おかえり

「……それで?

 そのあと、葉月さんとはどうなったの?」


 返事のない祢子を振り向くと、彼女は小さな寝息を立てて、机に突っ伏していた。


「えー……もぅ。

 話したいことだけ話して、寝ちゃったの?相変わらず、勝手なんだから」

 とおるは軽くため息をついて、彼女が握りしめた飲みかけのマタタビ酒を片付ける。

(……彼女のことはあとでベッドに運ぼうか)

 タオルケットだけそっと彼女の肩に掛けた。


「……へっくちんっ!」


 既に少し身体が冷えてしまっていたのか、それとも埃が舞ったのか。小さなくしゃみをする祢子。

 次の瞬間、パッと彼女の姿が消えた。フワッとはためくタオルケット。そこから覗くのは小さな黒い頭に三角の耳……。ピョコンと、反対側から黒いしっぽも飛び出して、タオルケットはハラリと落ちた。

 居間の机で眠っていたのは酔い潰れた女性ではなく、艶やかな毛皮の黒猫。


「……あ。ホントにもう、祢子ったら」


 後片付けを済ませて台所から戻った透は、そう呟いてタオルケットをかけ直す。そして、優しい目でじっと見つめ、撫でようと手を伸ばし……かけたものの引っ込めた。

 そして、彼女の側にそっと座る。彼女のことを起こさないように、触れないように。……何かの拍子に彼女が消えてしまうような気がして。


 ――彼女、玄野祢子は一度死んでいる。

 何かがあって、祢子が葉月と死に別れたであろうことは、透にも分かっていた。彼が彼女と出会ったとき、彼女は仔猫の姿だったから。きっと葉月とはそれ以前の関係で、もうずっと会っていないのだろうと……。


「……ずっと。僕はずっと君の側に居たいよ」

 泣きそうな想いをぽろっと落とすと、祢子は彼の頬をペロッと舐めた。少し紅くなって目をそらす透。

「……寝てたんじゃ……なかったの」

 少し口を突き出してそう言うと、彼女は人に戻って小さく笑う。


「ふふふ。

 透が後片付け済ますの待ってたの」

 そして、キュッと抱き締める。「甘えたって誤魔化されないよ!」と言いながらも、更に朱くなる透。祢子は喉を鈴のように高く甘く鳴らす。


 ――いつの間にやら雨は止み、虫の声が響く夜。春は過ぎて、今や夏。暑い季節はまだまだこれから。

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