◎第14話・最後の所用

◎第14話・最後の所用



 教えられた家へ。

「主様、さっきから移動してばっかりですね。私疲れました、おんぶしてください!」

「ローザは屈強だから、この程度はなんでもないことだろう?」

「もう! 女の子に向かって屈強だなんて失礼な!」

「だって実際強いじゃないか。スジ者にしろ高利貸しにしろ、ローザの的確な援護があってのものだよ」

「それ褒めてない!」

「ローザには本当に感謝しているんだ。すごくよくできる人だなあって」

「ごまかされませんからね、私はか弱い女の子! か弱い乙女なんです!」


 あくまでも自分が弱いことを主張するローザ。

 なぜこんなにもごまかそうとするのか、彼には分からない。

 しかも二段階にわたって隠している。ハウエルが直に見た力と技の冴えも充分なほどだが、まれに尋常ではない動きや技術が発揮されている。彼女の本当の実力は、この王国でも指折り、あの勇者に対してですら互角以上の戦いをできるだろう。彼はそう見ている。

 複雑な感情を、しかし今は放っておく。


「はいはい、か弱いか弱い。それよりここがニトラルの言っていた家だな」

 彼は今度こそ普通のやり方で訪問する。

「失礼します。王国の伯爵のハウエルです。ラナ殿についてのことをうかがいにまいりました。ニトラル殿から紹介を頂いています」

 通常の礼儀通り、軽く扉を叩く。蹴飛ばしたり荒っぽい口をきいたりはしない。


 相手も素直に出てきた。

「ハウエル伯爵でございますか」

「然り」

 すると相手は扉を開ける。が、中へ入らせることはしなかった。

「言伝がございます」

「……言伝?」

 彼は首をかしげる。

「今日の夜、二十一の時、この街の外の『英雄の大樹』においでください」

 唐突なアポイントメント。

「英雄の大樹……聞いたことはあるが」

「然り。神話の英雄が大きな足跡を残したとされる、周り二十人が囲めるとされるあの大樹でございます」


 ハウエルは、王都に定住しているわけではなかったが、存在といわくは知っている。それほどに有名な物体、というか場所であった。

 もっとも、名所ではあるが街の外でありそばに何もないため、ここを訪れる者は少ないはずだ。

 まして二十一の時となればすっかり夜。誰も通りはしないだろう。

「そこに何かあるのですか」

「それは行った後に分かります。では伝言も済んだのでこれにて」

「伝言? 誰が……ちょっと、待って――」

 一方的に告げた相手は扉を閉めた。


 結局伝言通り、ハウエルらは一時的に王都から外出し、英雄の大樹へと向かう。

「なんなんでしょうね。一方的に人を呼びつけて」

「いや、まあ、訪問した私たちも一方的に行ったからね」

 言いつつも、ハウエルはこの不思議な待ち合わせの伝言に何かを感じていた。

「行った先にラナ殿がいればいいなあ。楽で」

「もう、どうしてうちの主様は楽をしようとするんでしょうね」

「楽じゃない道ばかり歩んできたからね……」


 不意に口をついた、苦労のこもった一言に、さすがの従者も言葉に詰まる。

「……そうですよね……」

「あっと、別に荒天領送りの件だけじゃなくてさ。その前も敵地との最前線で、滝の砦に詰めていたからね」

「楽ではないですよね。言い過ぎました。ごめんなさい」

「いや、いいんだ。色々思い出してさ」

 彼は、まだ人生は長いとはいえ、これまでの苦労を振り返った。

「兵站主幹の仕事も、思えば大変だった。限られた予算で設営をどうつなぐか、どこにどれほど物資とか兵を配置するか、兵站線をどのように描くか、頭を悩ませたものさ。種類は違えどいまも似たようなものだけどね」

「そうですね……」


「そういえば現在の担当は元気かな。ちゃんとやっているだろうか。ちょっと畑が違う気がして、大変そうだけどね」

 ローザはどう返していいのかわからなさそうな顔をしていた。

「どうでしょうね……」

「おっと、樹が見えてきたぞ。……先客がいる!」

 彼はさっと覚書を取り出す。

「書かれた通りの風貌だ、間違いない、ラナ殿だ」

 彼は覚書をしまった。



 二人に、ラナはあいさつをした。

「夜分にごきげんよう。ラナと申します」

 元、伝説の隠密。立ち居ぶるまいが静かでかつ隙のなく、その肩書きは嘘ではないことが容易に見て取れた。

「荒天伯ハウエルです。こちらは従者ローザ」

「お待ちしておりました」

「……お待ちしておりました? まるで私に捕まるために待っていたような」

 疑問に、彼女が答える。

「然り。主ラグリッチは、ハウエル様に援助の申し出をするために、このような企画を開きました」

 ハウエルは目をぱちくりさせる。



 なんでも、ラナを探すという課題は表向きのものにすぎないという。

 ラグリッチは滝の砦にハウエルがいたころから、その噂を聞き及んでおり、荒天領赴任後も凶賊たちへの計略や銃器製造計画、そして王都での、主にスジ者などとの戦いの情報を耳にしたという。

 いっそう興味を覚えたラグリッチは、企画の体裁でハウエルに支援の申し出をし、ハウエルは参加という形でこれに図らずも答えたというわけだ。


「なぜそのようなまわりくどいことを……直接交渉にいらしていただければ、もっと簡単だったのでは?」

「その辺は主の趣味というものです。主に限らず富豪の世界というのは、しゃれっ気と回りくどさが粋とされているようです」

「粋か……」

 あまり理解はできない文化である。それはハウエルが、伯爵とはいえ元々前線の武官だったからだろうか。


 ともかく。

「しかし私たちが手配書を見逃した場合は、どうするつもりだったのですか?」

「ご心配なく、方法はいくつも用意しておりました。例えばあの製鉄技師パラクス殿から誘うとか、あるいはもっと直截に主がハウエル様のもとを訪れるなどです。ああ、パラクス殿は今回は、企画について何もお教えしませんでしたよ」

 既定路線だったようだ。


「しかし資金援助ですか。見返りは何を望まれますか」

「主が長を務めるラグリッチ商会を、貴殿の領地の御用商人にしていただきたいとのことです」

「御用商人?」

 ハウエルはまたも目をぱちくりさせる。

「恐れながら、いまはあの領地には、ほぼ何も見るべきところがありませんよ」

「いまはそうでしょう。しかし伯爵様の、鉄砲鍛冶で村おこしをするという計画は、主にとっては何かピンとくるものがあったようです。また、伯爵様個人にも、伝え聞くその手腕には大いに期待を申し上げているとのことです」


 つまり、苦労は少しだけ報われた。

 見ている人はいるのだ。

 彼はそれを思うと、少しだけ連日の疲れがとれた気がした。

「なるほど。こちらとしても御用商人は歓迎したいです。ただ、暴利やあくどい振る舞いには、甘くするつもりがないことははっきり申し上げております。村民は貴重な住民ですので、その生活を困らせるようなことは、ないようにしていただきたく。大変失礼ではありますが、その点は念押しいたします」

「主もそれは充分に承知しております。もとよりラグリッチ商会は、そこらの半端な商人もどきとは違いますゆえ、ご安心ください」

「なるほど。器の違いというわけですね。分かりました、よろしくお願いいたします」


「ちなみに、荒天領内、城に近いところにラグリッチ商会の支部を構えるつもりです。まあ近日中には、営業できる状態になるはずです」

「来てくださるのですか、それはよかった、村もにぎわうでしょう」

 ハウエルは満面の笑みを浮かべた。

「よかったよかった、本当に良かった」

「ところで」

 ラナはまだ用事があるようだ。

「貴殿の武芸の腕は一流であると聞きました。私といま、ここで一騎討ちの試合をしていただけないでしょうか」


 言って、そばに用意していた木剣を、一振りはハウエルに渡し、もう一振りは自分の手に。

「試合をですか」

 ハウエルは丹念に木剣を調べようとするが、ラナは首を振る。

「それに何かを仕込んだり細工したりなど、こすい真似はしませんよ。誓って、ただの木剣です」

「なるほど、そうですか。失礼しました。……いいでしょう。貴殿も腕に覚えがあると見ました。私はわざわざ強者と腕比べをしたいという発想はないですが、お世話になるものですから、ご希望は聞きましょう。最初の間合いはこの辺からでよいですか」

「かまいません。始まりの合図は、そこの従者殿が行ってください」

「ええ、私がですか? まあいいですけど」

 ローザは突然の指名に驚き顔。


 ラナとハウエルは互いに木剣を構える。いつでも戦える体勢だ。

「お願いします」

「まあ。……では用意……始め!」



 始まっても、お互いすぐには斬りかかりはしなかった。

 この元隠密、経歴の通り、半端ではない。

 構えを見ただけでハウエルには分かる。

 すぐにでも攻勢に回れる剣先。それでいていつでもハウエルからの打ち込みを捌ける体勢。ハウエルは、この女性がおそらく自分とほぼ互角であろうことを察知していた。

 とはいえ、話の流れからいって、ローザに交替するわけにもいかない。

 自分が戦うしかない。


 これが真剣での勝負だったら、おとなしく逃走してローザほか助けを呼んだだろう。

 それほどまでに相手は強大だった。

 お互いの剣が、かすかに揺れ続ける。攻撃の機をうかがいつつ、敵からの打ち込みに備えるために。

 隙を待つしかない。

 二人の剣は徐々に大きく揺れる。

 互いに不用意な攻撃を誘うために、限界近くまで牽制を続けている。


 最初にかかってきたのはラナのほうだった。

「いやあぁ!」

 大きな踏み込みから、闇をも切り裂く一撃。

 しかしハウエルは、ギリギリまで待ったうえで紙一重で避ける。

 そして雷光すら怯えすくむほどの、神速の反撃。

「はああぁ!」

 その剣はラナののど元でピタリと止まった。


 勝負は一瞬だった。長く時間がかかったが、一度動いたら瞬きの間に勝ち負けが決まった。

「勝負やめ! ハウエル様の勝利!」

 いちおう立会人であったローザが試合を締める。

「ふーっ、よい腕前でした」

「こちらこそ、勉強になりました、伯爵様」

 互いに疲労の色が濃い。

 動いたのは少しだけだったが、互いに読み合い、神経をすり減らし合い、隙をうかがい続けたのだから、試合の最中は、少なくともハウエルにとっては緊張の極致だった。


「伯爵様はなかなかな腕前でいらっしゃいます。安心して取引相手になっていただけるというもの」

 それを剣術の腕で測るの?

 彼は一瞬、疑問を抱いたが、すぐにやめた。考える必要はない。

 きっとラナは見た目に似合わず、思考が武闘派なのだ。そうでなければハウエルと互角の力量を身につけられないのだろう。

 彼自身は武闘派のつもりはないが、それはどうでもいいことだ。


「伯爵様、ではそろそろ夜も深いので、おいとまさせていただきます。主によい報告を届けることができて、大変喜ばしい限りです」

「ありがとうございます。ラグリッチ殿には、今後ともよろしくお願いいたしますとお伝えください」

 ラナ探しと大樹の一騎討ち、そして王都への滞留は、これでようやく終わりとなった。

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