ミドルホーン討伐

それはカザンがリブに、みっちりと基礎練をされている最中の事だった。

一本の電話が、受付に鳴り響いたのはー…



「…はい。…はい……っえ!?アルバ砂漠で…?怪我人はいますか?」



何か事件や事故がある度に、受付の電話が鳴るのだが、今回もそのようだ。

しかし電話を受けたの女の声色からして、路上の喧嘩や、迷子の話などではなさそうだ。



「落ち着いて下さい。できる限り距離をとって。ミドルホーンは毒を持っているから、手出しはせず逃げることを優先して下さい!

…怪我人には解毒が必要です。そちらに、Bランク以上の陣使いはいますか?」



データいじりをしている数名の女性達が、一斉にざわついた。


「ミドルホーンですって?」

「もう何年も見かけなかったのに」

「アルバ砂漠に…?どうして?」

「怪我人がでたの…?」



「…そうですか。では至急、保安部の者をそちらに送りますから、そのままなるべく距離を置いてー…


もしもし?…もしもし!


…」



ガチャン。



「アルバ砂漠に、ミドルホーンの雌。被害者3人中、怪我人1人」


電話を切った女はくるりと椅子を回すと、短的に部屋の者に説明。

ミドルホーンは三本の角をもつ、巨大なサイにも似たモンスターだ。


角や牙、爪にも猛毒を持ち、その毒を受けた場合は、死には至らないがBランク以上の解毒が必要とされる。

近年は、ロザリナ付近での目撃はなかった。



トゥルル・・・トゥルル・・・



「どうした?」


ガレットは会議から部屋に戻った直後で、すぐに受話器を取った。


「お柱、受付のステラです。緊急の仕事が入りました」

「何だ?」

「アルバ砂漠に出ていた住民が、ミドルホーンに襲われ一人負傷。解毒できる者がいないとのことで、至急Bランク以上の陣使いを派遣できますか?」

「ミドルホーンだってぇ?…間違いないのか?

…まぁどちらにしろ、住民がモンスターに襲われたんだな。

…アルバ砂漠か、分かった、すぐに向かわせる。このまま第2隊のカウンター、エルまで繋いでくれ」


その後お柱の指示はエルに伝えられ、そこから隊員のリョウという人物に伝達された。


「リョウ、あなた達が1番近いわ。そのまま向かって」

「分かりました。すぐ行きます」



そういうわけで、仕事に出ていた第2隊の男女ペアが、ミドルホーン討伐に向かうことになった。

ここまでは、よかったのだ。




「リョウさん、アルバ砂漠って西門出てすぐですね?」

「そうだよ。行こう」



リョウと呼ばれた男性は見るからに兄貴分で、スラリとした長身に、優しそうなタレ目だ。

その隣には、真っ黒い髪を真っ直ぐ伸ばし、下手したら顔も隠れそうな控えめ少女。


2人は魔法陣を描き、自分の足元に浮かび上がらせる。自ら移動する身体移動、"ワープ"だ。

2人の足元には黄色の魔法陣が浮かび上がり、その直後光の柱が各々を包むと、姿は消えた。



向かった先はアルバ砂漠。砂漠というが荒れ野に等しい。

被害者のことは、すぐに見つけられた。そして、ミドルホーンのことも。

被害者3人は岩陰に隠れ、魔法陣で呼び出したであろう大きな鳥で、遠くに見えるミドルホーンの気をそらせていた。



「大丈夫ですか!?」


一人、怪我人は倒れて動かない。


「解毒します!見せてください」

「もう…遅いんです」

「え…!?」


2人とともに息を飲んだ。怪我人の男性を前に、大人男2人が涙を流す姿を見て。


「…いや、ミドルホーンの毒で即死はしません」


そう言いつつも、リョウは治療をしようと膝をついて男性に触れ、信じられないと目を見開いた。


「…嘘だ…」


怪我人は、ミドルホーンの毒でか、既に息がなかったのだ。


「…ユミネ、この人たちをひとまず中央医院へ護送してくれ」

「はい」

「あとで、調査のためにお話を伺うかもしれませんが…ひとまず、ここから離れていてください」


ユミネは3人の男に"護送の陣"を取り付けると、病院へと送った。

倒れた男と、それを見ながら不安そうな男達は消えていった。



「…リョウさん、どういうこと?ミドルホーンの毒では死なないはず…」


「あぁ、即死はしない…一週間とか放っておくと危ないけどね…。ユミネ、サポート頼むよ。ミドルホーン1匹くらいすぐ終わる…」


術者が消えたことで、ミドルホーンの気をひいていた鳥も消えた

リョウがひらりと岩陰から躍り出ると、待っていましたとばかりに、ミドルホーンもこちらを振り返る。



うす汚れた、硬そうな皮膚。額から生えている三本の角。お世辞でも、とても可愛いとは言えない部類のモンスターだ。



「"雷牢(らいろう)"!!」



リョウは両手で自分の左右に魔法陣を描き、その後ブーメランが何かを投げるようにモンスターへと投げはなった。

リョウが一瞬で描き上げた魔法陣が、モンスターの上下に張り付く。


雷の力で牢屋を造る、"雷牢(らいろう)"。

リョウの雷牢がミドルホーンを捉えるだろうと思った。


・・・が・・・



「何っ!?」

「リョウさん、どうしー…」



ドオオオンッ・・・!!


突如地面が爆発した。


「リョウさん!」


ユミネが岩陰から飛び出して行く。砂ぼこりが立ち込めた。

たった今、リョウが立っていただろう地面は、下から突き上げるような爆発を受けていた。



「…大丈夫だ!」


砂ぼこりにまみれ、リョウが叫ぶ。


「誰かに操られているようだよ…ミドルホーンに魔法陣が張られている…

操られている上に、ご丁寧にカウンターが発動した。爆発はそのせいだ。


…来るぞ、結界をはれ!」





----------



カザンとリブが"ワープ"を発動して3秒後。

カザンは現場から300メートル近く離れた場所に着地し、再度ワープし直すという事があったが…無事に到着した。



「リョウ、何があった」


到着したリブは、その場の状況を確認すると、息を切らした隊員リョウに説明を促した。

リョウと呼ばれた男は、短い栗色の髪を汗で濡らし、優しげなタレ目は深刻そうだ。


「隊長!…すみません。ミドルホーン1体、何者かによって魔法陣を張られていて、普通のミドルホーンとは桁違いの強さにー…」


2人は結界を破って飛んできた、ミドルホーンの"粘液"を左右に避けた。


「桁違いの強さになっていて、かれこれ20分以上格闘してます!」


リョウは目先で結界を突き破ったミドルホーンを指差し、結界を破られた少女を助けに走り出した。


「カザン、来い」


初の仕事に棒立ちになりそうなカザンは、ハッとしてリブについてミドルホーンに近寄った。


「…操られているな。あいつの上下、そして後方にも魔法陣が張られている。

通常、遠隔で対象を操るようなケースは、1ヶ所に魔法陣を張るだけでもかなりの力がいるものだ。

…それを3箇所…あいつに魔法陣をかけたやつは相当の手練れと見ていい」


「一体、誰がー…?!」


リブはしばらく観察するように眺めていたが、一息つくと指を動かしー…5秒後。

ミドルホーンはぐるぐる巻にしばられ、地面に倒れて失神していた。


「…リョウ。こいつをこのまま研究部へ送ってくれるか」

「え…あっ、ハイ…!」


隊長、リブの強さはよく分かっているはずだった。しかし、自分達が必死で20分以上奮闘した相手が、瞬く間に倒れるとさすがに唖然としてしまう。

カザンには、何が起こったのかさっぱり分からないうちに、事は収束した。



「ユミネ、被害者は病院へ送ったのか?…今から行って、動ける被害者はお前が付き添って、情報部へ連れて行ってくれ」



リブはまるで何事もなかったかのように、2人の隊員に指示をする。

ミドルホーンに結界を張って戦っていた少女が、リブの指示に頷き、かぶっていた帽子を下ろした。



「あっ…!お前!実技ー…っ」



カザンは思わず口を開いたがー…今この状況で言う事じゃないと、すぐに口を塞いだ。


(実技試験、ペアだったやつー…!どう言う事だよ?!新人なのにもう仕事に出てたのか?!)


ユミネと呼ばれた少女は、長い真っ直ぐな黒髪を顔から払うと、無言でチラリとカザンに目をやった。

このか弱そうに見えた彼女は、実技試験でカザンを完璧に守り抜いてくれたのだ。



カザンは、彼女に謝らなければならないと思っていた。…が、それはまた事が終わってからだ。

そうして、リブとカザンを残して、2人は移動して消えていった。


「… …」


リブは少し怪訝そうな表情のまま、ミドルホーンの暴れていた地を見つめていた。



「…リブさん、あの…すんません、俺何もできなくて…」

「…?あぁ、見学も仕事のうちだ。何をさせるつもりもなかったんだから、できなくて当然だ、気にするな。

それより…気がかりなことが多い。お柱の所へ行くぞ」



この小さな事件が、波紋となりー…大災害を招かないことを願うばかりであった。

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