」

「いや本当に分からんのです。ラナ……ううむ、やはり聞き覚えはありませぬ」


 一生懸命に記憶を探っているのがよく分かるが、これ以上聞こうとしたところで何も出てはこないだろう。

「そもそも、その富豪、ラグリッチの使用人となどまるで面識がありませぬ。しがない製鉄技師が、富豪やその使用人と親しくなることなどないでしょう」

「まあ……細工師や装飾品の卸売ならともかく……あ、そうだ」

 言おうとするハウエルを、パラクスが制する。

「スクルドは確かに鉄細工を身につけましたが、富豪向けの高級なものではありませんぞ」

「……そう、ですよね……」


 言って、パラクスは突然「あ!」と声を上げた。

「どうしました」

「昔、ともに製鉄の修業をした者の中に、ラグリッチと知り合いというか遠縁の者がおりました。事あるごとに血縁を自慢してくるので、よく小突いたりしたものです」

 手がかりといえば手がかり。だが。

「その人と仲はよろしいのですか、どこにいるかはわかりますか」

「ええ、今でもたまに会っては話をするものです。家は王都の南西、地図を用意すると……」

 紙と鉛筆を持ってきて、簡単な地図を描いた。


「ニトラルめの家は……この辺ですな。王都は広いので、同じ王都内でもご近所とまではいかないのです」

「なるほど。その遠縁のお方、どの程度、ラグリッチ殿と親しいのでしょうか」

「同じ師に商売を教わったことがあるそうですから、割と親しいのでは。実際、いまも富豪の誕生日にはご馳走になると言っていました。いまもその日はがっちりした正装で、私を煽りにくるので、嘘ではありますまい」

「煽り……ともあれ、学友というわけですか」

「そうなりますな。生活は夜職の女性のおこぼれにあずかっているらしいので、全く品はよろしくないのですがね」


 同じ師に商売のイロハを教わりながら、片方は富豪で、片方は徒食。

 ハウエルは、まさかこんなところで人生の難しさを知るとは思わなかった。

 とにかく、彼は言った。

「とりあえず、そのニトラル氏に会いに行ってきます。貴重な情報ありがとうございました。……ちなみに、スジ者と事を構えるおそれは?」

「女性のほうに不用意に手を出さない限り、無いと思いますぞ。彼自身はただの座食ですゆえ」

「なるほど。ご助言、本当に感謝します」

 一礼し、彼は「どれ、あの建物があれだから……」と家を出ていった。


 しばらくして、ハウエルたちはニトラルの家にたどり着いた。

 扉を全力で蹴り飛ばす――こともなく、普通に軽く叩いた。

「ごめんください。私は荒天伯ハウエルという者です」

 返事がない。いや、少し物音がしたが、すぐにまた静かになった。

 きっと出る価値を感じずに、昼寝にでも戻ったのあろう。

 だから彼は拳を――もとい権威を振りかざす。

「平民よ起きよ! 私は伯爵ハウエルなるぞ!」

 普段の彼からは考えられない大声で、中の人物に呼びかけた。


「ひえっ! はっはい!」

 さすがに貴族の身分、伯爵位の威光が効いたのか、ばたばたと扉に向かう音。

 ハウエル自身は、身分を振りかざす真似は、周りから嫌われる原因になると信じているので、使いどころを考えて使わなければ、とは思っている。

 ただし身分を叩きつけること自体は嫌いではない。ステゴロとか果たし合いも無しで目的を達成しうるなら、下手に策を考えるよりやりやすい。

 単純な方法は一番良いのだ。


「ど、どどどうしました伯爵様!」

 出てきたのは、中肉中背、そして弱そうな雰囲気の男。聞いたとおりの風貌で、ニトラルに違いない。

「手荒な呼び方をしてすまない。私は荒天領の領主ハウエルという者だ」

 言って、胸につけている小さな紋章を指す。身分の証である。

「領主様……がなぜこんなところに」

「ラナ殿という女性を探すため、ラグリッチ殿や彼女に関しての手掛かりを求めています。何かご存知であればお話をうかがいたいところです」


 正直に用件を述べるハウエル。

 しかしニトラルはうつむきがちに。

「答えるわけにはいかない。答えられない」

「そうですか。指と肩、どちらを痛めつけられたいですか」

「ひっ!」

 ハウエルが組み付く構えを見せると、彼は涙目になりながら言葉を返す。

「ご、拷問されても答えられないんだ、そういうものなんだよ!」

 弱々しげな、しかし芯のある拒絶。


「……ふうむ。ラグリッチ殿から口止めされているとか?」

「とにかく答えられないんだよお……許してくれよお」

 本件に関して、わざわざラグリッチから口止めされるということは、この男、思ったより主催者の富豪と仲が良いのではないか。

「ちょっと締め上げようかなあ」

「やめて、やめて、知り合いに元・間者がいる、末端だったらしいけどそいつを紹介する、手がかりを知っているかもしれない、だからやめてくれよお!」


 意外な反応。

「ほう、そういう人がいるのですか。これは悪くない」

「そいつが知っているかどうかは保証できないけど、許してください、そのぐらいしかできない」

 ハウエルはしばし考えたのち。

「では教えていただきたい。どこの誰で、何をして、どういう風貌か、色々聞かせていただければ幸いです」

「も、もちろん。まずは家におあがりください。狭いところですが」

 ニトラルはまだ若干怯えながらも、しぶしぶ歓迎の姿勢を見せた。

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