不穏な足音

「俺はお柱の所へ行く。お前は先に昼を食べに行くと良い。午後は俺ではなくリョウの指示に従って、一緒に動いてくれ」



カザンは一人保安部へ戻ると、ひとまず食堂へ向かう事にした。訓練所へ居た時の腹ペコが、今戻ってきたようだ。


(…リブさん、忙しいんだろうな。昼とか食う暇あんのかな…)


そんな事を思いつつ、カザンは食堂に並ぶと白衣のおばちゃんから、遠慮なく大盛りのトンカツを受け取った。



キッチンと洗い場で忙しそうにする白衣の人達。そして、その前の銀色のステンレスカウンターに、次々出される食事。

長テーブルでガヤガヤと食事をする、保安部員達ー…食堂は忙しく、流動的だ。



「やぁ、さっきはお疲れ。いきなり大変だったね」


カザンがトンカツを半分くらい食べた頃、先程のリョウと言う男が、隣の椅子を引いて声をかけてきた。


「俺はリョウ。まだ挨拶が済んでなかった、君が新入部員のカザンだね、よろしく」

「あ、うす」


カザンはリョウの手を握り返すと、ペコっと会釈を返した。


「リョウさんも、お疲れ様っす。すいません、俺見てただけで何もできなくて」

「いやいや、なんで謝るんだ?最初なんて見て覚えるくらいで良いよ。こちらこそ、初っ端あんまりカッコつく先輩の背中を見せられなくて、ごめんな」


カザンは首を振った。カザンにとって保安部の先輩というだけで、その背中は十分に大きい。


「そういえばリョウさん、さっき一緒にいた女の子って…」

「ん?ユミネのことか?ユミネは被害者のところから、まだ戻ってないな」

「…あの子、ユミネって新入部員っすよね?仕事に出てたんすか?」

「新入部員?…ユミネはもう3年保安部にいるよ。どうしてー…あー…そういうことか」


リョウはクスッと笑う。



「実技試験のことか、もしかして。彼女とペアだったんだっけか、ユミネが言っていたよ、そう言えば」

「俺、すんげーボロクソで怪我さしちまって、謝りたくて…でも、新入部員じゃない?んすか?」

「…そうだな、実技試験には君たちには分からないよう、数名の保安部員が忍び込んでいたんだよ。

彼女達も監督の役割を、補佐していたんだ。覆面でね。現場で実際に試験者とやり合いながら」



カザンはなぁんだと疑問が解けた。自分は、その少数の保安部員とペアに当たってしまったということか。



「怪我、大丈夫だったんすかね」

「なぁに、お前が心配するようなことじゃないさ。すぐに自分で治療していたし、一応医療班も見てたから大丈夫だよ」

「そっか…なら良かったっす」


「それはそうと、隊長はお柱の所へ行ったのか?…さっきのミドルホーン、気がかりだよな。情報部へ行ったんだけど、外部から入ってきた可能性はほぼ無いって。町の結界があるからね…」

「…じゃあ、町の中に元々いたってことっすか?」

「まぁ、そう言うことになるな。山から降りてくる可能性もゼロではないから。ただ、背後に何者かの存在があるのは確実だからね…ただのイタズラってことも、もちろんあるだろうけど」

「町の人が被害に遭ってたから、とんだ事件っすよね」

「そうだな。…まぁ、この件は隊長とお柱の見解を待とう」


面倒見がよさそうな兄貴分、優しく頼れるそんな雰囲気のリョウを見て、カザンは一瞬自分の兄を思い出すのだった。

__________________



派手な柄の絨毯の上にどっかり座るガレットは、片手でボリボリと茶菓子をつまんでいた。


「お前も食うか?リブ」

「いや…お気持ちだけ」


リブはお柱の正面へ座ると、小さく一息をつく。


「そうか?…で、どうだったよ、ミドルホーンはよ」

「それがー…」


リブは一通りを報告した。何者かに操られていたこと、被害者がいたことー…

お柱は茶菓子をかじるのをやめると、下唇を突き出しフゥーと額に風を送った。


「何とも言えねぇ、一概にはな。だがあれだ…一応嗅ぎ回って調べてみにゃならねぇな。あとは研究部の解体が終わるのを待たねぇといけねぇ」

「…どう思います?」

「俺か?…そりゃ、ただのイタズラとも思えねぇし、単発事件って気もしねぇよ、残念ながらな。

話聞く限り、遠隔でミドルホーンになんの副反応なく…完全に操りきるなんて…犯人はそこそこの腕だろ。

何のために、何がしたくてってとこだ」



ガレットは、部屋の奥に並んでいる、額に入った写真に目をやった。歴代のロザリナお柱達の写真だ。

1番右にはガレットの厳つい笑顔の写真が、その隣にはロウのように白い顔の男の写真があった。


…お柱前任者だ。



「…クロガネ」



ガレットが、呟くようにその名を呼んだ。その名前一言で、ロザリナの最悪な時代が、走馬灯のように思い出されるのだった。



「…まさか」


リブは首を振る。このミドルホーンの件と、"あの男"を繋げたくはなかった。


「いやぁ、ただ思い出しただけだ…でもよ、リブ。少し注意して過ごす必要があるぜ…こんなわけの分かんねぇ事件の後はよ。

小さい事も見逃すな。何かが繋がるかもしれねぇだろ。


…っつーのも、お前にだけ今話しておくが…実はルブランの町で不穏な騒ぎが起こりそうでな。今朝からスカーレットが調査に出てる」


スカーレットとは、第4隊隊長のことだ。ガレットにも負けないガタイの良さと、生真面目で寡黙な隊長だった。


「不穏な動き…?」

「外に出ていたルブランのお柱が、連絡がつかないとかなんとかで、町が騒いでる。そんだけじゃよくわかんねぇから、スカーレットがすぐ調べに入った。時期に戻るだろうが…まぁ、そういうこったよ。

何がどう繋がるかわかんねぇからな、事件ってのはよ」


無言で少し視線を落とすリブの膝を、ガレットが熊のような手でパンパン叩く。


「まぁ、俺はどんと構えてるぜ。いつか、"アイツ"は必ず戻る…分かっているからこそ、小さな動きも敏感にならにゃなんねぇ。そうだろが?

なぁに、心配はしてねぇよ、お前がいるからな」


ガレットはガッハッハとひと笑い。


「7年前から変わんねぇよなぁ、俺もお前もよ。いや、変わったか。俺ぁ町の民間組織からお柱になって、お前はゴールドになった…


お前が相方だからよ、なぁんも心配はしてねぇんだ」

「…お柱、貴方…」


お柱は1人何か、感じているのだろうと、思った。お柱の勘かそれともー…


「"アイツ"と対峙した者の勘かもしれねぇな」


来ると、言うのだろうか。クロガネが、戻る日が近いと感じているのだろうか。


「…今日のことだけじゃねぇ。近頃の細かい町の出来事、全部考えていた。

なんなら町の"裏"の部分もそろそろ見にいかにゃならねぇと思ってた…


…リブ、まだ確証はねぇ。でも、備えてくれねぇか。俺の勘に頼ってくれんならよ。

お前だけでも、気持ちを備えててくれ」


あまり、考えたくはなかった。平和だった7年間。いつか来る脅威は頭の片隅にありつつも、やっと作り上げてきた町の平和が、守れてきているところなのだ。


「…お柱、ならなぜカザンをとったんです…?彼がそんなすぐに死守を使えるようになるとでも…?」

「そりゃ、お前を信頼してる。それに、そんな今すぐ何か起こるわけじゃねぇだろ。まぁ、1年なのか2年なのか…猶予は俺にもわからねぇけどよ」

「1ヶ月や2ヶ月だったらどうするんです?」



戦とは足音が聞こえてきてから、いつそれが起こるのかが予測つかない。予期せぬタイミングだってあるわけだ…カザンの兄の町が、突如攻め込まれたように…


「ガッハッハ!1ヶ月で来られたらたまんねぇな!そんときゃそん時。俺もお前もジュエイもー…優等生揃いじゃねぇか。問題ねぇよ」

「…まぁ、1ヶ月はないでしょうけど。

貴方は…俺が思っていたよりもずっと、クロガネの事を考え続けていたみたいだ…。俺も警戒強めておきますよ。…とりあえずミドルホーンの解体結果と、スカーレットの報告を待ちつつ」


「おぅよ。まぁ、今構えんのは俺たちだけでいい。隊員達には、気楽に明るく成長してもらおうぜ」


リブは膝に手をかけ立ち上がると、ひとまずお柱の書斎を去った。

ガレットは、再び動きもしないクロガネの顔写真を遠目に見据える。



「てめぇは…7年も経った今、再び動こうとしてんのか…?


…そんなにも…


…そんなにも、ロザリナが憎いか…」


写真のクロガネは、相変わらずにこりともしない冷徹な表情で、ガレットを見返している。


「…違うか。…ロザリナじゃねぇのか…?

お前が憎いのは、俺だけなのか…?」



ガレットは、7年前のある出来事を鮮明に思い出していた。自分が、この町のお柱を務めるきっかけとなった、"今世紀最大の戦い"をー…。



「…だったら……お前の相手は俺だけだ。

この町には手だしさせねぇ。

個人的な復讐なら、ステージは何もロザリナじゃなくたっていいはずだ。お前の刃は俺が受け切る。

ロザリナ…舐めんじゃねぇぞ…」



ガレットの巨大な手で握られた拳は、まるでロザリナの運命を握っているかのように見えた。

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