◎第10話・製鉄技師
◎第10話・製鉄技師
今度は普通の民家だった。特に商売を営んでいるような様子もない。
無理からぬことだった。家の主が製鉄技師、それも在野の者だとすれば、小売でできるような隣接分野の商売などないだろう。
仮にこの家の中に製鉄設備があったとしても、用途がない。もしスクルドと同じく、かつて工業ギルドで働いていたのだとすれば、自家用の製鉄設備自体、持ってはいないだろう。
スクルドは扉を軽く叩くと、大声で呼ぶ。
「おーいパラクス、開けてくれ、面白い客人を連れてきたぞ」
しばらくして、細身の男が出てきた。
「なんだスクルド、店はどうした」
「やらなくてもよくなった」
「あ?」
いぶかしむ細身の男。きっと彼が製鉄技師なのだろう。
パラクスなるものは彼の名前か。
「今日は美味い話を持ってきたぞ」
「なんだスクルド、詐欺にでも引っかかったか」
言うと、スクルドは目をむいた。
「そんなわけねえだろ、俺は曲がりなりにも店をやっていたんだ、詐欺かそうでないかぐらい見分けてる!」
「まあ、詐欺に引っ掛かるほどの間抜けだとは思わないけどな、しかし……」
パラクスは、スクルドの後に控えていたハウエルとローザを見る。
「その二人が客とやらか」
「おうよ。こいつらただの若造じゃねえ、聞いて驚け、なんと」
パラクスが素早く目を走らせる。
「貴族なんだろう。地方領主か」
「おぉおい、解答が早すぎるぞ」
「ご明察」
ハウエルが短く答えると、パラクスは続ける。
「服装である程度は分かる。娘っ子のほうの服は王都の流行りではないから地方領主と考えた。そしてそうだとすれば、お前が受けた美味い話とは、鍛冶屋、特に鉄砲鍛冶としての仕事だな」
スクルドに代わり、ハウエルが答える。
「全くもっておっしゃる通りです。私たちは銃器生産に必要な一連の人材を求めています。自己紹介が遅れました、私は荒天伯ハウエル、あのひなびた地方を治める領主です。こちらの従者はローザ」
「ローザです。ハウエル様の一番の家来です」
「それはどうかなあ?」
「さて、主様が最後におねしょしたのは何歳でしたっけね」
「それ脅しのつもり……?」
「主様が私に情熱的な接吻をしたあの日……」
「そうやってすぐ妄想する」
見ていたパラクスは、ふっ、と口角を上げる。
「ずいぶん愉快な主従のようですな。荒天伯ハウエル様、狭いですがどうぞ中へ。あなた様の話はさぞ面白いに違いない」
パラクスは愉快な伯爵たちを招き、スクルドには「お前はもういい」と言い放った。
銃器鍛冶は少しばかり不満げだった。
ハウエルはパラクスに事情を話した。
「私たちは銃器鍛冶、製鉄技師、採掘技術者を必要としています。貴殿も製鉄技師として我が領地にお招きしたいのです」
「ふむ」
パラクスはあごに手を当てる。
「ときに伯爵様。王都に何故人が多いかご存知かな」
「えっ」
不意の質問。
「王都は、伯爵様もおそらくはご存知の通り、人でにぎわっております。物流は豊富で、各国の情勢に関する噂も多く集まり、なにより活気にあふれている。それは何故でしょうかと、問うております」
彼はちらりとハウエルの顔を見る。
その表情に冗談の景色はみられない。
試そうとしている?
ハウエルは半ば察し、そして慎重に考え、静かに答えた。
「人が多いのは、人が多いからです」
「ほう」
パラクスの眉が、少しだけ動いたような気がする。
「物流は豊富で、噂という形で各国の情勢が集まる。街中には活気がある。そういう環境だからこそ、ますます物や噂や人がそこに集おうとします。なぜならそういった環境が快適で便利だからです。賑わいのある都市は、それ自体が人を呼び込み、寒村は、寒村であることそのものが人を遠ざけるのです」
「ふ……」
「王都の活気の、一番の始まりは私もよく分かりません。偶然の事情だったり、そのときの情勢に応じて、豪族が戦略的に拠点を構えたのかもしれません。その豪族が王家の始まりだったかどうかも確信は持てません。なぜなら私は歴史については人並みにしか知らないからです。しかし」
ハウエルは慣れない長広舌を振るう。
「いま現在、人が集まり続ける原因は、すでに人や物や噂が集まり続けているという事実があるからです。循環論法のようになりますが、それは論法や詭弁というより真理というべきものでしょう。……我々の領地に関する展望も、全ては人を呼び込むためという指向性を持っています。寒村の円環、人が減り続けるという負の運命を脱し、人が集まり続ける正の循環へ乗り出すべく、我々は知恵を日々絞っています」
「それが、鉄鉱を利用した銃の生産というわけか」
「然り。現在の荒天領の手札は、鉄鉱しかありません。これを活かすにはどうしたらよいか、全てはそこから始まりました」
ふうむ、と製鉄技師は腕を組む。
「なるほど、面白いな。人が増え続け、減り続ける理由にもきちんと答えられた。実際は日々のやりくりでその詳しい研究どころではないのだろうが、しかし少なくとも、考えて答えを出すだけの力はある」
ハウエルは頭を下げた。
「お願いです。私たちの下へいらしていただけないでしょうか」
「……主に不足なし、私も荒天領で力を振るいましょう……といいたいところですが、懸念が一つありますな」
「それはなんでしょう。できる範囲でなら最大限協力いたします」
「光栄です。しかし領土や政治とは関係なく、ごく私的なものです。具体的には不肖の息子のことで……」
パラクスは、恥じ入るように声を小さくした。
息子が悪い仲間とつるんでいる。
その悪い仲間と息子の縁を切ってほしい、というのがパラクスの望みだった。
あくまでパラクスの目を通してではあるものの、その息子、バーグは、とうに仲間たちの悪さに見切りをつけ、離れたがっているという。
それでも離れられないのは、やはりしがらみがあるからといったところだろうか。
「ローザ、今回は荒事がありそうだぞ」
そういったしがらみがあるとすれば、最終的に暴力で解決するしかない。
あまり事を荒立てたくはないが、説得が効くような相手とも思えない。実際的な手段として想定するべきである。
淡々と述べるハウエルに、従者は心配顔。
「主様、くれぐれも気をつけてください」
「ローザこそ気をつけてね。その可愛い顔に傷が付いたら、私が悲しい」
「フヒ……!」
突然の言葉に、ローザはあからさまにうろたえる。
「あ、主様、こんなときに冗談はいけませんよぉフフフ」
「半分は本気だよ。きみはとてつもなく強……もといそこそこ遣えるのは分かっているけど、万一傷が付いたら一大事だ。野郎の顔とは違うんだよ」
「主様……」
彼女は目をうるませる。
「あーでも、主様が私をもらってくれれば傷うんぬんは関係ないですよね! 精一杯お世話させていただきますよ!」
「考えておくよ」
「主様のいけず! ばか!」
なんとも玉虫色な返事に、ローザは主を軽く叩く。
「もう! 私ほど主様を大切に思っている人はいないのに……」
「どうした?」
「もう!」
また軽くペチリ。
「……とにかく、バーグの『悪い仲間』と立ち回りになることは覚悟しなければならない。その戦いはほぼ避けられないと思う。ついでにいえば」
「ついでにいえば?」
「その『悪い仲間』、スジ者とつながっていないとは思えない。別途処置が必要だろうね」
「根こそぎって感じですね」
「その通りだよ。やるなら徹底的にやらないと、禍根を残すことになる。……この辺からが連中の領域だそうだ。用心しよう」
彼らはそこで話を打ち切り、裏路地に入った。
彼らのたまり場と思しき場所。
その扉を蹴破り、開口一番。
「ここにバーグはいるか! 私はハウエルという者だ!」
突然の乱暴なあいさつに、たまっていた「悪い仲間」たちはあっけにとられる。
「もう一度聞く、ここにバーグはいるか!」
何人かが指を差した。
「その男か。なるほど、パラクスの面影がある」
「親父が?」
するとハウエルは問答無用と言わんばかりに、彼を組み敷いた。
すかさず、ローザが持っていた縄で縛った。
「痛っ、おい、やめ――」
「貴殿にはここにいる連中と縁を切ってもらう」
「え?」
バーグはまだ状況を飲み込めず、いささか間抜けな声を上げる。
鳩が豆鉄砲を食らったような、とは、まさにこのことをいうのだろう。
「貴殿のお父上がそれを望んでいる。もう二度と不良どもとはつるまない、と、ここで誓え」
「何を……」
「いいから早く誓うことだ。ためらうごとに痛い目に遭ってもらう」
言って、ハウエルはバーグのみぞおちに一撃。
「ぐへぁ!」
「さあ早く!」
「わ、分かった、誓う、誓うからゲホゲホ」
「本心から誓え、軟弱者め!」
「グエ! 分かった誓う!」
追い打ちで一発。
ここでさすがに状況を少しは把握したのか、周囲の仲間たちが動き出す。
「おい、バーグに何しやがる!」
「いや、それ以前にいきなり俺たちのところに入ってきて、何してんだ!」
「お、私たちの活動を邪魔するつもりか。いいだろう、尋常に勝負!」
言い終わる前に、不良の一人を蹴り飛ばした。
「ブヘッ!」
「こいつ……囲め、囲んで捕まえろ!」
しかしハウエルたちもさるもの。囲みを常に破るように立ち回り、その中で着実に不良たちに打撃を与えていく。
回し蹴りが飛ぶ。渾身の突きが直撃する。ここぞと放たれた一撃があごをえぐる。
ハウエルとローザのたった二人に、不良たちはどんどん削られていった。
逃げようとしていた最後の一人に、ハウエルは組み付き、そのまま地面に投げ落とした。
マウントを取りつつ尋問。
「きみには聞きたいことがある」
「ぬぐぐ……何をだ」
「後ろ盾になっているスジ者の居場所はどこだ」
ちょうどいいところにあった彼の手、その人差し指を逆の方向に曲げようとする。
「痛いぃ!」
「答えなければ折る。それでも答えなければ他の指も折る」
「分かった、話す、話すから!」
戦いの意思がないのを確認したハウエルは、マウントを取ったまま、指にかけていた手を放した。
あとの話によると、一連の流れを見たバーグは、恐怖に震えていたという。
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