第21話 ドラゴン・コンフュージョン

 謎のドラゴン部隊を追うトリオン。

 そんなトリオンを追うわたし。

 とても冷静とは思えない状態のトリオンは、怒りのこもった遠話魔法を散らかしている。


《なぜ逃げる臆病者! 元龍騎士なら、正々堂々と戦え!》


 この言葉は謎のドラゴン部隊にも聞こえているはずだ。

 だけど謎のドラゴン部隊は、少しも振り返ることなく逃げ続ける。


 しばらく空を駆ければ、雨が弱まってきた。

 雨が止もうとしているから雨が弱まってきたんじゃない。

 わたしたちは、吹き出す魔力で雨雲が追いやられた魔泉のすぐそばまでやってきたんだ。


 すぐそば、と言っても魔泉まで5キロは離れているはず。

 それなのに青い魔力のカーテンは、すぐ目の前で揺らいでるみたい。


「こんなに魔泉の近くに来たの、はじめてだよ」


「がう! がう!」


「そうだね、そろそろ魔法が使いづらくなってきちゃうね」


 青い魔力のカーテンは、アオノ世界の根元から吹き出す大量の魔力そのものだ。


 魔法とは、地下から滲み出す、ごくわずかな魔力に干渉して起こす現象。

 けれども大量の魔力が自由に飛び回るような場所では、魔力に対する人間の干渉よりも、魔力同士の干渉の力がの方が圧倒的に強くなる。

 つまり、青い魔力のカーテンに近づけば近づくほど、わたしたちは魔法を使えなくなるということ。


 実際、眷属さんたちが魔力を使ってつけてくれた印たちは、幽霊みたいにかすんでいた。

 それでもトリオンは、謎のドラゴンを追い続ける。


「これ以上は危ないよ……」


 さすがのわたしでも、魔力が使えなければ戦えない。

 戦えなければ、トリオンを救うこともできない。


 じゃあどうしよう。

 これからどうしようか悩んでいれば、トリオンに一匹のドラゴンが近づくのが見えた。


「赤い一本線のドラゴン……師匠だ!」


 敵を追ってどっかに行っちゃった師匠、こんなところにいたんだ!

 絶好のタイミングだね。

 わたしは遠話魔法を使って師匠に伝えた。


「師匠! トリオンが危ないの! トリオンを助けてあげて!」


 ここはまだ魔法が使える範囲だ。

 だから、わたしの遠話魔法は師匠の耳に届いたはずだ。


 師匠が乗るドラゴンは、徐々にトリオンに迫る。

 同時に、師匠の普段通りの声が聞こえてくる。


《お断りね》


「ほへ?」


 わたしは師匠の答えの意味が分からなかった。

 意味が分からないうち、師匠は炎魔法を発動した。

 放たれた炎は火の粉を振りまき、トリオンの乗るドラゴンのわきをかすめる。


《ルミール教官!? 私は味方です!》


《さっきまではね。でも、もう違う》


《なっ、何を言っているのですかルミール教官!?》


 そのトリオンの声色からは、驚愕と焦り、混乱が感じ取れる。

 というか、それはわたしの感情と同じものだ。


 さっき、師匠はなんて言った? さっきまでは? もう違う? どういうこと?


 ますます意味が分からない。

 それなのに、師匠はやっぱり普段通りの口調で言い放った。


《優等生ちゃんのトリオンは、教科書に書いてないことが起きた時、あたしにどんな戦い方を見せてくれるの?》


 直後だ。

 師匠の乗るドラゴンはトリオンの背後に回り、師匠は炎魔杖を突き出し容赦無く炎魔法を連発した。

 迫る炎を見て、トリオンはすんでのところで螺旋を描くように飛ぶ。


 ぎりぎりで生き延びたトリオンは必死に叫んだ。


《待ってください! ルミール教官!》


《筋は悪くない。でも、やっぱりつまらない》


 ため息交じりにそう言って、師匠はさらに炎魔法を連発する。

 対するトリオンは炎を回避し続けた。

 炎と死をかすめながら、トリオンはさらにドラゴンを上下左右に振り、なんとか師匠から逃れようとする。


 けれども師匠は、トリオンの背後からピッタシ離れず、炎魔法を連発し続けた。


 連発する炎の軌道を見て、わたしは理解する。

 師匠はわざと、トリオンが炎魔法を回避できるような魔法を打っている。

 それは手加減じゃなくて、弱い相手をおもちゃに遊ぶための攻撃だ。

 今の師匠は、トリオンで遊んでいるんだ。


 遠話魔法には、震えたトリオンの声が響いている。


《教官! お願いです! 助けて!》


《あらあら、泣いちゃうの? ま、自分の未熟さを呪いなさい》


《助けて! 誰か!》


 そんなトリオンの言葉が、わたしの頭の中でこだまする。


――迷ってられないよ!


 わたしが手綱を引き、足で合図すれば、ユリィは師匠めがけて加速した。

 続けてわたしは爆裂魔法を放つ。


 爆裂魔法は師匠とトリオンの間に火球を作り出した。

 火球を前にして、師匠は即座に進路を変える。


 この隙を逃すわけにはいかない。


「トリオン! 逃げて!」


《あっ、ありがとう!》


 なんとか師匠から距離を取り、トリオンは離脱していく。

 トリオンの背中を見守りながら、わたしは旋回中の師匠をにらみつけた。


「師匠! いくら戦いがつまらないからって、これはひどいよ!」


《アッハハハハ! ごめんごめん、からかいすぎた》


 心の底から楽しそうに大笑いする師匠は、びっくりするほど普段通り。

 ユリィは師匠に背後を取られないよう、師匠から距離を取って旋回中だ。

 わたしは爆裂魔杖を握ったまま、怒りを隠さず言った。


「どうして!? どうしてトリオンを襲ったの!? あれ、本気だったよね!?」


《ええ、もちろん本気。だってあたし、もう龍騎士団の一員じゃないから。あたし、今から『紫ノ月ノ民』の一員だからね》


 どうしてだろう。

 今度ばかりは、師匠の言っていることの意味が分かった。


 ううん、本当は最初から分かっていたけど、分かりたくないと思っていただけだ。

 だからわたしは、師匠に尋ねる。


「……なんで?」


 すると、師匠は呆れたように答えた。


《あたしは空で楽しく戦いたいの。いい? 楽しく、戦いたいの。それなのに、龍騎士団はつまらないヤツらの掃き溜め、魔物たちはおもちゃにすらならない、『紫ノ月ノ民』だって暇つぶし程度。あたし、強すぎるから、もう空で楽しく戦えないみたいね》


 そこまで言って、師匠は笑った。


《だけど、あたしを楽しませてくれそうな子がいた。お空大好きっ子の、私に似た頭のおかしい、あなたがね。それで? どうすればあたしはクーノと戦える? 答えは簡単。あたしがクーノの敵になればいい。どうやって敵になる? 『紫ノ月ノ民』の一員になればいい》


 続けて師匠は、わたしを見透かすように言う。


《何を言ってるの? と普通の人なら思う。だけどクーノ、あなたなら、あたしの言ってることの意味が分かるはず。人生を空に捧げてるあなたなら、嫌でもあたしの気持ちが分かるはず。そうでしょ?》


 何も答えられなかった。

 同意はしたくないけど、否定もできないわたしは、黙り込むだけ。

 師匠は普段通りの口調に戻って言った。


《さて、このままあなたと楽しい時間を過ごしてもいいんだけどね、せっかくだからもっと楽しみましょう! これからクーノには、『紫ノ月ノ民』と戦ってもらうから!》


 直後、謎のドラゴン部隊がわたしに向かってくる。

 一方で師匠の乗ったドラゴンはわたしから離れていく。


《本番は明日の早朝だから、それまで死なないように。じゃあね~》


 それだけ言って、師匠の乗ったドラゴンは魔泉の方向に消えていった。

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