◎第09話・銃器職人

◎第09話・銃器職人



 一度引き返してローザと合流し、女の子――サリーというらしい――の道案内で、とあるところに来た。

 看板に「鉄細工の店スクルド」とある。いかにも個人経営の店だ。


「……鉄細工? 鉄砲鍛冶には……」

「ですよね……」

 言って、しかしハウエルは直後、だいたいを察した。

 この店の主は、何かのきっかけで銃器鍛冶をやめた。そして糊口をしのぐために、自分の技術をどうにか役立てられそうな鉄細工の店を開いた――のではないか。

 しかし個人の店を作れるということは、銃器鍛冶としては結構な実入りがあったに違いない。仮に工業ギルドに所属していたとしたら、結構な地位を築いていたのではないか。


 つまり、期待が持てる。腕前にも、その人脈にも。

「お兄さん、入って」

 サリーが扉を開いた。



 ハウエルは貴族の礼をして、中に入った。

「失礼いたします。私は荒天伯のハウエルと申す者です。店主殿にお会いいたしたく」

 言うと、物陰から、ぬっと大柄な親父が出てきた。

「俺だ」

 筋骨は隆々と、背筋は伸び、背丈は並程度のハウエルを大きく上回っている。しかしこういう無骨な男につきもののひげは剃ってあり、どころか細かく手入れされているようだ。

 鍛冶屋ということを考えれば答えは予想がつく。火を扱うため、ひげに引火することのないようにしているのだろう。

 そういえば爪も髪も短く切りそろえてあり、着ている服も最大限邪魔にならない意匠のようである。

 鍛冶屋を心得ている男である。少なくとも腕は悪くないのだろう。


「何か用かな?」

 観察するハウエルに対し、怪訝に問う彼。

「いや、じろじろ見て失礼いたしました。かなり鍛冶職人として行き届いている方であると推察されるもので。鉄細工というより、もっと大きく専門的なものをやっていらしたのでは?」

「ほう。確かに少し前まで、銃器鍛冶をやっていた。いまも鉄細工を……しているがな。その推察に至ったのはなぜ?」

 ハウエルは理由を説明した。


「むう。若いのによく観察しているな、伯爵殿。……俺はスクルド。この店の主だ」

「ありがとうございます。やはり貴殿が店主殿で」

「ねえ、どうしたの? よくわからない」

 理由の分からないサリーは、たたたっと小走りにスクルドへ向かった。

「……んん? 服が汚れているぞ、大丈夫か」

「あのお兄さんたちに助けてもらったの!」

「ああ、言い忘れていました。そのお嬢さんがチンピラ三人に絡まれていたようで、私が力で言い聞かせました」

「なるほど、ではその剣を手入れしてやろう。貸してくれ」

「せっかくですがその必要はありません、素手でやりましたので。サリーちゃんの持っていた酒瓶は、おそらくそのチンピラに割られてしまったようですが……」

「素手で! 腕の立つようだな。酒はこの際どうでもいい。そんなお前を見込んで頼みたいことがある」


 言うと、ハウエルも笑顔で返した。

「私も貴殿にお願いしたいことがあります。まずは私からお話ししましょう。突然お訪ねしたのは私ですから」

 経緯。必然的に滝の砦の左遷決定から話さなければならないが、せっかくの鍛冶屋を味方にできる好機、背に腹は代えられない、と彼は覚悟を決めた。


 彼はざっと説明した。

「私たちは、そのような展望の下に、領内に来てくださる銃器鍛冶、製鉄技師、そして鉱夫を探しております。こうしてお会いしたのも何かの縁、ぜひスクルド殿や、貴殿と運命をともにできる鍛冶屋にいらしていただきたいところなのです」

 言いつつ、頭を下げた。

「この通りです。お願いします」

 彼の願いを聞いたスクルドは、あごに手を当てた。


「ハウエル伯爵、俺の頼みたいことは、どうやらほとんど言わなくていいようだ」

「ん? どういうことです?」

 首をかしげるハウエルに、ローザが一言。

「もしかしてスクルド殿も、銃器鍛冶としての職を探していたんですか?」

「その通り。頭のいい嬢ちゃんだな」

「エヘヘそうでもないですよおぉ、主様よりちょっと目端が利くだけで、なかなか主様は褒めてくださらないんですから」

「おい」

 ローザのこめかみをこぶしでグリグリした。


「痛たたた!」

「で、『ほとんど』言わなくてもいいということは、何か少しは事情があるのですね?」

「ご明察。そもそも俺は――」

 このスクルドは、ハウエルの予想通り、かつてギルドに属していた。

 しかし、先代ギルド長の死後、その後釜をめぐる政争があり、そもそもそういったものが苦手だった彼は、負けてギルドを追放されてしまった。

 仕方がないので彼はいま、鉄細工屋として細々と暮らしているようだ。


「だから、政争とかくだらないことがない職場で働きたい。……もう一つある。ここにいるサリーのことだ」

「なあに、おじちゃん」

 横で遊んでいた彼女は、とてとてとスクルドに向かう。

「こいつは俺のめい、姉の娘だ。姉は戦場で死んでこの世にいない。サリーの衣食住を保証できる働き口が良いということだ」

「仕事中、世話を代わりにしてもらえる、ということですか?」

「そこまでは望まない。そもそもこいつはもう、一人である程度できる齢だからな」

 スクルドはサリーの頭を、ゴツゴツした手でなでる。

「うぅー」

 ハウエルは腕を組む。


「回答をしましょう。まず政争についてですが、当然ながら、銃器鍛冶の仲間内という意味では、現在政争をする相手はいません。貴殿が野心的な人物を連れてきたなら話は別ですが、いまのところはその心配はありません」

「そうだろうな」

「しかし、領土自体が改革の真っ最中であり、領地にいるのは、ディレク村以外の村々やその自警団など、必ずしも私に忠誠心のある人間だけではありません。中には、『外』から連れてきたあなたを排斥しようとする者もいるかもしれません。もっとも、貴殿が安心して仕事をできるように、我々も最善を尽くします」

「そうか」


「サリーちゃんの衣食住について。もちろんこれは保証できます。ただし、城下のディレク村には元々凶賊だった人間がいます。当然、凶賊団の組織は分解済みで、かつ我々の主戦力として厳しい軍紀に服しています。これを信用されるかされないかは、ひとえにスクルド殿の判断というべきです」

「なるほど。荒天領では賊を捕らえて味方にしたという噂は聞いていたが、本当だったのか」

 スクルドはしきりに納得している。

「そうです。もっとも、ただ賊を見境なく抱えたのではなく、我が領内のやむにやまれぬ事情でそれに至ったことをご理解いただければ幸いです」

「それも噂で聞いた。自警団の指揮命令権が発端と聞いたが」

「おっしゃる通りです」

「むむ、そうか……」

 しばしの沈黙。スクルドは目線を伏せる。


 ハウエルにとって正念場だが、スクルドにとっても人生の転機であり、よく考えなければならない局面であろう。

 沈黙。伯爵にはとても長く感じたが、それほど長くないのかもしれない。

 やがて、彼は顔を上げた。


「分かった。新天地でもう一度、銃器鍛冶の仕事をさせてもらう。お前たちは不利な事情も話してくれたからな。信用できると俺は思う」

「ありがとうございます。ご決断が間違っていなかったことを、我々が証明してみせます」

 ハウエルは内心緊張していたが、緩んで大きく息をついた。


「とはいえ少し準備もあるし、仲間だった連中も集めてくるから、少し時間をくれ」

「もちろんです。何かあったら、当面は私は屋敷にいますので、お尋ねください。それから」

 彼は紐をたぐるように。

「製鉄技師でお知り合いはいませんか」

「ああ、もちろんいるさ。紹介してやる」

 スクルドはニカッと笑った。

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