◎第12話・採掘技術者

◎第12話・採掘技術者



 彼の案内で、採掘技術者の家らしきところに来た。

「おーいディラグ、とびきりの客人だぞ」

 パラクスは扉を叩く。

「お前に大仕事を与えに来た客だ」


 しばらくして、扉が開いた。

「なんだパラクス」

「地方領主の方がお前をお抱えにしたいそうだ」

 言うと、ディラグと呼ばれた中肉中背の中年男が、同行している二人を見る。

 ハウエルの貴族ぶりに気づいたようだ。というより、この二人組のうち、馬鹿っぽい空気をまとうローザのほうを貴族だと思う人間はいないだろう。


「この若いのがか」

「そうだ。荒天地方の伯爵ハウエル様だ」

「荒天地方?」

 ディラグはいぶかる。

「確かに鉄鉱脈はあると聞いたが……採掘してどうする気だ、使い道は?」

「その辺りを含めて、じっくりお話をしませんか?」

 ハウエルはあくまで笑顔で持ち掛けた。



 紅茶を飲みながら、ハウエルは彼の腹案を話した。

「採れた鉄鉱石を、最終的に火縄銃に、か」

「そのための銃器鍛冶と製鉄技師はすでに手配しています。あとは鉄鉱石を採掘する鉱夫だけが必要なのです」

「製鉄技師はパラクスを中心に、仲間を引き連れてくると」

「然り。銃器鍛冶はスクルド殿という方です。ご存知ですか」

「名前を聞いたことはある。業種が全く違うから詳しくは知らないが、しかし、いい仕事をするらしいことを、さっきのパラクスから聞いたことがある」

 ディラグはうなずいた。


「なるほど。……改めて、私は貴殿の力が必要です。どうかお招きさせていただけませんか」

 しかしディラグは。

「仕事を取りに行きたいのはやまやまだが、一つ問題がある」

 荒天地方の過疎ぶりか。人が少ないというのは、何かにつけ困難を招く。

 人が少ない地域は、それ自体を理由に人が減っていく。

 心中で嘆くハウエル。

 しかし、今回の話はそうではないことをディラグが言明した。


「一言でいうと、借金だな」

「……借金?」

 荒天領は借金にまでは至っていないはずだけども……。

 ハウエルが首をひねるが、すぐに察する。

「俺は多額の借金を背負っている」

 彼は肩を落とした。



 借金。

「むう。詳細を教えていただけますか。お力になれるかもしれません」

「詳細か……」

 彼は家の奥から証文を取り出すと、言いにくそうに話しだした。

 彼には旧友がいて、ある日商売を考えついた。

 しかし事業を立ち上げるには金が必要であり、そのための連帯保証をディラグに頼み込んだ。

 ディラグは旧友の言うことならと、保証を承諾し署名した。

 だが、署名した彼はあまり法律に詳しくなかった。

 まずその借金は、タチの悪い高利貸しから借りるものであった。旧友の事業計画は穴だらけで、まともな金融機関からは借りられなかったらしい。後の話によれば。


 そして人道にもとる担保を取らされた。

「どのような担保です?」

「俺の妻の心臓だ」

「心臓……!」

 借金を返せなかった場合、ディラグの妻の心臓をえぐり出して我が物とするという。

 証文にも確かにその内容が書かれていることを、ハウエルはその目で確認した。


「いまはちょうど妻が働きに行っているが、俺は妻帯者だ。妻を愛している。だからこの担保は……嫌だ……」

「なぜそんな契約に署名を……いや、ディラグ殿は先ほど、法律に詳しくないとおっしゃっていましたね」

 ハウエルは独りでうなずく。

「この借金がどうにかなれば、荒天領で仕事するのに差しさわりはないんだが……」

 しばらく考えていた彼は。

「いや、これはどうにかなりそうです」

「本当か!」


 彼は貴族向けの広報に書かれていた情報を思い出す。

 最近の王宮司法院の判例があった。

 いわく、違法性の著しく高い金貸しは全体が無効となり、さらに一種の不法原因給付……その金は違法な、それも著しく法に背く原因で与えられたものとなるため、元金も利息も返さなくてよい。


「つまり一切、びた一文返さなくてよくなるということか?」

「その通りです。少なくとも法的にはですが」

 ディラグは一瞬喜びの表情をしたが、すぐに暗くなる。

「しかし……相手は悪質な高利貸し。法の理屈が通用するかどうか」

「私が通用させに行きます」

「貴族の威光でか? しかし貴殿は王都付でもない地方領主、果たして通じるものか」

「そうではありません。有形力、つまりひとつまみの暴力で分からせに行きます」


 そこでローザが茶々を入れる。

「また武術とか実力とかのアレですか。主様はすぐそうやって有形力を使う」

「その面は否めない。しかしこれまで相手にしてきたのも無法の連中だからね。そういうやつらには暴力で解決するのが一番手っ取り早い。相手も場合によっては暴力というか有形力を使うから、上回る力を示してやれば上下強弱を理解するだろう」


 ハウエルはディラグに向き直った。

「というわけで、私が、ディラグ殿に返済義務のない旨、今後ディラグ殿とその身内、そして受任者の我々に一切の危害を加えない旨などの確認書を作った上で、その高利貸しに署名をさせに行きます。場合によっては暴力を使います。ご案内を……いや、危険なので地図をお願いします」

「だ、大丈夫なのか」

「私は仮にも領主級の貴族です。万一法的に何かあっても、貴族の力で、彼らの弱点である違法性に対してゴリ押しします。そもそも法的には我々が正しいですからね」

「そうじゃない、たった二人で殴り込みに行くのは大丈夫なのか」

「慣れていますからね。心配はご無用。ディラグ殿が我が領地に来てくださるなら、それくらいします。さて地図をください」

 ハウエルは、いまから有形力をぶつけ合いに行く人間とは思えないほどの明るさで、出発の準備を始めた。



 高利貸しの居宅兼営業所に到着した彼は、例によっていつものごとく、扉を破って入った。

 今回は少しばかり頑丈そうだったので、蹴りではなく体当たりである。もし非常に頑丈そうだったら、初手の衝撃をあきらめて普通に入っていたことだろう。

 しかしそんなことはどうでもいい。


「ラスター社長はどこにいるか教えてもらいたい!」

 大声で呼ぶと、男が応じた。

「俺がラスターだ」

「貴殿か。ここに来たのはほかでもない、ディラグという男の妻に供させた、悪逆非道の担保について話をしたい!」

「ディラグの妻?」


 言って、しばらくののち。

「ああ、心臓を担保にした件か」

「然り。司法院の判例によれば、そのような著しく違法性の高い金貸し契約は、踏み倒してもよいということになっている」

「で、お前は誰だ」

「ディラグの代わりに交渉を承った者だ」


 この世界には、まだ専門職としての弁護士は存在しない。

 ゆえに、誰が法律事務を委託されても、それだけでは法律には反しない。

 どころか、貴族が他者の法律事務を受任し、その威光を用いて問題を解決することは、よくあること、とまではいわないが、たまに見られることであった。


 ともあれ、高利貸しはひるまない。

「踏み倒し……それは道徳に反するとは思わないかな?」

「では貴殿は法より道徳を優先するというのかな?」

 一歩も退かない。

「借りたものを返す。返せなければ担保によって回収する。これは法うんぬんを超えた、人として当たり前の道徳というものではあらぬか」

「担保で人を殺すことが道徳か、貴殿の道徳というのはずいぶん狂っているな。まるで猿だ」


 挑発するハウエル。その間も背後のローザが、高利貸しの取り巻きたちとの間合いを維持している。

「それに、何度も言っているが、これは王宮司法院の論理だ。貴殿の手前勝手な理屈は司法院の判断を否定するのか、それは司法院に対する侮辱にもなろう」

「侮辱も何も、俺は人として当たり前のことを述べているだけにすぎないぞ」


 議論は平行線。

 察したハウエルは、速やかに実力行使へと移った。

 彼の顔面に一撃。

「ブッ!」

 彼は崩れ落ちそうになるが、なんとか耐えたようだ。

「認めよ、これは司法院の判断に従った正義なるぞ!」

 ここで取り巻きたちが動き始めた。

「この野郎、好き勝手しやがって!」

「ただではすまさねえぞ!」

 あわせてローザも構える。

「主様はいつも乱暴なんだから……仕方がないなあ」

「やっちまえ、野郎共!」

 刹那、決して広くはないラスター事務所に烈風が吹き荒れた。


 羽交い絞めにしようとするチンピラたち、絶妙な方法でくぐり抜けて急所への当身を中心に攻撃を加えるローザ。それをともに援護し合うハウエル。距離を取るラスター。

 壊れる机。乱れ飛ぶ書類の束。割れる安物の調度品。えぐられる家具。

 怒号と衝撃音と掛け声が飛びすさぶ。


 しかしその中でも、ハウエルとローザのたった二人は、より多数のチンピラをどんどん打ち倒し、最後には高利貸し一人を残すのみとなった。

 荒れ果てた事務所で、ハウエルは確認書を取り出した。

「さて、貴殿一人であくまでも抗戦するか? したところで司法院に申し立てるだけなんだけどね」

「……いや、やめておこう。それが本件の書類か、署名しよう」


「内容をよく確認して署名すること。行き違いは避けたいからね。あと破り捨てても無駄だよ。予備はいくつかある。ああ、扉の修理代はそちらで負担することだね。そもそもこんな違法な契約がなければ、扉は破られずに済んだのだから」

 最後の一言は強引だったが、もはや高利貸しも気にしないようで。

「分かった」

 彼は一通り目を通した後、署名を書き加えた。

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