第22話 雲は敵? 味方?

 青い魔力のカーテンに包まれるように、師匠は遠ざかっていく。


 こんな納得のいかないお別れなんてイヤだよ。


 わたしは師匠を追うためユリィの手綱を引いた。

 ユリィは乗り気じゃないみたいだけど、気にしない。


「待って! 師匠!」


 いつも手を伸ばせば届いたはずの師匠が、どんどんと離れていく。

 それがイヤで、わたしはユリィをがむしゃらに加速させる。


 謎のドラゴン部隊は、そんなわたしの道を塞ぐように群がってきた。


「邪魔だよ! わたしは師匠を追うの!」


 四方八方に爆裂魔法を放ち、爆発に紛れてわたしは師匠を追う。

 背後に謎のドラゴン部隊がいてもお構いなしだ。


 ところが、今度は航宙軍の無人戦闘機が、一切の感情もなくわたしを囲む。

 続けてチトセの戦闘機が隣にやってきて、無線機からはチトセの声が飛び込んできた。


《クーノ、落ち着いて周りを見て。今のクーノ、危機的状況だから》


 まるで無人戦闘機みたいにクールなチトセの指摘。

 そんなことは指摘されなくても分かってる。

 だからなんだ。わたしは前だけ見て、ユリィのスピードを緩めない。


「でもでも! わたしは師匠を追わなきゃ――」


《ダメ。ルミールさんはもう諦めて》


 びっくりするほど、鋭くはっきりとした言葉だった。

 鋭い言葉はわたしに突き刺さり、わたしは思わず叫ぶ。


「これはわたしと師匠の話! チトセは関係ない!」


 そう言い放って、わたしはチトセを置き去りにしようとした。


 対して、チトセは少しだけ間を置く。

 少しだけ間を置いたあと、大きく息を吸い、声を張り上げた。


《バカ! 私は、私とクーノの話をしてるの! ルミールさんこそ関係ない! クーノは私と一緒の空を、これからもずっと飛びたいって言ったじゃん! なら、一人で戦おうなんて許さない! 私たちが揃えば最強、敵なし、なんだから!》


 今までに聞いたこともないようなチトセの大声に、わたしは思わず振り返った。

 振り返った先には、チトセの戦闘機が。


 戦闘機のコックピットでは、チトセがじっとわたしを見つめている。

 心なしか、今のチトセは目に涙を浮かべているみたい。


 このまま師匠を追うべきか、チトセの言う通りにするか。


 わたしはユリィの速度を緩めた。


「ごめん……チトセの言う通りだよ……」


《別に謝る必要ないよ》


 小さく笑って許してくれるチトセに、わたしもほおが緩む。


 そうだよ、師匠はどこかへ行っちゃったけど、わたしにはチトセがいるんだ。

 わたしとチトセは、最強の敵なしコンビなんだよ。

 もうわたしは、師匠の背中を追う必要はないんだよね。


 よし、早くこの危機的状況を切り抜けよう。

 そう思った矢先、謎のドラゴン部隊が炎魔法を放ち、わたしの盾になった無人戦闘機が爆発炎上した。


「無人機が……!」


《あんなの消耗品! 気にしない!》


 黒煙と部品をばら撒き落ちていく無人戦闘機を横目に、わたしたちは大きく旋回する。

 謎のドラゴン部隊は、わたしたちを完全に包囲しているみたいだ。


《この状況、どうする? 雲の中にでも入る?》


「わたしも同じこと考えてた! 雲の中に行こう!」


《オッケー! レーダーから目を離さないでね!》


 ユリィとチトセの戦闘機は急加速し、魔泉付近の晴れた空から離れ、灰色の雲に飛び込んだ。


 雨雲の中では、ほとんど何も見えない。

 隣を飛ぶチトセの戦闘機の光が、小雨に紛れてかろうじて見えるぐらいだ。


 けど、わたしたちは謎のドラゴン部隊の位置が分かる。

 なぜなら、無人戦闘機と眷属さんたちが、謎のドラゴン部隊の位置を教えてくれるから。


 敵を表す赤い印は、わたしたちの背後から離れない。

 1体だけ高度が低い敵がいるけど、これは雨雲の下の見張り役かな。


 攻撃が飛んでこないのは、敵がわたしたちを目視できていない証拠。

 この間にチトセが助けを呼んだ。


《リディア! フィユ! さっきの会話、聞こえてた!?》


《聞いてたわ》


《ついでにぃ、もうそっちに向かってるよぉ。しかもぉ、エヴァレットさんと一緒にねぇ》


《さすが》


 印を探し、あるいはレーダーを見れば、わたしたちの正面に三つの青い印が。

 味方を表す三つの青い印は、勢いよくこちらに近づいてくる。

 これは間違いなく、リディアお姉ちゃんとフィユ、そしてエヴァレットさんの反応だ。


《クーノ! 8秒後に散開!》


「う、うん!」


 チトセの指示に従って、わたしは8秒数える。


《今!》


 8秒がやってくれば、わたしは手綱をひねった。

 ユリィは体を大きくひねって右旋回。

 チトセの戦闘機は左旋回。


 直後、2匹のドラゴンと戦闘機が背後を飛び抜けていったのが、雨雲の向こうにうっすらと見えた。

 そして炎と光の弾が輝き、消える。


《3人が敵3体撃破! 私たちも反撃しよう!》


「分かった!」


 わたしたちは旋回を続け、雨雲の中でもしっかりと見える赤い印に向かう。

 目の前に赤い印がやってくれば、わたしは炎魔法を放った。

 雨雲の中でわたしたちの位置が分かっていない謎のドラゴン部隊は、ほとんど回避することもなく炎に包まれる。


「やったよ! 1体倒した!」


《こっちも1体倒した》


 戦果を報告し合えば、続けてみんなの声が聞こえてきた。


《二人とも、無事そうで何よりだわ》


《いやはやぁ、大変だったねぇ》


《間に合ったみたい、だな》


「みんな……助けてくれてありがとう!」


 自然と口から出た感謝の言葉。

 エヴァレットさんは淡々と言う。


《感謝するのはまだ、早いぞ。雲の外に、敵が1体残って、いるからな。私が雲の外に、出る。あとは何をするか、分かっている、な?》


「もちろん!」


 わたしが力強くうなずけば、青い印がひとつだけ高度を下げた。

 青い印が高度を下げると、赤い印は青い印に向かいはじめる。


 敵は雨雲の中での出来事は知らないはずだ。

 まさか雨雲から出てきたのが、わたしたちじゃなくエヴァレットさんだったなんて、思いもしないはず。


「今だよ!」


《だね》


 わたしたちは一気に高度を下げ、雨雲を飛び出した。

 真っ白な世界は一転、雨に濡れた草原に塗り替えられる。

 青い印を追う赤い印は、すぐそこだ。


 すかさずわたしは炎魔法を、チトセは光の弾を撃ち放った。

 敵のドラゴンはなす術なく炎に焼かれ、光の弾に撃ち抜かれ、地上に落ちていく。


 雨雲の中から落ちるドラゴンと合わせて、6匹のドラゴンが落ちていくのを見ながら、フィユは勝利を宣言した。


《やったねぇ。謎のドラゴン部隊はぁ、壊滅だよぉ》


《ふう……少しドキっとしちゃったけど、なんとかなったわね》


 ホッとため息をつくリディアお姉ちゃん。

 エヴァレットさんは何も言わない。

 せっかくの勝利なのに、みんなはそこまで嬉しそうじゃなかった。


 それはやっぱり師匠のことがあるから。


 たぶんみんなも、師匠の遠話魔法は聞こえていたはず。

 師匠が『紫ノ月ノ民』に寝返った事実に、みんなは何も言おうとしなかった。

 

ただ、チトセは心配そうな声でわたしに尋ねる。


《クーノ、大丈夫?》


「う~ん……よく分かんないや」


 それがわたしの本音だ。

 こういうときは、ともかく空を眺めるのが一番だよね。

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