◎第11話・製鉄技師の息子

◎第11話・製鉄技師の息子



 念のため不良の首に縄をかけた二人は、ローザがバーグをさっさと家に送り届けたあと、彼の案内のままに歩く。

「妙なことをしたら、その首を絞め折るぞ」

「しない、しないから」

 すっかり不良は怯えているようだ。

 言いつつ、自分の軍である機動半旗には、こうもたやすく敵の「取引」に従うことがないようにさせないと、とハウエルは思う。……それはつまり、脅迫に対して死を選べという無情な訓練方針でもあるのだが。


 やがて、不良は立ち止まった。

「ここだ」

 粗末な扉。ちょうどハウエルぐらいの格闘術でなら壊せそうだ。

 よし、とハウエルは気合を入れる。

「お、まあ鍵師はいませんから、しょうがないですよね」

「そうだね。それにいまからやるのは荒事だから、扉が吹き飛んだぐらいでガチャガチャ騒がせないよ」

「ちょっと待て、お前ら、何を」

 ハウエルは飛び上がり、身体をひねって蹴りを繰り出す!

「こういうことだよ!」


 扉は見た目より更にもろかったようで、誰もが振り返るような大きな音を立てて粉々になった。

「なんだ、なんだ!」

 すかさずハウエルは大音声。

「パラクスの息子バーグが、不良の道から足を洗うことについて、告知をしにきた。今後一切、私たちとバーグに接触することはなくしてもらおう!」

「バーグ……ああ、あいつか」

 名前を憶えていた無頼に、別のゴロツキが返す。


「いや、それどころじゃない、いきなり扉を壊して高圧的に命令とはごあいさつだな。名前はなんだ」

「悪党に名乗る名はない!」

 名乗らなかった本当の理由は、ゴロツキどもから万一にもお礼参りされるのを防ぐためであるが、もっとも、そんな気を起こさせないほど痛めつける気でいる。

「さあ約束してもらおう、我々とバーグ青年に今後指一本触れるな、これは命令だ!」

「……さっきからふざけやがって、野郎共、やっちまえ!」

 掛け声とともに、数人が一斉に飛びかかってくる。


「甘い!」

 その間をすり抜け、一人を背後から机に向かって投げ倒す。

「がっ!」

 机に頭を打って、そのスジ者は気を失った。

「まだまだ!」

 さらにもう一人に組み付き、首を絞める。

「は、はなせ……げうっ」

 窒息で無力化し、次の敵には顔を横から刈り取るような拳。

 と見せかけて、足払いからの頭を蹴り飛ばす。

「グヘッ!」

「さあ来い、まとめて倒してやる」


 ちなみにローザは、無力化した相手の金品を漁っていた。事前に許可していたことなので、ハウエルも特に何も言わない。金策は大事なのだ。

「この野郎……!」

「いや待て」

 頭領格と思しき中年の男が、無頼たちを制した。

「こいつには全員でかかっても敵わないだろう。若いの、要求はさっきのだけか?」

「然り。我々を邪魔しないことと、バーグが足を洗うのを認めることだ」

「……本当にそれだけか?」

 いきなり扉を破ってチンピラを猛烈に痛めつけたにしては、控えめな要求すぎる、と彼は思ったのだろう。

 スジ者にも少しは頭の回る人間がいるな、と思ったが、されど本当に要求はそれだけだったので。


「そうだ。それ以上は何も望まない。ああ、そこの女子が漁っている金品はもらっていくぞ。私たちは少しでも金策をしなければならない。どうせはした金だろう?」

 相手が反社会的な部類の人間であることをいいことに、堂々と上前をはねることの宣言。

 しかし、相手もそれを呑むしかないはず。もし突っぱねたら、暴風のごとき伯爵には、さらに痛めつけおおごとにする用意があった。


 果たして。

「分かった。約束しよう」

「壊れた扉その他は貴殿らの自腹で払うことだね」

「それも約束しよう。他になければさっさと去ってくれ。これは後片付けと治療が大変だ」

 かくして、大戦果を挙げたハウエルらは悠然と帰っていった。

 案内した不良は「誰かほどいてくれ」と情けない声を上げた。



 ハウエルは再びパラクスの家へ戻った。

「ふひ!」

 バーグがすっかり怯えている。

「バーグ殿、そんなに怯えないでほしい。あの場から貴殿を引き離し、真人間に戻すには、少しばかり手荒い真似をするしかなかった」

「ふ、ふひ」

「私は無頼漢ではありません。本当に必要な時しか武力に訴えはしない。むやみに振り回すのが害悪だと知っているからです」

「……む」


「パラクス殿、このたびはご子息を怖い目に遭わせて申し訳ありません。しかしそうするしかなかったのも事実です」

 父は先に戻っていたバーグから事情を聞いていたようで、ただうなずいた。

「いやいや、俺のバカ息子は、多少は怖がらせないと言うことを聞かないものでしてな。ハウエル伯爵は賢明な判断をなさった。バーグも頭を下げろ」

「ひ、……ありがとうござい、ヒック、ました」

 バーグは震える頭を少し下げた。


「背後にいたスジ者にも力で言い聞かせてきましたから、夜道も大丈夫でしょう」

「背後のスジ者をって、貴殿が懲らしめたのですか」

 さすがに目を見張るパラクス。

「仕方がありませんでした。できれば穏便にいきたかったものですが」

「ハウエル伯爵、貴殿は尋常じゃなく強いな。そこの娘っ子もですか」

「私、かよわい女の子ですから全然強くないです! 天下無双の伯爵様に、まるでお姫様のように守ってもらわないと!」

「はいはい。冗談はいいから」

「うぅー!」

「なるほど。娘っ子よ、主君をよく守れよ」

「ううぅー!」


 茶番はパラクスらには無視された。

「それで。俺一人だけ荒天領に行ってもあまり意味がないですな。かつての仲間たちと連絡を取って、できるだけ領地の製鉄業が回せるように面子を集めるつもりです。あぁ、ここにいるバーグも職人の一人として連れていきますゆえ」

「……ん? バーグ殿も製鉄技師なのですか」

 ハウエルが尋ねると、まだ震えながらバーグが答える。

「親父から一通り、お、教わってい、います。ヒッグ、お役に立てると思います」

「おお、それはよかった。よろしくお願いするよ」

 笑みを浮かべるハウエル。


「ふひ……」

「ところで伯爵殿。貴殿の話によると、まだ採掘の鉱夫……特に頭領となる者が足りないようですな」

「はい、そうです。何か心当たりなどありますか」

「もちろん。製鉄技師が鉱夫を知らないわけがありますまい」

 言うと、パラクスはニヤリと笑った。

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